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東都学苑へようこそ *3


 





 ホール全体に再び機械的なアナウンスが流れた。


「これより、クラスごとの誘導を開始します。Aクラスの生徒は、赤のラインへ。Bクラスは青のライン……Eクラスは緑のラインにお進みください」


 床に光が走った。

 それぞれのクラス名に応じた色のラインが足元から静かに浮かび上がる。


「おっ、こっちか」


 羽野が気まずそうに笑いながら緑のラインを指差す。俺も無言でうなずいた。


 ホールの扉が無音で開き、空間が裂けるように光が差し込んだ。

 列は何も言われずとも自然と流れ出す。

 一度も声を上げることはなく、ただ淡々とした秩序の中、俺たちはEクラスとして歩き出した。


 タイルのような廊下は冷たく、光がまばらに反射していた。

 外の光は届かず、人工照明だけが無機質に並んでいる。

 その中で前を歩く男子がぼそりと漏らした。


「マジでEって何なんだよ……一番下ってことか?」


 誰かがクラスに優劣はないって言ってただろと返すが、声音には力がない。


「そう言ってた五十嵐ってやつが一番ウソくさかったんだけどな……」


 皮肉っぽく笑った声。そのすぐ後ろから、別の女子の小さな声が続く。


「やば、美咲Aクラスじゃん、絶対後で笑われるわ……」


 沈黙が走った。誰も彼女を責めなかったが誰も励まそうともしなかった。


 途中、すれ違ったAクラスの集団がいた。だが誰一人、こちらを見ようとはしなかった。

 名前も知らないはずなのに、まるでヒエラルキーが最初からインプットされているかのように。

 各クラス平等と謳っていたあの言葉が、嘘のように響いてくる。


 自分が劣った側として見られている。そう思うだけで、胸の奥がじわじわと冷えていく。


「なんかさ……ちょっと怖くね?」


 羽野がポツリと漏らす。

 俺は返さなかった。うまく言葉が出てこなかったのかもしれない。

 何も始まっていないはずなのに、もうすでに決まってる気がした。


 しばらく歩くと、広いエントランスのような空間に出た。

 そこには数名の職員、黒スーツに身を包んだ男女が整然と並び、目の前の端末に目を落としている。


「Eクラス、確認しました。各自タブレットを受け取ってください。これより教室への案内を開始します」


 職員の一人が言うと、目の前の無人受付台にクラス分用意されたタブレットが整然と並べられていた。


 ざわ……と微かな緊張がクラスに走る。


「やっぱ名前載ってんだな……」

「てかさっき学苑長の悪口言ったから点数下がってたらどうしよ……」

「いや、これで変わってたら逆に怖いでしょ……」


 小さな声が交錯する中、皆が慎重に端末を手に取っていく。

 俺の名前が表示されていた。

 タップして受け取り、スリープ解除すると、そこには今朝表示された評価スコアがそのまま映し出されていた。


【九条湊 予想評価スコア:8000pt 所属:Eクラス 現在順位:学年25位/全250名中】



 まだ高いのか低いのか、まだわからない。

 ただこれがとても重要である数字なのはわかっていた。


「25位なんだー、ふーん。お兄ちゃんはいつも一位だったけどね」


 ふと、母の声が脳内で再生された。

 ソファーに座って俺のテスト用紙を見ながら発言した母さん、一切悪気がなかった。ただ事実を並べているだけ。

 当たり前だ、兄貴の成績を1番に見てきた母さんからしたら俺の成績はカスでしかない。


 針のない画鋲のような言葉なのに、刺さらないはずの言葉なのに、何度も、同じ場所に押しつけられて。気づいたらちゃんと傷になってる。

 名前の下に並ぶ点数化された自分に、妙な親近感を持つ。少し気分が悪いな。


 俺たちはそのまま自分たちの教室へ向かって歩いた。

 まるで病院のように清潔だったが、相変わらず温もりのない廊下。

 光沢のある床に靴音だけが静かに響く。冷たい光が規則的に天井から落ちてきて、俺たちの影をいちいち均一に切り取っていく。


 至る所に監視ドローンのカメラが、まるで呼吸のように滑らかに天井を旋回している。

 あれは『見ている』だけなのか、それとも『記録している』のか。

 あるいは……ただの監視されているという実感を与えるための演出なのかもしれない。


「怖いくらいに、整ってんな」


 羽野の言葉に俺も同意したかった。

 でも、喉が詰まったように声が出てこなかった。


 この整い方は、俺達のためじゃない。秩序のため。管理のため。

 それ以上でも以下でもない設計思想が、ひしひしと伝わってくる。

 騒ぎたい奴がいたとしても、叫び声を上げたい奴がいたとしても、この無音の廊下はそれすら吸い込んでしまいそうだった。


 俺はうっすらと汗ばんだ手のひらで、さっき受け取ったタブレットを握り直す。

 そして下にスワイプしていった。


【現在評価スコア:0pt】


 タブレットの数字が静かに光っていた。

 それはまっさらではなく、『価値なし』と言われているような気がした。


 この島の中では、何をしても見張られていて、何をしても数値で評価されて。

 何をしても『数字』一つで自分という存在を定義される。


 この国にいる限り、俺は俺だなんて言葉は通用しない。





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