9 王女の帰還
果てしなく続く森を、枯れ葉を巻き上げながら馬車はひた走る。
荷物(王女)を森の中に置いてきちゃったけど、大丈夫かな……。
反省の色がにじむ独り言をヒロシがつぶやく。
王女ベルティーナのいない車内は、静けさに包まれていた。
総勢二十のメイドが、馬車の揺れにあわせて船を漕いでいる。
「カタパッチンという不良在庫を引き取っていただいて、ありがとうございます。感謝の言葉と商売欲しか沸いてきません」
ドワッフル族のカトレアが、慣れた手つきでヒロシのグラスにジュースをそそぐ。
「お金ならあるけど、日本に戻れたら、光物に囲まれて暮らしたい」
「お得意様一覧に、お兄さんの名前を追加しておきます」
「光物で思い出した。バンジー用ロープってある?」
「王族でもシバクつもりですか?」
「金髪縦ロールで試したけど、ロープが全部切れたんだよね……」
「すべてブチ切れたんですか?」
「メイド長で試した時は全く問題なかったのに」
「金髪の人、運がわるすぎですね……」
言いながら、巨大なリュックから、カトレアが緑色のロープを取り出した。
カナブンのようにメタリックなロープは、キラキラと鮮やかな光を放っている。
「1/100の確率で切れるという、ドワッフルの職人がふざけて作ったバンジー専用ロープです」
「長さは?」
「旧商品と比べて短い二十センチです」
「もう一回、金髪縦ロール女で試したい……バンジーだと六本で足りる?」
「足りないでしょ……猫背が治ったネコみたいに、体がピーンってなってなりますよ?」
「だよねぇ~」
「お兄さんは、なぜに笑顔?」
木にぶら下げた王女に集まるモンスターでも獲ってみようかと、ヒロシは想像していた。
「やっぱり、バンジーなら七本は必要か。二百メートルの高さから突き落とす予定なんだよね。金髪縦ロール女を……」
「たりねーよ! 金髪ドリルだけバンジーしますよ!」
「だよねぇ~。やっぱり八本で」
「ロープが百六十センチじゃ、短すぎるっての……。ところでお兄さん。その金髪縦ロールの人はどこへ行ったのです?」
化粧水のサンプルをヒロシに渡したカトレアは、メイドで埋め尽くされた馬車の中を見回した。
「キャスターつきのイスに乗って、俺たちを追いかけてるはずだけど」
カトレアもらった化粧水のサンプルを、さっそくヒロシは試す。
香りを確かめると、化粧水を口に含んだ。
「お兄さん、それ、顔に塗るタイプです」
「そっちかよ!」
「あれ? 食パンを咥えた金髪縦ロールの人が、すごい勢いで走り去っていきました……」
VIPな馬車とすれ違ったベルティーナは、時速百二十キロで逆走している。
転校生とぶつかるイベントかと思われたが、モンスターらしきものを吹っ飛ばしながら走り去っていった。
「金髪の人ってお笑い枠ですか?」
「金髪ドリルが取れちゃう時点で、お笑い系かな」
「ほぼ迷走してましたけど、どこを目指しているのでしょう?」
「自分探しの旅じゃないかな。まあ、現地集合ってことで」
カトレアが口走った迷走。
ヒロシの言う自分探しは、あたらずといえども遠からず。
ベルティーナは、濡れたドレスを乾かすため、全力で疾走していたのだ。
「ところで、どこへ向かってるんです?」
「ドワッフル族の集落だ。玉座をレース仕様に改造してもらおうと思って」
「よければご案内します。馬車に乗せてもらった御礼ということで」
「乗せた覚えはねぇよ!」
二人の会話を静かに聞いていたメイド長が、口を挟む。
「ヒロシさま。王女はともかく、肝心の玉座がなければ、ドワッフル族の集落へ向かっても意味がないかと……」
「だよねぇ~」
「ヒロシさまは、なぜに笑顔?」
「パイプ椅子を適当に改造して終りにしようと思って……」
「ヒロシさま、それはダメです!」
メイド長の言う通りだが。
仕方ない。王都に戻るか。
ドピン子が王城に戻っているかもしれないし……。
「Uターンが面倒だ。後退モードで走行!」
後ろ向きで馬車は走る__
突然、ひとりのメイドが立ち上がると、稼働しないカラオケセットの前に立つ。
「メイド十九号。歌います! きいてください。ヒロシのずんどこ節」
どこからともなく、イントロ部分を口ずさむ声が聞こえてくる。
「ズン!」
なぜかメイド長が歌いだす。
「オマエが歌うんかいっ!」
メイド一号が、メイド長の後頭部を力いっぱい張り倒す。
ふき飛ぶメガネ。
笑い声をのせた馬車は、鬱蒼とした森の中をひた走る__。
★
王都に戻ったヒロシは、謁見の間へと来ていた。
「ぴろすぃ~!」
豪奢な扉が開くと同時、少女の透き通るような声が飛んでくる。
ベルティーナだ。
王宮内では、さすがに正装だった。
ベルティーナ本体だけが走ってくる。
玉座は置いてきたらしい。
長いスカートをたくし上げ、ヒロシに向かって猛ダッシュ。
時速は百三十キロ。
やっぱり顔面は。パンチのきいたプードル(パプードル)のようだった
ヒロシは、ミスリル製のハリセン『ベルティーナ・スレイヤー・マークⅡ(VSマークⅡ)』を構えた。
張り倒すか、柄の部分でド突くか悩むところだが……。
軽く素振りをして、新兵器(VSマークⅡ)の調子を検める。
ブレーキのないベルティーナは、ヒロシの横を通り過ぎていった。
百メートルの壁にドンしたベルティーナ。
大股をひらき、後ろに大きくぶっ倒れたが、すぐに起き上がる。
人型に陥没した壁を一瞬だけ確認すると、すぐに走り出す。
「このハリセンって、オリハルコンじゃないですか!」
同伴していたカトレアが、興味津々の様子でVSマークⅡを見やる。
「ミスリルのハリセンは、ドピン子の頭突きで破壊されたからな……」
「世界で三番目にかたい金属ですけど……金髪の人で試してもいいですか?」
「いんじゃない?」
ベルティーナが勝つと信じているような表情だが、ヒロシは少し半笑い。
さらに速度を増したベルティーナが、ヒロシに向かって突進する。
カトレアが、ベルティーナ・スレイヤーを構えた。
「ピンクのド畜生がぁ!」
カトレアのハリセンが、ベルティーナの顔面を捉えた。
砕け散るベルティーナ・スレイヤー・マークⅡ(オリハルコン)。
ベルティーナの後頭部から噴射された、カレー汁が香ばしい。
「壊れちゃいましたね、ハリセン……」
「やっぱりダメか。次はアダマンタイトかな……」
「いろんな意味ですごいですね。金髪縦ロールの人……」
「そうだな。王女にしておくのは勿体ない気がする」
「ドワッフ!?」
カトレアは、ドワッフル族特有の言葉を発した。
「き、金髪縦ロールのキレイなおかたは、やっぱりお姫様だったのですね……」
カトレアの顔から血の気が引いていく。
王族に対してぶっ放してきた数々の暴言を気にしているのだろう。
「ハミデール王国の第一王女だ。暴言のことを気にしてるのか? 金髪縦ロール王女の知力と羞恥心は、おそらくゼロだ。そんな些末なことを気にするタイプじゃない。ゆえに、カトレアが気に病む必要はない」
ヒロシの言葉が耳に入っていないカトレアが、
「さ、さきほどは失礼いたしました……」
職業病なのか、もみ手をしながらベルティーナへと近づいてゆく。
「なんのことかしら?」
ベルティーナは首をかしげる。記憶の糸を手繰り寄せているようだが、筋肉少女のことを思い出せない様子だ。
「姫さまだったのですね。チンパンジー、いえ、一般人とは違うオーラというか、ほとばしる王族臭がハンパねぇ! ドレッシングを丸のみしたゴブリンみたいな、すっぱい匂いがしますっ!」
「ピン子の名誉のために言っておくが、コイツは体臭には気を使っている。香水をつけずに丸飲みしているんだ」
長旅で疲れているヒロシだが、王女のフォローは決して忘れない。
「それで? アナタのお名前なんてーの♪」
あっけらかんとした態度で、眼前の筋肉少女を見やるベルティーナ。指をクイクイ動かしながら、リズミカルな口調でカトレアに問いかける。
「カトレア・ハンバーグセットと申します。行商人をしております。クマムシの皮から戦車まで、人以外なら何でも調達します」
「ハンバぁーーーーーーーグ!」
ベルティーナが天を仰ぎ、咆哮する。喜々とした面相で続ける。
「よろしくね、カトレア。そうだわ! 今からアナタを“カトちゃんペッ”と呼んでいいかしら?」
ベルティーナが、鼻と口の間にあるミゾに、2本の指を密着させる。
「玉座の硬いところで頭カチ割るぞっ!」
カトレアは王女を始末しそうな勢いで、バッキバキに冷たい目を向けた。
「そういえば、アナタの種族はなにかしら? “首から下がバッキバキ族”だったかしらね」
ベルティーナは、アゴに指をあて、全く機能していない頭をフル回転させて、記憶を呼び起こしている様子だ。
「ちげぇよ! 筋肉バッキバキでおなじみのドワッフル族です」
「わかったわ。オレたちひょうきん族ね。それで、カカトちゃん。私、“ベルティーナ・ローラーキャスター”のことは、ヒロシのお嫁さん候補と呼んでくれるかしら?」
「ファミリーネームにもキャスターが付いてるのか!」
カトレアのリアクションは、メイド長とまったく同じだった。
ベルティーナのファミリーネームを初めて聞いたカトレアは、キャスター付きの玉座とベルティーナの間で視線を往復させる。
「クラスが“魔法使い”なら、額を親指で連打したいですね」
カトレアは必死で笑いをこらえている。
「ねえ、カフェテリア。アナタ、蟯虫の人だったわよね? いいヒトがいたら、絶賛婚活中の私に売ってちょーだいっ! ピアノも売ってチョーダイ! ホントはヒロシを買いたいのだけれど」
「蟯虫じゃなくて、行商人だから。それと、人は売らねぇって言ってんだろがっ!」
“このとーり!”と付け加えてくるベルティーナにイラっとしたのか、カトレアは語気強めに返答する。
「キャスター付きの変態王女に、まともに付き合うな。ストレスで体を壊した従者を、俺は何人も知っている」
「ドワッフ……。ところでピーチ姫。森の中でモンスターに遭遇しませんでした?」
「そういえば、何かをひき殺したような感触があったわね」
王女、まさかのひき逃げ。
ヒロシの顔は青ざめる。
被害者が人でないことを、ヒロシは切に願った。
ふと、隣に目をむければ、カトレアが顔面をバキバキに引きつらせている。
「それとね、おっきな動物に頭突きしたら、どこかに飛んで行ったのだけれど……」
ベルティーナの表する動物とは、モンスターのことだろう。
ヒロシは、『ベルティーナからモンスターを護ってほしい』という国王の言葉を思い出す。叫びたい衝動を無理やり抑え、頭を抱えた。




