3 王女、名前なげぇよ!
ヒロシは、ヒマをもてあました王族の護衛についていた。
ベルティーナという、でかい荷物、20名のメイドを乗せた馬車は、筋肉もり森の中にあるトレンビーの泉を目指している。
メイド長が、慣れた手つきでヒロシのグラスにジュースをそそぐ。
「日本に戻れたらヒモ生活を送りたい。美容グッズに囲まれて暮らしたい」
「ヒロシさま。一言よろしいですか? 寝言は起きてから言え!」
「ヒモで思い出した。ロープはある?」
「首でも吊るのですか?」
「ヒモになれるまで、俺は死なない。ヒモになるためなら死んでもいい」
「ロープは、バンジージャンプ用の特別仕様です」
巨大なリュックから、メイド長が虹色のロープを取り出した。
酔っ払いが路地裏で吐いているアレ的に、ロープはキラキラと鮮やかな光を放っている。
「特別仕様って、どういうこと?」
「このロープは1/10の確率で切れるという、ドワッフル族の職人が、ふざけて作った逸品です!」
「バンジー用にしては短くない?」
「三十センチなので、足首に巻くのがやっとだと思います。そのまま飛んだら人生おわります」
王女にバンジーをさせてみるか。高い所から突き落とすとしたら……。
ロープを長めにして、王女を田んぼに植えてみるのもアリか。
ヒロシはブツブツ言いながら、必要なロープの本数を見積もってみる。
「五本もらおうかな。二百メートルの高さから飛ぶ予定なんだよね。金髪縦ロール女が……」
「たりねーよ! 金髪ドリルがピーンってなりますよ? ロープを長くして、石畳みに王女さまをブッ刺すくらいがちょうどいいと、私は思います」
「だよねぇ~」
「ヒロシさま。なぜに笑顔?」
「やっぱり六本にするよ」
「だから、たりねーって! ところでヒロシさま。その金髪縦ロールの王女さまは、どこへ行ったのでしょう?」
化粧水のサンプルを試すヒロシを横目に、メイド長は馬車の中を見回した。
「キャスターつきのイスに乗って、俺たちを追いかけてるはずだけど」
街でもらった化粧水を、さっそくヒロシは試す。
顔面にピタピタっと化粧水を塗りたくる。
「ヒロシさま。それ、飲むタイプです」
「そっちかよ!」
爽やかな柑橘系の香りが、口いっぱいに広がる。
結局、ヒロシは飲み干した。
何か悔しいので、空き瓶で顔をコロコロする。
「あれ? いま、食パンを咥えた金髪縦ロールが、すごい勢いでぶっ飛んでいきました……」
「金のロールパンが転がってるみたいに言うなって」
VIPな馬車とすれ違ったベルティーナは、時速百二十キロで逆走している。
モンスターらしき物体を吹っ飛ばしながら走り去っていった。
「王女さまは、やはりお笑い枠ですか?」
「思考力を、脚に持っていかれた残念少女って意味では、お笑い要員だな」
「ほぼ迷走していましたけど、王女様はどこを目指しているのでしょう?」
「自分探しの旅じゃない?」
メイド長が口走った迷走。
ヒロシの言う自分探しは、あたらずといえども遠からず。
急に催したベルティーナは、実家(ハミデール王城)のトイレを目指していたのだ。
★
迷うことなくトレンビーの泉に到着したヒロシたち。
「ピロすぃ~、会いたかったぞな!」
殺風景な泉のほとりに、金色のすさまじいオーラを放つ人影があった。王女だ。
はちきれんばかりの笑顔で、ヒロシたちを出迎える。
ベルティーナは、Ⅴ字サスペンダー型の変態水着に着替えていた。
枯れ葉舞い散るこの季節。薄着で過ごすには、ちと寒い。
生地の少ない水着の色は、やはりピンクだった。
前から見るとV字。後ろから眺めるとY字になっている王女の水着姿は、ちがう意味で神々しい。
「くるのが遅いので、お弁当を作ってみたぞっ!」
変態王女の指さすほうに目をむけると、弁当が“どっしり”と横たわっていた。
おにぎり+おかずという組み合わせだ。
「なにこれ、盾?」
ヒロシが五十センチのおにぎりを持ち上げる。
「この筋トレグッズ、表面がトロっとしてるんだけど」
「おかゆご飯ライスだぞ!」
おにぎりの表面には、お粥がかかっている。
お粥→ご飯→米という具合に、中心へと向かうにつれ、どんどん固くなるという構造だ。
「ドピン子って意外と家庭的なんだな。ちょっと見直した」
「しょーがない人ですなぁ。ほれ、私が食べさせてあげっぞ。ピロシ、アッハーンって言ってください!」
ベルティーナは頬を赤らめながら、指にぶっさしたおにぎりをヒロシの顔面に押し当てる。
「何かの儀式かな? 口に入れてよ。まあ、デカすぎて入りませんけども!」
「小さくちぎってお召し上がってちょーだいねっ!」
「最初から小さいのを作ってよ。光る泥ダンゴ選手権なら準優勝だけどね」
「ウメボシがハズレですっ!」
「当たりはなに?」
「おかずはタマゴ焼きですっ! 英語だと、テメェゴゥって言うのかしら?」
「もう、正解でいいや」
「ドラゴンのテメェゴゥだぞっ!」
「壊れた配膳ロボットか? 人工無能ってやつか?」
「ふたつ合わせて、ベルティーナ・スレイヤーだぞっ」
「王女が倒されそうだな。というか、タンスの間違いじゃないのか?」
縦二メートル、横九十センチほどの物体。
湯気+いい香りのおかげか、かろうじて卵焼きだとわかる。
「引き出しもついてるんだぞ! スクランブル・テメェゴゥが中に入ってっから!」
「やっぱりタンスじゃねぇか!」
「さてと……」
人のはなしを聞かないベルティーナが、泉にダイブする気満々で準備運動を開始する。
手首、足首、ついでにポッチもプルプルさせるという、よく分からない動きだ。
「たくさん持ってきたから、欲しい人は言ってちょうだいね」
ベルティーナが、お笑い水着セット(Ⅴ字型の変態水着、目出し帽)をメイドたちに配ろうとしている。
十九名のメイドが、ブンブンと首を横に振る。
壊れた扇風機の展覧会のような光景だ。
「色が気に入らないのかしらね……」
ベルティーナは小首をかしげ、眉根を下げる。
「ベルティーナさま。そんなヒモみたいな水着は、あたまのおかしい王族しか着たがりません」
ヒロシが見やると、変態水着に着替えたメイド長の姿があった。
目出し帽を装着しているメイド長の姿が笑いを誘う。
「メイド長の下のメイド長が見えてるっ!」
目のやり場に困ったヒロシは、着ていたバスローブをメイド長に差し出した。
「お、お構いなく……」
目出し帽を装着しているため不明だが、メイド長は顔を赤らめているに違いない。
「メイド長から『変態メガネイド』に格上げする」
「ヒロシさま、それは降格といいます……」
「ヘンタイで思い出した。ドピン子はどこ行ってたんだ? 尿意を催して実家に帰還したとか?」
「し、失礼ね! 大きいほうよっ! 言っておくけど、実家へは行っていないわ。お花畑という駅で途中下車をしたの」
お花を摘もうとしたら、人生も詰みそうになったと、ベルティーナがつけ加えた。
「つんだ? 何があったのです?」
事件のニオイでもしたのか、メイド長は興味津々といった様子だ。
「ドレスが汚れてしまったの。川でお洗濯しようと思ったのだけれど、流れが急だったの」
ピンクの衣装と一緒に、ベルティーナも流されてしまったのだ。
ベルティーナいわく、替えのドレスを持ってきておらず、V字サスペンダー型の水着に着替えたそうだ。
「ねえ、メンチ長。今からアナタを“メンチカスッ”と呼んでいいかしら?」
「おい、ドピン子。メンチ切りの達人みたいになってるぞ。で、『ッ』ってなに?」
ヒロシは面倒そうにツッコミをいれる。
ベルティーナとメイド長は、会ったばかり。
初対面の相手には、へんなあだ名をつけるクセが、ベルティーナにはあるらしい。
「そういえば、アナタのお仕事はなに? 首から下だけメイドの土産だったかしらね」
ベルティーナはアゴに指をあてる。
全く機能していない頭をフル回転させ、記憶を呼び起こしている様子だ。
「首から上がメイド長でおなじみの、変態メガネイドです!」
「わかったわ。変なメガネ・クラッシャーね。よろしく、メンチ長!」
「おい、ドピン子! 結局もとに戻ってんじゃねぇか!」
「私『ベルティーナ・ローラーキャスター・フォン・アタマタリネーゼ』のことは、ヒロシのお嫁さん候補と呼んでくれるかしら?」
「名前なげぇよ! え? 苗字にも“キャスター”が付いてんのかい!」
ベルティーナのフルネームを聞いたメイド長は、キャスター付きの玉座とベルティーナの間で視線を往復させる。
魔法使い(キャスター)にジョブチェンジしたら、大爆笑もんですね! と言いながら、メイド長は必死で笑いをこらえている。
十九名のメイドが、一斉に回れ右。肩を揺らして笑いを我慢している。
「あのね、オデコのホクロからカレーが出てくるの……」
突然、ベルティーナが、どこか思いつめたような表情をみせた。
「甘口? 辛口?」
「ヒロシさま。辛さの問題ではないかと……」
ベルティーナのホクロを、メガネの一番カタイ部分で十六連打しながら、メイド長が呟く。
十四打目で、笑いを堰き止めていたダムが決壊。メイドたちの笑いの洪水が発生した。