夜の訪問者
庭を、何者かがほじくり返している。
最初に見つけたのは、木の根元だった。
土が掘り返され、細い根がむき出しになっている。犬が前足で掘ったようにも見えるが、うちに犬はいない。
「猫かな?」
主人に見せると、しばらく穴を眺めてから言った。
「猫は、こんなところを掘るか?」
「トイレとか」
「だったら、埋めていくんじゃないか?」
「そうなの?」
「知らないけど」
二人とも猫を飼ったことがないので、話はそこで終わった。
ところが、翌日には別の場所が掘られていた。
今度はクロッカスの育つ場所だった。土の中から球根がいくつも転がり出ている。
「ああっ、クロッカス!」
慌てて駆け寄ったが、とりあえず埋め戻して猫除けネットを置いた。球根は掘り起こして来年植えるのが正しいのだろうが、面倒なので放置している。大丈夫、その時期になったらちゃんと芽を出す。
「何がしたかったの?」
「掘ってみたかったんじゃないか?」
「そんな無責任な」
次はクリスマスローズのそばだった。さらに、敷石の周りの砂利まで乱されていた。
木の根元、クロッカス、クリスマスローズ、敷石の周り。掘られた場所に、これといった共通点はない。
「何かを探しているのかな」
「虫じゃないか?」
「だったら、ずいぶん節操なく探してるね」
犯人は庭のあちこちを、思いつくまま試し掘りしているらしい。
そして、これも同一犯なのだろうか。
庭に置いてあるメダカの鉢をのぞくと、メダカが減っていた。
「……少なくない?」
わたしは鉢の前にしゃがみ込み、目を凝らした。
二センチにも満たない、小さなメダカたちである。水草の陰に隠れていることもあるので、しばらく待ってから数え直した。
「一、二、三、四……」
「七匹いたよな?」
「いた。七匹いた」
「隠れてるんじゃないか?」
「そうかもしれない」
二人で水面をのぞき込んだ。水草を揺らし、鉢の底まで確認する。
それでも、四匹しかいなかった。
「三匹、いない」
「鳥か?」
「猫かも」
庭を掘り返している犯人が猫だとすれば、メダカも同じ猫に食べられたのかもしれない。うちの庭への謎の訪問者は、この時点では猫疑惑が濃厚だった。
そう言えば、山のほうに住んでいる人から、アライグマを見かけたという話を聞いのを思い出した。
「最近、山から下りてきてるみたいよ。庭を荒らされた家もあるって。猟友会に連絡したほうがいいんじゃないかって話し合ったら、その日からぱったり被害がなくなったそうだけど」
「聞いてたのかな」
「まさか」
笑ったものの、テレビで問題ある生き物として放送されているアライグマなら、庭を掘り返すのも納得できる。木の根元で虫を探し、クロッカスの球根を食べられるか確かめ、クリスマスローズの周りを掘り、敷石のそばまで調べたのかもしれない。猫疑惑は、あっという間にアライグマ疑惑へと変わった。
「じゃあ、メダカもアライグマ?」
「可能性はあるな」
「でも、あんな小さなメダカをどうやって捕まえるの?」
残った四匹が、鉢の中を素早く泳いでいる。わたしたちがメダカをすくおうとすれば、網が必要だ。それでも水草の間に逃げ込まれて、なかなか捕まえられない。
「手ですくったんじゃないか?」
「猫は無理だろうけど、アライグマは出来るのかな? 網なしでメダカをすくえるの?」
「手先が器用だから」
「わたしたちより能力がある……」
「少なくとも、メダカを捕まえる能力は上だな」
二人で鉢をのぞき込みながら、しばらく黙った。
この時点で、なぜか犯人はアライグマに確定していた。足跡を見つけたわけでもない。姿を見たわけでもない。それなのに、わたしたちの中では、すでにアライグマが夜ごと庭へやってきて、器用な前足でメダカをすくって食べたことになっていた。
「アライグマといえば、ラスカルだよね」
「そうだな」
主人もわたしもアニメは見ていないが、わたしは原作を読んだことがあった。
「原作で、ラスカルが角砂糖をもらう話があるのよ」
アライグマは、食べ物を水の中に洗う習性がある。ラスカルも、もらった角砂糖をいつものように洗おうとして、水に入れてしまうのだ。当然、角砂糖は溶ける。
「ない、ってなるの。両方の手を確認するの。水の中も探すの」
手の中から消えた角砂糖を必死に探すラスカルの姿を説明すると、二人で爆笑になった。
「かわいそうなんだけど、面白いね」
庭を掘り返し、メダカを三匹も食べた疑いのある相手だというのに、ラスカルを思い出すと、妙にかわいらしく思えてくる。
いや、かわいらしいで済ませてはいけない。アライグマなら野生動物だ。庭を荒らすだけでなく、このまま居着かれても困る。
その夜、寝る前に主人が庭のほうを見て言った。
「猟友会」
「聞こえるように言わないと」
わたしも窓に近づき、暗い庭に向かって声を張った。
「猟友会に連絡しますよ」
「捕まえてもらうからな」
「猟友会」
返事はない。庭はしんと静まり返り、木の葉が風に揺れているだけだった。
「これで来なくなるかな」
「山のほうでは、『猟友会に連絡しよう』って話した日から被害がなくなったんだろう?」
「そう言ってた」
わたしたちは満足して、寝室へ向かった。
それから毎晩、寝る前になると庭へ向かって言っている。
「猟友会」
「猟友会」
しかし、警告を始めてからも、庭の穴は少しずつ増えている。
どうやら、うちに来るアライグマは、噂を信じない性質のようだ。
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