6 ベルティーナ・スレイヤー(試作品)
トレンビーの泉が地図から消えて数日後。
ヒロシは、ギルド内にある上級冒険者専用ラウンジでまったりと過ごしていた。
メイド長に淹れてもらった紅茶をすする。
ベルティーナは、いまだ行方不明。
そのうちシレっと帰還するだろうと、誰もが思っている。
「ヒロシさま……。ベ__」
「メイド長、王女復活フラグが立つからやめてくれ……」
「っておい! ヒロシさま。まだ、『ベ』しか言ってませんよ?」
主であるヒロシの頭を、高そうなハリセンでぶったたくメイド長。
「自己啓発の旅じゃないのか?」
このまま穏やかな時間が流れるのかと、ヒロシは思っていた。
メイド長のひとことで、別の意味で不安がこみ上げてくる。
何かヤバイものが来る!
ヒロシの勘が、そう告げた時だった。
トゥルンとした床を腹ばいで滑りながら、少女がラウンジに飛び込んでくる。
入口付近でスベった少女は、こけた勢いのまま突入してしまったらしい。
「なんですかこの床……私は中華料理屋さんに来たのですか?」
肌の露出が多めの服をまとった少女は、スクっと立ち上がる。
「宝石箱のような格好で寛いでいるアナタが、“カワグツ・フロス”さん?」
耳にかかった銀色の長い髪を、少女は指一本でかき上げる。
「ところで、フロスさん。中華料理屋とはなんですか?」
「知らんがな……自分で言ったんだろ……」
薄目状態で広いラウンジを一望する。
少女が眩しそうに目を細めながら続ける。
「ココは目が痛くなりますね……」
駆け出し冒険者あこがれの場所『上級冒険者用ラウンジ』は、床を除き、すべて純金で出来ている。初めて訪れた者は、少女と同様の反応をみせる。
「全力で俺の名前を間違えたキミは誰? ヘンタイかな?」
「ズリオチール王国第一王女『アデライド・ズリオチール・アフロディーテ』と申します」
アデライドと名乗った少女は、穿いてもいないスカートの端をつかみ、会釈をする。
ベルティーナとは違い、すこし落ち着いた雰囲気だ。
だが、着こなしは落ち着いてはいない。
既視感のある出で立ち。
V字サスペンダー型の変態水着(水色)を着用していたのだ。
アデライド王女が動くたび、女子の大事な部分(下のプリンセス)が、やっぱり顔を出しちゃっている。
ズリオチール王国__ハミデール王国の東に位置する大国。
ハミデールとは良好な関係を築いている。
ひどく怒った様子で王女が出張ってきたところをみると、大事らしい。
もっとも、ヒロシには見当がついている。
「王族って変態水着の愛好家なの?」
「この変な水着のこと? 今年の流行だそうです。とある“ドワッフル族の行商人”から聞きました」
「それで? 隣国のヘンタイが、ドジっ子アピールの他に何をしに来たの?」
「ズリオチールの王城を吹き飛ばしたのはアナタですわね?」
「はるか遠くで燃えていたのは、城だったか……」
ベルティーナの放った火炎系魔法をヒロシが方向を変えてしまった。
結果、隣国の城を消し炭にしてしまったのだ。
「やはりヒロシさんが犯人なのですね。お父様、いえ、ズリオチール国王が激おこでしてよ?」
「確認だけど、死傷者は出たの?」
「奇跡的にゼロです」
「それは良かった」
「よくねぇわ! へんな火の玉のせいで、ズリオチール王の頭がチリチリなったわ!」
「名前がアフロオチール王になったわけじゃないよね?」
「なるか! でも、民草からは、アフローって呼ばれてるわ!」
「ツッコミのキレがいいね。王女にしとくのはもったいない」
ヒロシの言葉に、アデライドが頬を赤くしている。
「ヒロシさま。“アフローって、回転寿司のチェーン店か!”って突っ込むところです」
「さすがメイド長。変態名メガネイドにしとくのがもったいない」
「ピロシは何も悪くないでありんす!」
突然、ラウンジの床からベルティーナが顔を出す。
お約束通り、石の床を頭突きで破壊したのだ。
「あんな所にお城をつくった、ハゲオチールの王さまが悪いと思うでやんす!」
ベルティーナの喋り方がバグっているのは、頭で泉の大岩を破壊したからだ。
新型玉座『レイジング・ブル』ごと、ベルティーナが床下からせり上がってくる。
なぜか、マジンガーZのテーマらしき曲の歌詞を口ずさんでいる。
「このラウンジは二階にあるんだが……」
「ヒロシさま……深く考えたら負けです。ピンクのヘンタイ王女に常識は通用しません……」
ズンズンと上がってくるベルティーナを、メイド長は力のかぎり押し戻す。
「マンジンゴォ! とか言っているのは良いとして……ベルティーナさまの振り付けが微妙ですね……」
「メイド長、ツッコムところが違う……」
ベルティーナは、裸エプロンという装い。
残念なのは、前と後ろが逆という点か。
背中にエプロンを装着するという、後衛的でありながら、前衛的な着こなしだ。
「やっぱりエプロンもピンクかぃっ!」
「いや、メイド長、そこでもない……」
「ホントですね。王女の下の王女が丸見えでしょうがぁ!」
「ちがうよ、メイド長、そこでもない……」
「ヒロシン……逢いたかったでやんす……」
「ヒロシさま。王女の口調、ガキ大将の子分っぽくて笑えますね」
「面白いからそのままにしたいよな」
「同意見です。けど、すぐ飽きそうなので、王女のアタマをブン殴ってみましょうか?」
メイド長が、王女を張り倒すために作ったという、高級ハリセンを素振ってみせる。
ミスリル製のハリセンの名前は『ベルティーナ・スレイヤー』。
名称と素材からして、もはや兵器だ。
「あとでハリセン(ベルティーナ・スレイヤー)の威力を試してみよう」
ヒロシとメイド長は、ガッチリと握手を交わす。
カレーのルーをかじりながら、ベルティーナが口をひらく。
「ココは目が痛いでゴジャスね……」
金ピカのラウンジ内を見回すベルティーナが目を細める。
「ところで、この水色ヘンタイオバケは、どなたでゲス?」
ベルティーナが小首をかしげる。
「お初にお目にかかります。わたくし、ズリオチール王国第一王女、『アデライド・ズリオチール・アフロディーテ』といいます」
「なまえが長いでやんすね」
「では、アデルと呼んでください」
「まだ長いでありんす。なまえにアフロが入ってるでゲスね……隊長というのはどうでやんす?」
アゴに指をあてたベルティーナが、ヒロシを見やる。
「「アフロ要素はどこいったんだよ!」」
王族が相手でも関係ない。
ヒロシ&メイド長は、ベルティーナの頭を、ベルティーナ・スレイヤーでぶっ叩く。
ガラスの割れるような音が響いた。
砕け散ったハリセン。
びくともしない、ベルティーナの頭。
ベルティーナのホクロから、ピュルっと出るカレー汁。
ボトルに入ったシャンプーの最終局面のように、出が悪い。
弾切れのようだ。
「ぁ……ハリセン壊れちゃった……」
木っ端みじんの『ベルティーナ・スレイヤー』を目にしたヒロシが、残念そうに呟いた。
「弁償しろや、ゴルぁ!」
メイド長が咆哮する。
「ドピン子。なんか喋ってみて」
「短パンがなければ長ズボンを穿けばいいじゃない?」
「マリー・ナントカネットの名言っぽいな」
「ヒロシさま。ベルティーナ王女に何か憑依したみたいですね」
メイド長が、「はい、やり直し!」と言いながら、ハリセンの残骸(取っ手の部分)でひと殴り。
「メイド長 取っ手のところで ひと殴り」
「ヒロシさま、川柳的なコメントは控えろっての!」
「長ズボンがなければ短パンを穿けばいいじゃない!」
「元に戻ってんじゃねぇか! ベルティーナさま。いいからオマエは黙ってろ!」
メイド長が、ベルティーナの頭をフライパンでひと殴り。
「そんなことより、ズリオチール王女の額からピキピキって音がしたぞ?」
「面倒な人ね。ハミデール王国第一王女、ベルティーナ……以下省略が命じます。アナタは、水色ヘンタイオバケと名乗りなさい!」
「王女の額に浮き出た血管が、十字路みたいになってるよ?」
「あら、ホントね」
ベルティーナは、肩パッチンをアデルの額に貼りつける。
「変態裸エプロン女に決闘を申し込みますわ!」
怒りがピークを迎えた様子のアデルは、ベルティーナの鼻に指を突っ込んだ。
「イダダダ……。は、鼻が……。う、受けてたつわ!」
ベルティーナが鼻声で宣言。
お返しに、アデライドの鼻に指を投入する。
もちろん、左右の親指だ。
「鼻で語るのが王族。いたッ! 鼻イッタぁ……。もげる……鼻が……もげっ!」
鼻を上向きにされたベルティーナは涙目。
「これでは埒が明きませんわね。玉座レースで勝負ですわ!」
親指を突っ込まれたままのアデライドは鼻声だ。
「お断わる!」
とベルティーナが、アデライドの鼻に突っ込んだ指に力をこめる。
「隣国と戦争になりかねない。受けるべきだと俺は思うが」
ヒロシがベルティーナに耳打ちする。
ヒロシが耳元にフーフー息を吹きかけるたび、ベルティーナの顔が段々と赤くなる。
「ヒ、ヒロシキが言うなら、そうするでやんす!」
ベルティーナは、変な口調に戻った。
電池が切れかけのシェーバーのごとく、ベルティーナの言語中枢は不安定らしい。
「玉座レースでピンクのオバケが勝ったら、炎上した城とアフロの件は不問にしますわ。でも、わたくしが勝ったら、ヒロシさんをいただきます!」
「“ギョウザレース”、受けて立つでゲス! ピロシは渡さないでやんす!」
「ベルティーナさま。ギョウザではないです。ギョ・ク・ザ! です」
メイド長が、ベルティーナの後頭部を小刻みにド突く。
「は? あんだって?」
ベルティーナは衣装を変えたかったようだ。ひとこと残し、変態エプロン王女は、ラウンジを退室する。
なんだか面倒なことになりそうだ……。
ヒロシが頭を抱えながら、ラウンジを後にした。
★
V字サスペンダー型の変態水着に換装したベルティーナが、ラウンジに戻ってきた。
うつむき加減で、声を発した。
「ピロシ……この服、どう? 似合うかしら……。ついでに聴いてください。ピロシのズンドコ節……2番……」
ベルティーナは、火照りが収まらない顔を上げた。
「ズン♪ って! やっぱり、だれもおらんのかぁーーーい!」




