学校に居場所は作れるのか
「せんぱーい、いっしょに帰りません?」
明るい声色が聞こえる。
「あの、無視してます?」
さて帰ろうと筆をしまい顔を上げると俺をのぞき込んでいる顔が見えた。
丸い目を大きく開けて俺を見つめている。
「俺に言ってたのか」
「先輩ですよ!」
「ふーん……」
その割に俺の名前を覚えようとしないのはなぜなのか。
友達の多い女子の後輩が俺に話しかけてくる意図は。
「最近俺によく話しかけてくるよな、なんで?」
「前まで先輩、ちょっと強めの友人といっしょに帰ってたじゃないですか。話しかけにくかったんですよ」
ああ、まあ……どうやら俺以外の部員とはもう仲良くなっているらしい。さすがだ。
「最近いっしょにいませんよね。何かあったんですか?」
面白がるように口角が上がる。
何かあった、この流れだと友人のことを聞いているのか。いや、"元"友人か。あいつとは絶交したんだ。
「なんもねえよ」
「へえ」
「お前この前金賞取ったんだってな、すごいな。この部の星だ」
「すっごい話題の変え方。そうですね。金賞取りました。前から習字やってたので」
「尊敬するぜ。俺はこの部に来てるだけだからな」
家に帰りたくなくて、でも同級生と親交を深めたいわけでもない。書道部は時間を潰すのにちょうど良かった。
文字を書いてるだけじゃ上手くはならない。俺はこの2年で炭をこぼさないように書くことだけ上手くなった気がする。
「めっちゃ褒めてくれるじゃないですか」
どんな顔をしているかと横を見れば真面目な顔だった。俺と違って真剣に部活動に取り組んでいるのだろう。
「先輩も聞きましたよ?学年1位取ったって、超すごいですね!」
「ああ、初めて取ったからビックリした」
まあ定期テストじゃなくて模試の話だけど。後ろの席のやつが俺の結果を見たらしく大声で話しやがったのだ。おかげで有名人になってしまった。
県で9位だし、全国で見れば3桁位だ。良い順位ではあるが、大した順位でもないので居心地が悪い。
「物理の問題がたまたま俺にはまったんだ」
「物理得意なんですね~。私苦手です。教えてくれたり、しません?」
「は?嫌だ」
「ひどい!」
あまりにもおおげさに批難してくるので、笑ってしまった。
そのまま話していたら、いつの間にか校門を通っていた。結局一緒に帰ってるな。コミュ力の高いやつは話しやすくていい。
「先輩、将来の夢とかあったりします?」
「まあ目標はある、かも」
「え~、気になること言うじゃないですか」
「とりあえず医学部に受かることだ」
めんどくさいのでさっさと言っておく。
「先輩頭良いですもんね」
「目標のために勉強したからな。で、お前の夢は?」
それを聞いてほしかったんだろ。
「いっぱいあります!今は先輩と仲良くなること、ですかね?」
聞いて損した。
ついでに、学内一モテるという噂も嘘ではないのかもしれないと思った。
言っていて気恥ずかしかったのか少し頬を染める様子を見ると俺が好きなのかと勘違いしてしまいそうだ。
「わ、露骨にため息をつかないでください!真剣に考えますから。うーんと……ロゴ考える仕事とか楽しそうですよね?」
「お前が言うならそうなんだろう」
俺にはいまいちピンとこないが、本人が楽しそうに思うなら良いと思う。夢の話だし。
「呆れられてる……」
「……」
そんなことねえよ楽しいよとか気の利いた発言は俺に期待しないでほしい。
「趣味は?」
苦し紛れに話を変えた。
「お、私に興味持ってくれました?」
「興味?前からあるけど」
「えっ」
「変な意味じゃないぞ」
後輩はとにかく目立つのだ。部室に行けば騒がしく友達と話しているし、廊下を歩けば大勢で歩くのが目に入るし。
「残念です」
「はあ……」
「趣味ですね!?趣味、音楽聴くことは好きです!」
普通。
意外性の欠片もない。もっとギョッとするような趣味とかねえの?旧校舎のシロアリ集めるのが趣味です、とか。……友達少なそうだな。
「ジャンルは?」
「ジャンル?えー、うーん。ロック?青リンゴとか好きです」
すごく普通だ……。
これが人気者の秘訣か。
「先輩はどんな音楽聴きます?」
「俺は音楽あんま聴かねえけど」
「あ……はい」
なんだその残念なものを見るような目は。イヤホンは耳痛いし部屋で音楽聴くわけにもいかないからしょうがないだろうが!
「最近聴くのは……つっても3回MV見ただけだけど、曲調が途中で変わるあれほら顎でグッドサインするやつ。流行ってる」
「え、正直めっちゃ意外です」
「どんなイメージなんだよ俺は」
「もっとこう……邦楽はカスとか言ってそう」
「すっげえ偏見」
洋楽はラジオでくらいしか聴かねえよ。というか最近のアメリカの曲ってダンスミュージックばっかじゃね?俺言うほど聴きそうか?
ヨーロッパのオペラ歌手だったかの曲はちょっと感動したけど。
インド音楽とかの可能性もある?いやないか。
「面白いの好きだから」
「漫才とか好きな感じです?」
「いや……」
笑いどころ分からんし……。
「コントは好きかも」
あんまり考えずに笑えるし。
「へー」
自分で聞いたくせに興味なさそうだなおい。
というか今更だが、電車で男女二人で座っている状況はいらぬ誤解を招きそうだ。
同じ方向だったのか。いつも帰るタイミングが違うから知らなかった。
「そう言えば私のこと興味あるって言ってましたけど、どんなイメージでした?」
にんまり笑いながら聞いてくる。
顔が近い。絶対前に立ってるサラリーマンが微妙な顔をした。ところ構わずベタベタするカップルにでも見えたか?いや、後輩は敬語だからないか。
「ん?面白いやつ」
「……ふーん?」
ニヤニヤしている。うん。尊敬できる後輩として好きだぞ。
「俺の趣味は……趣味?ないな」
相手にだけ聞くのもなと思って考えてみたがなかった。
「まあ強いて言うなら漫画は読むけど」
「お、いいじゃないですか。何読むんですか?少年誌?」
「……無料分だけ読むんだよ。だから無料公開してるやつだけ」
申し訳ないとは思ってる。高校生はお金がないんだ。稼げるようになったら投資するから許してほしい。
「ええー?その後気になりません?」
「別に」
「このキャラ生きてんのかな、とか世界はどうなるのか、とか!?」
「ないな」
「それ何が楽しいんですか!?」
「さあ……」
暇つぶしにはなる。
「無料公開してるやつならだいたい語れるぞ、どんと来い」
「じゃあバトルで。今アニメやってる、てけてけみたいな名前の」
意外なチョイス。てか言わんとしてることは分かるけどそんな間違え方ある?
「もちろん読んだ。アニメは見てないけど」
「なかなかいないタイプですね、先輩」
「よく言われる」
「あ、私駅ここなんで降ります。また来週です」
「うん。また来週」
俺は次の駅か。駅近なので降りたらすぐだ。
はあ、家に帰りたくねえな。
ふらふら歩きながら家に向かう。ついた。
重い扉を開ける。
「ただいま」
靴が3つ。よし、妹が帰ってきている。俺はほっとため息をついた。
これだけで父の機嫌がかなりマシになる。水曜日は父の帰宅が早いので、いつも緊張感がある。
「おかえりなさい。遅かったね」
母が俺を見る。
「ああ。ちょっと後輩に捕まって」
「あら、リツくんにも仲の良い後輩がいるのね」
「仲は良くねえよ」
鞄を下ろして椅子に座った。夕飯がラップに包まれて置かれている。俺はそれを取って、手を合わせてから食べた。
父はテレビで収録された野球の試合を見ている。
「お兄ちゃん!おかえり!」
ドタドタと階段を降りる音が聞こえる。俺を呼ぶのは妹のカレンだ。
「ただいま」
「カレン、階段は走らないように。けがをしたらことだろう」
妹を見ながら父が言う。俺の方は見もしない。
「分かってるって!そろそろ試合だもんね」
中学生の妹は野球部に入っている。高校生になったら全国優勝して甲子園でプレーするのが夢らしい。
そんな妹のことを、社会人野球の選手だった父は溺愛していた。
休日は妹の部活を見に行ってるか、キャッチボールをしている。小学生の時からずっと。
父は息子がプロ野球選手になるのが夢だったらしい。俺も小さいときはキャッチボールに付き合わされた。全く楽しくなかったけど。
父が俺に期待しなくなったのはいつからだったかな。少年野球でチームに入ってレギュラーに入れなかったとき?いや、それでチームをやめたときか。
また来年がある、努力すれば大丈夫、諦めるな、悔しいと思わないのか?父の言葉がリフレインする。
知らねえよ。なんで楽しくもない野球のせいで俺が嫌な気分にならなきゃいけないんだ?
俺は野球をやめて他の、もっと俺の利になることをすることにした。
そもそもさ、子どもをスポーツ選手にしたいなら母体を選べよな。顔で選ぶからこうなる。
そんなことを言ったからか。妹に切り替えることにしたらしい。それで今がある。
良いことだ。俺も父から祖母に乗り換えた。
「勉強はどう?」
母が聞いてくる。
「まあそこそこ」
「この前の模試良かったもんね。リツくんならきっと合格するわ」
「うん」
ほわほわしている母は切り詰めた雰囲気をものともせず俺に話しかけてくる。
「学校でお友達はできた?」
「前はいたけど絶交した」
「えー?お母さん心配だわ。同じ高校の子のお母さんと仲が良いのよ、言っておくね」
「本気でやめろ」
母のこういうところは嫌いだ。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、勉強教えて、数学!」
「母さんが教えてくれるだろ」
「えーケチ!」
「しょーがないな、見せてみろ」
それで降りてきたな?
□
「なんで医者になりたいんですか?」
「ばあちゃんが病院経営してるんだ。俺が継ぐ」
なんで俺は今日もこの女子生徒と話してるんだ?こんなことは誰にも話したことないのに。
「先輩、自分の顔好きですよね」
「な、なん。いやそ、そんなことないけど?」
「動揺しすぎでしょ……」
「ちなみになんでそう思った?」
「いや、だって部活中空き時間ずっと窓ガラスに映る自分の顔見てるじゃないですか」
「……」
ば、ばれてる。
俺のことなんて誰も見てないだろという慢心があった。
「聞くけどさ、俺ってすげえ顔良くない?」
「否定はしませんけどね!」
後輩からのお墨付きゲット。身長ないしひょろいしコミュ力もないからマジで顔だけ。されど顔はかっこいい。
「いやー俺って超かっこいいよなーまつげ長くね?みたいな……うん……引いた?」
「引いてませんよ。先輩の人間らしいところ聞けて満足です」
横顔を見るが真剣だ。本気で言っているらしい。
「先輩超イケメンです。本当です。私の友達にも先輩のファンいますよ?」
「ありがとうって言っといて」
すっげえ嬉しい。
「先輩、なんで話しかけたかって聞いたじゃないですか」
「うん」
「先輩と私は似ていると思ったからです」
「は?」
「どこが?って思ってますね!そんな先輩には教えてあげません!」
頬を膨らませて去って行った。
ああ、教室があるのか。友人なのか声をかけてきた女子生徒と話しながら教室に入っていく。
階段を上った先が俺の教室だ。
「なあ、お前学校一のモテ女と登校してたよな!」
後ろの席のやつが話しかけてくる。まあそうなるよな……。
「してたな、うん」
椅子を後ろに倒して後ろを見る。唖然とした顔が見えた。これは予想外。
「へ?」
「どうした?」
「いや、返事返ってきたの初じゃね?」
「あー、そうだったか?悪い」
言われてみればそうかもしれない。
「なんか心境の変化でもあったん?」
「いや別に」
俺はあまり人を信用していない。
だから友人も基本的に作らない。対価がないと安心できない人間に友好的な関係は築けない。
と、俺は思っている。今も変わらない。
ただ、俺は友人がほしいと思っていた。俺が信用していなくても会話をしてくれる相手がほしいと。
対価さえあれば安心できる。だから俺はあいつと友達になった。そう。あいつは俺がいないとダメだった。だから裏切られることもないと思った。
思ったのに。
ああ、結局対価があっても人は裏切るんだ。だから、俺が配慮してやる必要なんてない。俺は誰かと会話を楽しんでもいい。
「ただの書道部の後輩」
「ん?」
「いや、あいつのこと聞いてきただろ」
「あ、ああ、うん。えー?それって本当?付き合ってるんじゃなくて?」
「ったりまえだろ。俺は顔だけの男だぞ」
「言うね!てか思ったより……こう、面白いやつで驚いてるよ俺」
「はあ?」
「え、佐藤が話してる!?」
後ろの席のやつの友達、だろうよく話している男子生徒が2人近づいてくる。
俺はその2人にも質問攻めにあった。
後輩、有名人なんだなあ。
□
「ってことが朝あったわけ。お前モテるんだな」
「へー、ってそういう話でした?今の」
「だろ?わざわざ感じ悪い俺にまで話しかけてくるんだから」
「そう思うならもうちょっと話しましょうよ!」
「今お前と話してる」
「ですね!えらい!」
「何様だよ」
書道部の帰りでまたいっしょに帰っている。
きっとこの気さくで楽しい後輩と帰りたい人間はたくさんいるに違いない。
多分俺ともある程度仲良くなれば、こうやって帰ることもなくなるのだろう。
ちょっと寂しい。
「なんか……つけられてません?気のせいですか?」
「ああ、まあ。なんかお前と帰るようになってからずっとな」
「え」
「そんなに危ないやつじゃないとは思うが」
「えー。もしかして知り合いですか?」
「知らないやつだ」
背の高い、目つきの悪い男が俺たちのあとをつけている。いや、俺の、だな。俺と同じ駅で降りるし。
でも、話しかけたりはしない。だって、そういう約束だったから。先に裏切ったのはあいつの方だ。
「それよりさ。なんか話しかけてきた女子が最近このお菓子がはやりとか言って見せてきたんだよ。青すぎねえ?食いもんの色じゃないだろ」
スマホの画面を見せる。
「どれどれ。……あー、これは大分前に流行ったやつですね!世間知らずってことで遊ばれてますよ先輩!」
「流行ってたことはあんのかよ……」
食べる気もおこらない。
「写真映えですよ」
「あー……」
俺の知らない文化だな。妹も友人は多そうだけど部活一本でこういうのはやってなさそうだし。
「しかし、昨日の今日で話しかけてくるとは。なかなか勇気ありますね。その人」
「なんで?」
「ちょっと前までの先輩めっっっっっちゃ話しかけにくい感じだったんで!」
「そ、そうか」
お前ほどの人間が言うならそうなんだろうな……。
「そういや今日、何人にも声をかけられたな」
「先輩モテモテですねえ」
「俺はかっこいいからな」
「すっごい自信。まあイケメンですけど」
そこに関しては母親に似て良かったと思う。
きれいな平行二重に、目力のある大きめの目、あまり印象の残らない通った鼻筋、長すぎず短すぎない人中。さらさらの黒髪とシミ1つない肌。
うん。顔だけは超良いなマジで。
俺は電車の窓にうつる自分の顔を見ながらうなずいた。
「てかなんか多分お前のことを好きなやつだと思うんだけど、そんな感じのやつに牽制されたぞ。明日からは別々に登校しような」
俺がモテるとかいう冗談はさておき、真のモテ女である後輩との距離感は適切に保ちたい俺だ。
顔だけの男がモテるほど単純な話ではないのだ、モテ道と言うのは。知らんけど。
「じゃあまた明日」
「はい、また明日」
□
「先輩になんの用ですか?」
私は先輩と別れたあと、ずっとついてきていた背の高い男に話しかける。
「なんのことだ?」
動揺するそぶりすら見せない。
「……先輩と何があったか知りませんけど、先輩はもうあなたとは話したくなさそうでしたよ」
その男は私の言葉に憤怒の形相になることで反応を見せた。私が周りに目を向けると、手をぐっと握り込んで黙ったようだ。
当然だろう、周りに人がたくさんいるのだから。そういう場所を選んで話しかけたのだが。
「先輩と違ってあなたは友人たくさんいたじゃないですか。先輩にそんなに執着するなんてちょっと普通じゃありませんよ?」
なんて言うが、答えはもう分かっている。私はあの日何があったのかおおまかな全容を知っていた。学校の屋上なんて、誰が見てるとも知らない場所でよくやれたものだ。
「うるさい。俺の気持ちもしらないくせに」
「知るわけないでしょ、そりゃ」
私は強欲な人間なので、目の前の男とも仲良くなれるものならなりたいと思っている。
先輩は怒るだろうが許してくれるだろう。何回か話してみて分かったが真面目な人だ。だからこの男が避けられているのは本人が悪いのだ、と思う。
少々先輩の方に肩入れしすぎか。
「でも先輩の気持ちは分かります。私と同じで、先輩は友情というものに、そうですね、信仰のような感情を抱いているんです」
先輩も悪いんだろう。最初の友人に彼を選んだのが大きな間違いだった。
今回のような展開にならなかったとしてももう少し難易度の低い人間がいたんじゃないか。例えば私とか。
「あなたは先輩を裏切ったんですよ?分かります?」
私が今まで生きてきた怒りをその男に向けながら、つまりはただの八つ当たりなのだけど、声を荒げる。
なぜ友達で満足できないのか。恋人より友人の方が永遠に関係を築ける可能性は高い。親密になりすぎれば人の相違は浮き彫りになり、結果親交の寿命は縮まる。
「死を選ぼうとしたあなたを救ってくれた先輩をあなたは裏切ったんだ!」
□
「……」
通話が来ている。もう名前も思い出せない、というか意識的に忘れた元友人からだ。
「どうした?」
応答した。理由は特にない。同級生からの電話なら俺は取る。
「……んで、電話に出た」
「は?……俺も悪かったと思ったんだ。価値観の違う人間が行動を共にするなんて無理な話だった」
ああ、そうだ。絶交なんて契約の内じゃない。俺があいつと口をきかなかったのは単純に俺のわがままにほかならない。
「そう、か」
「ああ、悪かったな。勝手に俺の都合に巻き込んで」
後輩の言うとおり俺はもう少し慎重になるべきだった。精神的に弱った人間に契約をもちかけるなんて意図的に人をそそのかす悪魔のようではないか。
返事が返ってこないので、俺はそのまま通話を切った。
□
「……」
久々に1人で登校したら、屋上にそいつが見える。後輩もいる。口論になっているようだ。後輩は有名人なので、いや、俺の元友人も有名人だから、結構な騒ぎになっている用だった。俺が今から行っても先生に止められそうだな。
電話をかける。
「もしもし?取ってくれると思わなかった」
「……」
返事はしないらしい。昨日の続きをしているみたいだ。俺は通話料金を気にしながら屋上へと向かう。さっさと切ればいいのに。電話じゃ見えない表情でも見たいのだろうか。
屋上までの道は人だかりができていて、先生達はそれを止めるのに必死みたいだ。上手くやれば屋上まで行けそうな気がする。
屋上の扉は壊れている。そこに行くまでの階段は封鎖されているが、体力作りに使う登山部の知り合いでもいれば簡単に侵入できる。それを俺はあいつに教えてもらった。
「間に合った、か?」
ちょうど屋上のフェンスに手をかけていた。以前と全く同じ光景だ。まあ俺が止める理由もないが、こんな目立つところでやめてほしい。これもまた以前俺が思ったことだ。あのときもたいそうな騒ぎになったが、悪ふざけということで収まった。だから先生達もなんの対処もしていなかったのだろう。こんなことになるのなら正直に言っておけば良かった。
「俺も悪かった。相手と仲良くなりたいなら、相手のことをもっとよく知ろうとするべきだったし、俺のことを知ってもらう努力をするべきだった」
何を言うべきか迷ったので、俺は俺の後悔を話そうと決めた。
「お前があの日なんで死のうとしていたか俺は興味がなかったし知ろうともしなかった。ただ単純に、お前がその命を捨てるつもりなら俺がもらったって変わらんだろうと思ったんだ」
いや、知っていた。目の前の男は有名人だった。背が高く、スポーツができ、声も大きかった。よく目立つ。だから何があったのか知りたくなくても知っている。
客観的に見れば、好きな人に振られた、それだけ。されどそれだけじゃなかったんだろう。だって俺も知っているくらいだから。野球部のエースが男に告白した。友人からどう見られたかなんて考えたくもないんじゃないか。
学校生活で何もなしていない俺にはよく分からないけど。
「俺はお前に契約を持ちかけた。俺はお前の味方になるから、お前は俺の友人になってくれ、と。あの時頷いてくれてありがとう。そのおかげで俺は多少人間らしくなれた気がするよ」
相手は何も言わない。ただ、何かを悔やんでいるようだった。
「だから言いたい。なんで、お前は、『契約』違反をしたんだ!」
思い出すだけでも怒りで目の前が真っ赤に染まる。約束を破る。そんなことは相手を見下していないとできない。俺を対等だと思っていなかったということだ。
そりゃ俺は学校じゃ誰とも話さないし、背が低いしガリガリだし運動もできないただのガリ勉だ。見下すのだって仕方ないことなのかもしれない。そうだとしても、それは相手に悟られないようにしてほしい。俺は契約を守る価値すらない人間だったのか?……やめだやめ。1人で考えたって仕方ない。相手のことを知ろうと決めたじゃないか。
『もう友達ではいられない。だって俺は……』
落ち着け。落ち着け、俺。
別に俺に告白?はしてもいい。俺は前のやつとは大分雰囲気の違う人間だと思っていたから驚きはするが、絶交するほどじゃない。丁重にお断りするだけだ。
なら俺が何に怒ったかって……。ああ、目の前の男はそれが分からないのか。じゃあ仕方ないか。
「人には譲れないものがある。俺にとって契約はとても重いものだった。それだけ。どうせお前には理解できないんだろうな」
後輩がちょっと意外そうに俺を見ていた。
「理解、できない」
「だろうな。俺もお前がなんでまた同じこと繰り返してんのか理解できねえ」
今更自分の過ちにでも気づいたとでも言いたいのだろうか。
「別に俺もお前も悪くねえよ。合わなかった。そんだけだろ。人間生きてりゃよくあることだ。だから気にすんな。お前も次はもっとマシなやつ好きになれ」
「……」
「呆れて死ぬ気もなくなったんじゃね?さっさと来い。先生達の手を煩わせるな」
俺がそう言ってふざけたように高笑いをすると、目の前の男はフェンスから手を放し、崩れ落ちるように座った。
□
「先輩、優しいですね」
元友人は先生に連れられてどっかへ行った。
俺と後輩はは自分たちの教室に向かうため、階段を歩いてた。
「どこが?」
「そういうところです。私、先輩と仲良くなって良かったなと思いました」
「なんだよそれ」
「ふふ。ええ、私、先輩のこと大好きになったので先輩のためになんでもしてあげます」
そうやって名前も覚えていない後輩は俺の目をまっすぐ見ながら、そう言った。
その顔がとっても楽しそうだったので、なんであの場所にいたのか、何をしていたのか、聞くのはやめることにした。




