異世界転移
庵歴560年。人類は人の形を捨て、次の世代に移行が始まる中、1人の少年がその存在を密かに噂されるようになった。
「テオ=ランドネル」。この世界における、所謂異物である。
ー令和5年9月ー
その日、僕の運命は変わった。1人の少女と1匹の猫。それを助けるため、僕はトラックの前に身体を割り込ませた。
刹那、強烈な痛みと共に脳内に何かが流れ込む。誰かの記憶。
なにかの記憶。
まるで走馬灯を誰かが僕に押し付けてるかのような感覚。
身体が次第に冷えていく。
体温が奪われる。
脳は生きているが、酸素と血液の供給が追いつかないからだ。
トラックに引かれた衝撃で肋が折れ、肋の骨が肺を突き破ることにより、呼吸ができなくなり、激痛が伴った。
だけど、その瞬間脳内に流れたのは存在しないはずの記憶。見たことの無い光景。
まるで古代のどこかの国のような今ほど発達していない古臭い街並み、何かを隠すように建設された城。
そしてーー不気味な人の影。
そして、遠のく意識の中で声が聞こえた。
「君は見てしまった。この世界を。繋がってしまった、二つの世界が」
「⋯⋯?」
次の瞬間、完全に意識は消えたーー
はずだった。
目が覚めると広がっていたのは先程脳内に溢れ出ていた光景だった。これではまるでーーー
「おう、目覚めたか」
「えっと⋯⋯えぇ?」
脳内の処理が追いつかない。
何故だ、ここにいるのは何故?見慣れない景色、見慣れない人の顔、そして何よりーー
「ロボット⋯⋯?」
「いいや違うね。お前さん、純粋なヒトガタだ」
「ヒトガタ⋯⋯?」
ああ、しばらく固まっていた脳が動いた瞬間、僕は理解した。
ここは、異世界だと。
ーー庵歴555年ーー
「次、お願いします」
「はいよ」
ひとまず、異世界であると理解してからの僕の一連の行動をここに記録する。
1.異世界だと理解した時、目の前にいた男。彼は「エルロック=ニコラ」。
この世界で数少ないヒトガタと呼ばれる種族らしい。
彼は「ヒト狩り」の帰りにキャンプをしようとしたところ転がっていた僕を広い、そして看病した。
2.この世界について。
この世界は純粋な人間が減り、人々は機械の身体を得ることで、通常の人体では不可能な機能をたくさん取得した。
だが、代わりに元になった人間の記憶は曖昧になり、そして意思は誰のものになるのか、という部分においてこの世界では現在も審議が続いてるらしい。いわゆる、人権、意識のあり所という所か。
3.僕の所在について。
ニコラには僕の言葉が少しだけ濁って聞こえるらしい。田浦根類と名乗る僕の言葉は、この世界の言葉として処理され、この世界における僕の名前はテオ=ランドネルとなった。
4.これからについて。
この世界における突然やってきた遺物である僕。しかし、この世界のことはまだニコラに聞いた話でしかない。だから、しばらくこの世界を見て、現状を理解しようと思う
そうして僕は、異世界へ転移した。
ニコラは僕に提案した。事情は分からないが、困っているなら色々手助けをさせてくれないかと。
断る理由はもちろんない。この世界に来たばかりの僕に、人との繋がりはもっとも重要である。それに、今は少しでもこの世界の情報が欲しい。
「ふむ。気づいたらここに居たと」
「そう、ですね」
少し頭が重い。少しだけ意識も朦朧としている。多分だけど、まだ事故の余韻が残ってるんだろう。
だけど、不思議と肋や胸の痛み、行きのしづらさはなかった。気だるい、という感じの不調だ。
「とりあえず、お前がヒトガタだというのならまずはサブラス王国の街へ行くといい」
「サブラス王国⋯⋯ですか?」
「ああ。ここから近い。それに、あそこはまだヒトガタがほとんどで、「モドキ」は少ないからな」
「モドキ、とは?」
モドキとヒトガタ。この世界における種族というか、棲み分けらしい。
ヒトガタは僕のよく知る所謂人間であり、モドキというのは身体を機械にして、意識等元の人物から得たデータを移植された機械らしい。
そして、今この世界ではヒトガタ派とモドキ派に別れ、対立しているのだと。モドキはまだ技術が確立されていない時期に生産された個体が、次第に勢力を拡大していき、今ではモドキだけの王国もあるらしい。
だが、モドキには1つ致命的な欠点があった。それは、元の人物の意識や性格は引き継ぐものの、記憶が無いのだと言う。
それにより、最初は混乱するものの、モドキ同士の記憶の交換により、「記憶の共有」が行われ、その記憶を辿りその個体の性格や意識に基づいた行動をするのだという。
「あの、ニコラさんは何故モドキ化をしなかったんですか?」
「そりゃあ、一言で言えば気色悪いから、だな」
「気色悪い、ですか」
この世界の倫理観は、モドキの初代ロットが出た時点でおかしくなったらしい。機械化推進派は様々なデータや秘密裏に進めていた強制モドキ化計画により、最初期の個体を増やしていったという。
だが、それが公になった時、批判の声は当然上がった。倫理観の欠如、人権の侵害だと。
その辺の問題が浮き彫りになりつつも、人々は寿命の存在しないモドキへなることを希望する人も一定数現れ、世界は混沌に支配されたと言う。
だが、中にはニコラのように自分が自分でなくなるのが気持ち悪いと感じる人もいるようで。
そういう人間が集まり現在は反モドキ派と機械化推進派の2派閥に別れ、戦争を起こすか起こさないか、で揉めているのだと言う。
「サブラス王国は⋯⋯その、反モドキ派なんですよね?」
「ああ。あそこはいい所だ。何せ、人類の全てがあそこに集まっているからな」
「人類の全て?」
「サブラス王立図書館。この世界の歴史そのものだな」
彼いわく、記憶が曖昧な僕はまずそこで色々知るといいと言う。確かにこの世界について分からない事ばかりな以上、そういう世界の中心と言うべきか。
様々な情報の集まる場所に行くのは願ったり叶ったりだ。
サブラス王国は近隣の街⋯⋯とはいえ、ニコラがこうやって放浪している理由はすぐ分かった。
先程僕のいた場所から薄々感じていたがーー機械化が進んでるとはいえ、この世界は完全に異世界のそれだった。
あるけば魔物のような生き物はいるし、入り組んだ場所は極端に入り組んでいる。
ニコラのキャンプしていた場所から街への移動だってもはや旅と言えるものだった。
とはいえ、そこは熟練のニコラが一緒だ。
道中は特に困ったことなく物事が進んだ。
途中、凶暴なイノシシのような生き物と遭遇した。あれは所謂低級魔物、と呼ばれるものらしい。
この世界ではそのあまりの非力さに家畜としてストックする家庭もあるほどだという。
とはいえ、素人が狩ろうとするとそれは大変なことになるらしい。
魔物は魔物であり、強さに限らず熟練の冒険経験者がやっと雑魚扱いできるものだと言う。
それから、ニコラから聞いた話だが、冒険者になるにはある程度剣や槍の技術がいるらしく、その手の稼業を生業とした専属のギルド等に入らない限りは討伐するための技術は身につかないという。
道中、異世界といえば、と思いついた魔法の存在を聞いてみたが、なんだそれ?と変な顔をされてしまった。
とはいえ、ニコラが知らないだけで存在している可能性にはちょっと期待しよう。その為に今サブラス王国に向かっているのだから。
「ふう、休憩するか」
「は、はい⋯⋯」
街までは意外と距離があり、ニコラはこれほどの距離なら歩きで余裕とは言っていたが……さすがにきつい。
かれこれ数キロは動いている。
普段なら車で移動して、電車で移動してっていう距離故に、長距離移動を疎かにしていたツケがここで来たか⋯⋯
「あー、そういえば」
「お、なんだ?」
「この世界、移動は徒歩が基本なんですか?」
「そうだな。機械に詳しいヘルナード王国ならそういう移動に使えるようなもん何かあるだろうが、俺たちみたいな辺境の地の育ちは徒歩が基本だ」
どうやら、この世界にも現代に近い機械はあるにはあるのだと言う。
だが、それを買ったりするにはあまりにも高く、貴族や王族以外はとても手につかないものだと言う。
ニコラのような一般の旅人にとっては現代のスーパーカーを買うような金額を請求されるのだという。
ニコラ自体、食うに困らない生活が送れてはいるが、生活で手一杯故にそういうのに手を出すのは老後の支給が入ったら貯蓄して考えるか、というレベルらしい。
そして、もう1つ情報が聞けた。
モドキの素体はそのヘルナード王国で作られたものらしい。
だが、いつしかヘルナードはモドキへの介入をやめ、ほかの技術の向上に切磋琢磨するようになったという。
それほどの技術力を持ちながら、人の機械化に乗り気じゃないのは⋯⋯まあ、倫理的にまずい、と無意識にストッパーのようなものがかかったのでは?とニコラは言うが、果たしてそうなのだろうか。
「さて、飯にしようぜ」
「あ、ニコラ料理できるんですね」
「そりゃあ旅するなら必須要素だしな」
そういうと、ニコラはなれた手つきでイノシシ(?)を解体していき、可食部分と非可食部分を分けていき、パックパックから料理道具を一式取り出し、調理を始めた。




