人工生命薬の可能性と今後の展望について
そっと、研究用のラットをケージから取り出した。
ラットは、麻酔をかけずとも既にぐったりとしている。
体温は、感じる。
だが、すぐに冷たく、硬くなってゆくだろう。
私は、台の上にラットを仰向けに横たえさせ、四足を緩く紐で固定する。
首元の皮を少し切り、ピンセットを使い薄く剥離を開始した。
数度の剥離の後、青黒い静脈が見えてきた。
私は手元にあった針付きのシリンジを静脈に刺し、筒内にあった液体を血管内に注入した。
15秒…反応なし。
30秒…反応なし。
60秒…反応なし。
120秒…反応なし。
360秒…反応なし。
今回も失敗だった。
死後とはいえ、命を無碍に扱ってしまった事に少し胸が痛んだ。
「やはり、無理なのか…」
私の声を聞く者はいない。
紐を解いたラットは、四足をそのまま硬め体温を失っていた。
私には家族がいた。
妻と娘、三人家族だった。
ある時、私は妻と娘を同時に失った。
危険地帯での活動の最中の事だったらしい。
知らせを受けて駆けつけた私は、目の前の光景に絶句した。
そこには、三体の身体が置いてあった。
妻ともう一人の男__おそらく今回の『依頼』を受けた者だろう__は、何か鋭利なものにより全身がズタズタに切り刻まれていた。
それでも十分な絶望に値するが、更に娘の『立ち姿』を見て私は気を失いそうになった。
そこには娘の形をした『結晶』が置いてあった。
事前に少し話を聞いていなければ、何の悪戯かと憤慨していたかもしれない。
いや、まだ憤慨できた方が良かったかもしれない。
この結晶で出来た像は、紛れもなく『娘』そのものだった。
聞いたことはあるし、見たこともある。
だが目の前の事実は、私には受け止め難い『真実』だった。
私はその日から、すべての研究を放棄し『人工生命薬』についての研究のみ着手するようになった。
『結晶化した部位も生命活動を続けている』
これは、いつぞや誰かが発表した論文の中に書いてあった結論だ。
研究の片手間に読んだのを覚えている。
彼は考察として『部分結晶化による接合部の壊死が行われない事』を挙げ、数名の結晶化部位について実際にいくつかの実験を行ったそうだ。
だが、彼の論文は『生命活動を続けている』事を結論とし終了していた。
その状態から復帰する方法などは、どの論文を見ても明らかとされていなかった。
私はその時、絶望と希望を同時にぶつけられた気分だった。
誰も復元方法は分からない、
でも娘は確かに生きている。
それが、私の生きる原動力となった。
それからどのくらい経ったかはっきり覚えていない。
多分、そんなには経っていないと思う。
私は当時の状況や結晶化に至るメカニズムについて徹底的に研究し、ある程度の予測を立てて『人工生命薬』を開発した。
私の仮説はこうだ。
結晶化した部分は『自分自身が生命と認識しなくなった場所』である。
なので、そこに生命反応を与えれば一時的に、あるいは永続的に生命反応を取り戻せるのではないか。
この仮説をもとに開発した薬を、今実験用の動物に投与し結果を記録している。
健康体かつ75週齢以上の個体について、一定以上の生命増強の兆候は見られた。
それ以下の個体については、現在までで有意な差は見られていない。
そして、死亡個体に関しては投与による生命兆候が見られるものは一例として無かった。
その結果はもはや、進捗無しと同義であった。
「何かが違う…」
広大な闇の中に手を突っ込んで、砂粒を探している気分だ。
何か、何かきっかけさえあれば__
「お困りですか?」
後ろに、男がいた。
私の前に扉があったのに、全く気付かなかった。
「…何か用か?」
「いえ、あなたが研究している分野について、『私達』も興味がありましてね。
__何か手助けが出来ればと思い来たのですよ」
これが、『彼ら』との最初の出会いだった。
私は『彼ら』の手を取った。
その先がどれほどの闇であろうと、娘を助ける為なら私は何でもするつもりだ。
例え、その先が悪逆の限りを尽くした世界だとしても。




