タイトル未定2025/10/16 01:17ナーロッパの地質史:セッション第二十五回
第2話:『血煙の防衛線と硝煙の美学』(後半)
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ! 我が精鋭たる鉄血騎士団が、あんな数合わせの雑魚どもに押し返されているだと!?」
黄金の鎧を血に染め、バルタザール伯爵は髪を振り乱して絶叫していた。
先ほどまでの傲慢さは微塵もない。完璧だったはずの布陣は、あの髭面の中年男が仕掛けた不気味な罠によってズタズタに引き裂かれ、前線はエルザという緋色の死神によって文字通り凍結されていた。
「お、おのれぇ……! たかが辺境の野良犬どもが、この私に恥をかかせおって! 副官、本陣の魔導巨大結晶を過負荷させろ! 砦ごと、あの忌々しい女もろとも消し炭にしてくれるわ!」
「し、しかし閣下! そんなことをすれば我が方の前線部隊まで巻き添えに――」
「構わん、やれ! 勝てば官軍なのだ!」
見苦しく足掻くバルタザールの命令により、本陣の魔導砲が禍々しい赤黒い光を放ち始める。それは一国をも脅かす、マップ兵器級の超高火力極大魔法――『滅びの残光』のチャージだった。
* * *
(よし、敵の陣形は完全に崩れた。エルザも前線でお祭り騒ぎしてる。……今だ、今しかねえ!)
砦の指揮所で、クードは誰も見ていない隙に、コソコソと裏口へ向かって足を速めていた。
兵士たちは皆、クードの「泥臭くも完璧な軍略」に歓声を上げ、前線に釘付けになっている。今なら、軍師としての全功績をエルザと砦の連中に押し付け、自分だけしれっと戦線離脱できる。
(さらば戦場! 俺は気楽な詐欺師に戻らせてもらうぜ――)
そう思った瞬間、世界が、ねっとりとした赤黒い光に染まった。
峡谷の遥か彼方から、大気を引き裂くような絶大なエネルギーの奔流が、一直線に砦の指揮所――すなわち、逃げようとしていたクードの鼻先目掛けて飛来したのだ。
「……は?」
あまりの質量。あまりの速度。避ける猶予など一瞬すらない。
直撃すれば、塵一つ残らず蒸発する。クードの脳裏に、走馬灯のように前世の詐欺の記憶が駆け巡った。
「ひえっ、死んだわこれ!」
ドォォォォォォォォンッ!!!!!!
光条が激突し、峡谷全体が昼間のようにへし折れるような爆音が響く。誰もが、砦の崩壊と「名無しの軍師」の死を確信した。
――だが。
硝煙が。光の奔流が。クードの目の前で、綺麗に『真っ二つ』に割れていた。
(あ……自動発動しやがった)
クードの手には、いつの間にか改造魔導短銃が握られていた。
神から盗んだチート能力――『因果の天秤』。
向けられた悪意、攻撃、エネルギー。その全てを完全に相殺し、さらに倍加して反射する最強の法則。
クードが引き金を引くまでもない。銃口から放たれたのは、バルタザールが放った『滅びの残光』の、優に二倍を超える極太の閃光だった。
「ひ、引き返してきたぁぁぁぁぁッ!?」
バルタザールが最後に見たのは、自分が放ち、倍になって戻ってきた光の津波だった。
鉄血騎士団の本陣は、彼らの誇る黄金の鎧ごと、一瞬で蒸発し、峡谷の彼方へと消え去った。後に残されたのは、ぽっかりと穿たれた巨大なクレーターと、静寂だけだった。
「……はぁ。心臓に悪い」
クードは煤まみれの髭をなでながら、深くため息をついた。生き延びたのは重畳だが、これでまた目立ってしまった。
「――やはり、そういうことだったのですね、クード」
背後から、熱烈な視線を感じて振り返る。そこには、息を荒くしたエルザが、頬を紅潮させて立っていた。
「エルザちゃん? いや、これはだな、俺がやったんじゃなくて――」
「隠さずとも結構です。貴方はあえて私を前線という危険な目に遭わせることで、私の眠れる魔力を引き出し、成長を促してくださった。その上で、敵の最大の切り札を誘い出し、自らの手で一撃のもとに粉砕した……」
エルザの脳内補正は、もはや神の領域に達していた。
硝煙の中に立つクードの冴えない髭面が、今の彼女には、世界で最も不敵でセクシーな、孤高のヒーローに見えている。
「これほど凄惨な戦場にあって、髪一本乱さず盤面を支配する冷徹さ。それなのに、私には指一本触れず、ただ見守ってくださる紳士ぶり……。ああ、貴方こそ我が至高のスパダリ。私はどこまでも貴方に従います」
(いや、ただ単に君が怖くて触れないだけだし、なんなら今も置いて逃げようとしてたんだけど!!)
クードの心の叫びは、歓声を上げる砦の兵士たちの怒号にかき消された。
こうして、泥臭い防衛戦は「名無しの軍師」の大勝利で幕を閉じ、二人のすれ違いまくりの旅は、さらなる混沌へと進んでいくのだった。
(第2話・完)




