8 パッチ売りの筋肉少女
馬車が三ミリほど進んだ時だ。
黒いスポブラを着けた筋肉少女が、どこからともなく現れた。
年齢は十三といったところか。
少女は両手を大きく広げて馬車の進行を阻止する。
「はいっ、虫ざんまい!」
少女の第一声がこれだった。バキバキに怪しい。
長いこと森の中を歩いて来たようだ。
茶髪の筋肉少女のカラダには、色とりどりの虫がくっついている。
「ワタシはパッチ売りの筋肉少女。いえ、決して怪しい筋肉ではありません」
身長は百二十センチと小柄だが、鍛え抜かれた腹筋をピコピコと動かす。
マッスルと可愛さが同居する少女の見てくれは、バッキバキの傭兵だ。
「申し遅れました。ボッチが売りのワタシは『カトレア・ハンバーグセット』といいます。ドワッフル族のしがない行商人。職人が作ったビミョーな品を、ぼったくり価格で売り歩いています」
高度な鍛冶や工芸技能をもつドワッフルは、人間よりも少し小柄な種族である。
腹筋がワッフルのように割れていることから名づけられた。
「パッチを買っていただけませんか? 買わないと、バールのようなもので殴りたおすぞなもし!」
軽快なセールストークを飛ばしてくる筋肉少女カトレア。
両手の指をバキバキと鳴らす。
営業スマイルとは裏腹に、うす紫色の彼女の目は、バキバキに笑っていない。
尋常でないカトレアの雰囲気に、ヒロシが腰の日本刀に手をかけた時だ。
裸足で爆走するベルティーナが、猛スピードでヒロシの横をかすめて行った。
遅れて、ヒロシの黒髪がフワっとなびく。
メイド隊に収獲されたベルティーナが、Uターンをして戻ってきていた。
両耳に装着していたピンクのヒールを外すと、ベルティーナがヒロシを見やる。
「買いましょうよ」
「肩こりパッチだよ? 値段も聞かずに買おうなんて、どこの王族だよ!」
「そちらのカッコいいお兄さんの言うとおり、このパッチは肩こりを緩和するための医薬品。腕などに貼れるシートタイプの商品です。商品名はカタパッチン。目に貼ってよし、胸のポッチに貼ってもいいですよ?」
乳首をポッチと称するあたりが憎らしい。
全く売れていないのか。売れ筋なのか。
カトレアが指パッチンっぽい名の品をゴリ推してくる。
十二枚入りの箱五百個を道に並べた。
ここから先は通さないと言わんばかりに壁を築く。
「胸のポッチに貼れるなんて便利だと思わない?」
切れ長の目を輝かせたベルティーナが、カタパッチンを手に取った。
「貼っても意味なさそーだよね」
薄いシートの大きさは4センチ。
ベルティーナのポッチがデカイと、ヒロシは予想する。
「に、二枚貼れば問題ないわっ!」
ベルティーナが、恐る恐る自身の胸元を確認する。
「なんてこった!」
顔を赤くしたピンクの王女は、ヒザを抱えてうずくまる。
「ちょ、超ビッグサイズは、あ、あるのかしら……」
まなじりに水分を湛えたベルティーナが、バキバキの筋肉少女に視線をあてる。
「Sサイズしかありません。乳輪のでかそうなドブスは引っ込んでなさい! 金髪ドリルで穴でも掘ってなさい!」
いら立ちを隠せない様子のカトレアが、ベルティーナにバキバキの悪態をついた。
「はい、よろこんで!」
瞬間、ベルティーナの金髪ドリル部分が回転しはじめた。
ベルティーナ(金髪ドリル娘)は、道のど真ん中に穴を穿つ。
数秒で二メートル近く地面を掘り進めた。
残念なドリル娘を見たメイド全員が、そっぽを向き、大きく肩をゆらす。
彼女らの笑いをせき止めているダムは、いまにも決壊しそうだ。
「昼さがり きんぱつドリルで 穴あける」
筋肉少女カトレアが、得意げな表情で川柳的なフレーズを放ってくる。
時を置かず、高速回転していたベルティーナの金髪ドリルが、ピタリと止まった。
ドリルが停止する直前に立てた「ぷすぅ」という音に反応したらしい。
メイドたちが一斉に地面をたたいて笑いころげる。
ベルティーナは、褒めてほしそうに上目遣いでヒロシの様子をうかがう。
付着した土を落とそうとベルティーナが動くたび、金髪ドリルがビロンビロンと伸縮する。
や、やめろ。笑ったら負けだ……。
ヒロシはドリル王女が視界に入らないよう、あさっての方向に顔を向ける。
太ももをつねりながら、カトレアに近づいてゆく。
「パッチを全部もらおうかな。悪いけどメイド全員に配ってくれる? それと、四箱はそこの金髪縦ロール女に渡して」
ギスギスした空気を払拭できるなら安い買い物だ。
ヒロシはカタパッチンの大人買いを決意した。
「ヒロシンに買ってもろたでー!」
カタパッチンを目と胸のポッチに貼り、ベルティーナは楽しそうに小躍りする。
おほほ笑いを決め込みながら、馬車の進行方向とは逆に歩き出す。
眼球にシールを貼るなよ……。
ブタ鼻の混ざった笑い声をあげる王女に、ヒロシが白い目を向ける。
「金色のブタが顔を出しましたか? あ、王女さまでした……。キレイなお顔なのにもったいないですね。このブタ、いえ、王女さま。それにしても、アホ毛がないのにアホな人っているのですね……。ところで、シールをはがすときに、王女さまの眼球がポロッと外れそうで怖いです」
言いたいことをすべて吐き出した感じのメイド長が、笑いをこらえるヒロシに問いかける。
「洗った眼球をハメ直すだろ」
「じゃ、ワタシはこれで」
リュックを背負いなおしたカトレアが、片手をあげて挨拶をする。
「カトレアだっけ? よかったら俺たちと一緒にこないか」
「ワタシは誰とも群れません。人間と一緒にいるくらいならボッチのほうがマシです」
「ヒロシさま。ドワッフルといえば、滅多にお目にかかれない種族。これを逃す手はありませんぜ!」
悪代官のような表情でメイド長が言う。
「なおさら一緒にきてほしい。でも、説得は難しそうだね……」
「私もそう思います」
「ほらごらん こんなにあるよ ユルドルが」
ヒロシが大量のユルドル硬貨(金貨)をカトレアに見せびらかす。
「お兄さんに付いていきます!」
交渉成立。
「カネの切れ目が縁の切れ目。お兄さんがドビンボーでドチクショーになったら、ワタシはすぐ家に帰るんだからねっ!」
カトレアが、ツンのめかしたセリフを吐いた。
行商人が帯同してくれるのはいいが、問題は馬車の定員か。
カトレアの背嚢は、やたらとデカイ。牛が三頭くらい入る大きさだ。
「玉座と付属品の王女を置いていくしかないか」
「ホントによろしいのですか? 王女の護衛が、ヒロシさまの勤めではないかと。メイドを何人か置いていけば良いかと思います……」
メイド長が悲痛な面持ちでヒロシに訴える。
「こんな危なっかしい森にメイドを残してはいけない。どちらか選べと言われたら、俺は王族を捨てていくよ」
「ヒロシさまがド貧乏になっても、わたくしは一生ついていきます!」
メイド長の言葉に、メイド全員が大きくうなずいている。
「玉座があれば問題ない。ドピン子の脚力なら、楽勝で俺たちに追いつくって。じゃあ、出発!」
ヒロシの合図でメイド全員の足が一斉に引っ込んだ。
馬車が、ゆっくりと動き出す。
「健闘を祈る!」
馬車から離れゆくベルティーナの姿を、ヒロシは感情がこぼれ落ちた剥製のような目で見ていた。
「王女さまの王族というステータスは死にました……。メイド隊、黙とう!」
すかさず、メイド長が号令をかけた。
放置されたことに気づいていないベルティーナは、「ふおぉぉぉぉぉぉ!」と叫びながら楽しそうに踊っている。
よろよろと歩くうち、自ら掘った穴に落ちてしまった。
「イダダダダダ……。め、目が取れそうだわ……」
ベルティーナが、眼球からシールを無理やりはがす。
涙目で不安そうに周囲を見回した。
「こんなところに穴を掘ったのは誰かしら? あ、私ね……」
ベルティーナは、自身のおかれた状況を把握したようだ。
両手を天高く掲げ、ひとつ大きく息を吸う。
「だれもいないんかぁ~い!」
ベルティーナは大きく首を振り、気合いを入れた。
そっと、片方のヒールを耳にあてがう。
彼女の目は死んでいない。いや、眼球にシールを貼ったせいで瀕死に近いが。
「あ~、もしもしぃ~、私はできる子。ピロシンたちに追いついてみせるわ!」
ベルティーナは、人差し指を舐める。
風の流れを読むかのように頭上にかざす。
「ピロシたちはこっちね!」
ベルティーナは玉座に飛び乗ると、ヒロシたちの進行方向とは逆に走っていった……。




