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いろんな人がいろんなところで

夜の訪問者

掲載日:2026/07/17

 庭を、何者かがほじくり返している。

 最初に見つけたのは、木の根元だった。

 土が掘り返され、細い根がむき出しになっている。犬が前足で掘ったようにも見えるが、うちに犬はいない。


「猫かな?」

 主人に見せると、しばらく穴を眺めてから言った。

「猫は、こんなところを掘るか?」

「トイレとか」

「だったら、埋めていくんじゃないか?」

「そうなの?」

「知らないけど」

 二人とも猫を飼ったことがないので、話はそこで終わった。


 ところが、翌日には別の場所が掘られていた。

 今度はクロッカスの育つ場所だった。土の中から球根がいくつも転がり出ている。

「ああっ、クロッカス!」

 慌てて駆け寄ったが、とりあえず埋め戻して猫除けネットを置いた。球根は掘り起こして来年植えるのが正しいのだろうが、面倒なので放置している。大丈夫、その時期になったらちゃんと芽を出す。

「何がしたかったの?」

「掘ってみたかったんじゃないか?」

「そんな無責任な」


 次はクリスマスローズのそばだった。さらに、敷石の周りの砂利まで乱されていた。

 木の根元、クロッカス、クリスマスローズ、敷石の周り。掘られた場所に、これといった共通点はない。

「何かを探しているのかな」

「虫じゃないか?」

「だったら、ずいぶん節操なく探してるね」

 犯人は庭のあちこちを、思いつくまま試し掘りしているらしい。


 そして、これも同一犯なのだろうか。

 庭に置いてあるメダカの鉢をのぞくと、メダカが減っていた。

「……少なくない?」

 わたしは鉢の前にしゃがみ込み、目を凝らした。

 二センチにも満たない、小さなメダカたちである。水草の陰に隠れていることもあるので、しばらく待ってから数え直した。

「一、二、三、四……」

「七匹いたよな?」

「いた。七匹いた」

「隠れてるんじゃないか?」

「そうかもしれない」

 二人で水面をのぞき込んだ。水草を揺らし、鉢の底まで確認する。

 それでも、四匹しかいなかった。

「三匹、いない」

「鳥か?」

「猫かも」

 庭を掘り返している犯人が猫だとすれば、メダカも同じ猫に食べられたのかもしれない。うちの庭への謎の訪問者は、この時点では猫疑惑が濃厚だった。


 そう言えば、山のほうに住んでいる人から、アライグマを見かけたという話を聞いのを思い出した。

「最近、山から下りてきてるみたいよ。庭を荒らされた家もあるって。猟友会に連絡したほうがいいんじゃないかって話し合ったら、その日からぱったり被害がなくなったそうだけど」

「聞いてたのかな」

「まさか」

 笑ったものの、テレビで問題ある生き物として放送されているアライグマなら、庭を掘り返すのも納得できる。木の根元で虫を探し、クロッカスの球根を食べられるか確かめ、クリスマスローズの周りを掘り、敷石のそばまで調べたのかもしれない。猫疑惑は、あっという間にアライグマ疑惑へと変わった。


「じゃあ、メダカもアライグマ?」

「可能性はあるな」

「でも、あんな小さなメダカをどうやって捕まえるの?」

 残った四匹が、鉢の中を素早く泳いでいる。わたしたちがメダカをすくおうとすれば、網が必要だ。それでも水草の間に逃げ込まれて、なかなか捕まえられない。

「手ですくったんじゃないか?」

「猫は無理だろうけど、アライグマは出来るのかな? 網なしでメダカをすくえるの?」

「手先が器用だから」

「わたしたちより能力がある……」

「少なくとも、メダカを捕まえる能力は上だな」

 二人で鉢をのぞき込みながら、しばらく黙った。


 この時点で、なぜか犯人はアライグマに確定していた。足跡を見つけたわけでもない。姿を見たわけでもない。それなのに、わたしたちの中では、すでにアライグマが夜ごと庭へやってきて、器用な前足でメダカをすくって食べたことになっていた。


「アライグマといえば、ラスカルだよね」

「そうだな」

 主人もわたしもアニメは見ていないが、わたしは原作を読んだことがあった。

「原作で、ラスカルが角砂糖をもらう話があるのよ」

 アライグマは、食べ物を水の中に洗う習性がある。ラスカルも、もらった角砂糖をいつものように洗おうとして、水に入れてしまうのだ。当然、角砂糖は溶ける。

「ない、ってなるの。両方の手を確認するの。水の中も探すの」

 手の中から消えた角砂糖を必死に探すラスカルの姿を説明すると、二人で爆笑になった。

「かわいそうなんだけど、面白いね」

 庭を掘り返し、メダカを三匹も食べた疑いのある相手だというのに、ラスカルを思い出すと、妙にかわいらしく思えてくる。


 いや、かわいらしいで済ませてはいけない。アライグマなら野生動物だ。庭を荒らすだけでなく、このまま居着かれても困る。

 その夜、寝る前に主人が庭のほうを見て言った。

「猟友会」

「聞こえるように言わないと」

 わたしも窓に近づき、暗い庭に向かって声を張った。

「猟友会に連絡しますよ」

「捕まえてもらうからな」

「猟友会」

 返事はない。庭はしんと静まり返り、木の葉が風に揺れているだけだった。


「これで来なくなるかな」

「山のほうでは、『猟友会に連絡しよう』って話した日から被害がなくなったんだろう?」

「そう言ってた」

 わたしたちは満足して、寝室へ向かった。


 それから毎晩、寝る前になると庭へ向かって言っている。

「猟友会」

「猟友会」

 しかし、警告を始めてからも、庭の穴は少しずつ増えている。

 どうやら、うちに来るアライグマは、噂を信じない性質(たち)のようだ。

いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。

よろしくおねがいします。





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― 新着の感想 ―
仲が良くてノリのいいご夫婦で楽しそうですね。残念ながらアライグマの方はノリが悪いみたいですけど。 アライグマの他にもハクビシンやタヌキなんかも庭を荒らしたりするみたいですよ。昔ネットでアライグマやたぬ…
ほぼ間違いなくアライグマですね。残念ながら噂を信じない信念を持ったアライグマさんのようなので手強そうですけれど(*´艸`)読んだ限りだと、大好物のミミズや球根をピンポイントで狙っているようです。何度も…
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