2 だれもおらんのかぁーーーい!
玉座のエネルギーとなるべく、王族により異世界に召喚された『カワグチ・ヒロシ』だったが、自身の役目をすっかり忘れていた。
なんとなく始めた冒険者稼業。
数々の依頼をこなすうち、一年たらずでSランクの冒険者にまで登りつめていたのだ。
彼の心の奥には、日本に帰りたいという思いがあったが、日常の喧騒に埋もれてしまっていた__。
ある日のこと。
ヒロシは王国の城に呼び立てられた。
自分がこんな場所に呼ばれるなんて、夢のようだった。
というのはウソで、内心、面倒くさいと思っている。
一年くらい音沙汰もなかったのに、何の用だ?
俺、なにかやらかした?
王室のシャワートイレを最強にして出てきちゃた件か?
不安に苛まれながらも、城内の華やかな景色に目を奪われていた。
というのもウソっぱちで、はやく帰りたいとヒロシは思っている。
白い壁に囲まれた謁見の間は、サッカーコート五面ぶんの広さがある。
ヒロシがくぐり抜けてきた大きな扉が霞んでみえる。
光る泥ダンゴを作りたいし、新作の美顔器を買いに行きたい。
家に帰りてぇ……。
美意識高めのヒロシが、そう思った時だ。
「王技! あたま・スーパードぅラぁ~イ!」
豪奢な扉が開くと同時、少女の透き通るような声が飛んでくる。
ヒロシの八・〇という視力をもってしても、人の姿は確認できなかった。
「ヒロすぃ~! 会いたかったぞなっ!」
ヒロシのいる場所から二百メートル先にある床の一部が、大きな音をたてて崩れ落ちた。
おほほ笑いをしながら、床の大穴から少女が顔を出す。
厚さ二十センチの大理石の床を、頭突きでブチ抜いた少女は『ベルティーナ』。
先日、十七歳を迎えた彼女は、ハミデール王国の第一王女だ。
頭のネジが数本足りないベルティーナの衣装は全身ピンク。
全ての部品がピンクで統一された、王女専用の玉座に腰掛けている。
なぜか、玉座にはキャスターがついている。
「なんだ、ドピン子か」
ヒロシは眉間にシワを寄せながら、王女のあだ名をつぶやいた。
「ピロシと私は十七歳だから、えっと……。会うのは二十年ぶりかしら?」
ベルティーナの声は、遠く離れたヒロシには届いていない。
「勇者さまの顔を、真下から見たかったの。出るところを間違えちゃったから、まったく見えないのだけれど……」
裏返した左手を口元にあて、おほほ笑いをするベルティーナ。
くるぶしが隠れるほどに長いスカートをたくし上げ、ガーターベルトを露出させる。
細く長い足を小刻みに動かし、玉座ごと移動する。
翠色の目を輝かせ、時速百キロでヒロシのもとへと向かう。
ベルティーナが動くたび、金髪縦ロールが元気に揺れる。
ブタ鼻を交えて笑う姿を差し引いても、美形の部類に入るだろう。
あの奇抜な動きはなんだ?
メカっぽく言うなら、ヤドキャリバーか?
ボソリとつぶやくヒロシに、ヤドキャリバー王女が迫りくる。
メカと魔法が混在するハミデール王国は、日本や欧米の文化を多く取り入れている。
ハミデール王国に日本の文化をゴリ推したのは、ヒロシだ。
ベルティーナは、玉座から降車する。
ピンクのヒールをコツコツと鳴らしながら、ヒロシに歩み寄る。
頬を赤く染めた王女は、体を数回クネクネさせる。
左右の指をからませながら、ヒロシに背を向けた。
うつむき加減でモジモジと語りはじめる。
「ねえ、ピロリン。突然なのだけれど、王族の三大欲求って何か知ってる?」
「俺の名前覚える気ある? ピロリ菌っぽくてなんかイヤだ」
「海水浴・日光浴・岩盤浴・浴槽よ!」
「欲張りな王女だな。王族って浴槽を引きずって歩くとか?」
「それでね、トレンビーの泉で水浴びをしたいの。地図は持っているのだけれど、詳しい場所がわからなくて。泉を一緒にさがしてほしいの……」
床に座ったベルティーナは、ヒザを抱えて言葉を紡ぐ。
「いとしの勇者さま。いえ、ピロシキ。一年前に命を救われて以来、アナタのことばかり考えてしまうの。そんなアナタに私の護衛をお願いしたいのだけれど」
命を救ったなんて、ドピン子王女は大げさだな……。
一年前。
ベルティーナは、野原で用を足していた。もちろん、大きいほうだ。
拭く紙を忘れたらしく「おお、カミよ!」などと大騒ぎしていたのだ。
偶然通りかかったヒロシが、そっと紙ヤスリという名のトイレットペーパーを渡し、王女のピンチを救ったという顛末だ。
紙がねぇんでゲス! と言いながら、変顔をする彼女の姿を思い出したヒロシは、心を決めた__。
よし、帰るか。
ヒロシは踵を返し、扉のほうを向く。
ブツブツと呪文のような言葉を唱える。
思いの丈をぶつけたベルティーナは、ヒロシに向き直る。
「アナタにささげたい歌があるの……。きいてください。ピロシの、ズンドコ節……」
ベルティーナは火照りが収まらない顔を上げた。
「ズン♪ って、だれもおらんのかぁーーーい!」
ベルティーナの奇抜な振り付け&告白むなしく、そこに勇者ヒロシの姿はない。
制作途中の泥ダンゴが気になっていた彼は、転移魔法を使い、すでに帰宅していたのだ。
ベルティーナがワンコーラス歌い切ったのは、言うまでもない。