表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「またね」が最後になるなんて

作者: 四条奏


 また君の声が聞きたくて。

 それだけが、今の俺を生かしている理由だった。




「美琴、そんなにはしゃぐとまた体壊しちまうぞ」


「だいじょ〜ぶだってさ〜! りっくんは心配性だな〜」


 子どものように俺の前を跳ね回る美琴は、少しでも目を離すとすぐにどこかへ行ってしまう。


 昔から、ずっとそうだった。


「ぜっっったい逸れるから。手、繋ぐぞ」


「ふふっ、なんだか恥ずかしいね。でも嬉しい」


 手を繋ぐと、美琴の指先は冬の空気に似合わずあたたかい。その温もりが、俺にとって日常であり幸せなのだ。


 物心ついた時には美琴(こいつ)が俺の隣にいて、そしていつだって俺は美琴のお目付け役をしてきた。


 きっとこれからもこの縁が途切れることはないんだろう。


「さっさと行くぞ。あんま並びたくねえし」


「りっくんとならいつまででも待てるけどね〜」


「うっせ!」


 ケラケラ笑う美琴と一緒に、何度目かわからない遊園地デート。


 ここで、この遊園地で、俺と美琴はただの幼馴染から恋人へと変わった。


 あの日の緊張も、不安も、美琴が嬉しい時に見せる困ったような笑った顔も、全部昨日のことのように思い出せる。


 だからなのかここで過ごす1日は特別で――いや、“特別にしよう”と思って、この時間が、ずっと続けばいいなって。


 そう思って過ごしていた。




「ねえ陸〜疲れちゃったの?」


「お前がグイグイ引っ張るからだろ......そんなに焦らなくても日の入りの時間は早まらねえよ」


「でもさ! 今日は付き合って1年の記念日なんだよ?」


 遊園地の奥、港町風のエリアにある展望台。


 白い鉄枠の中に吊るされたベルがあって、夕日に染まった恋人たちがよく記念撮影を撮っている。


 俺と美琴が付き合いはじめた場所――


「美琴?」


「りっくん、気合い入り――」


「美琴」


「......えっと......はい」


「これからも、俺と一緒にいて欲しい」


「うん......私も。ずっと、ずっとず〜〜っと大好き」


 いつものような天真爛漫な美琴とは違う、少ししおらしさすら感じるような甘い表情。そしてそれとは対照的な真っ直ぐな瞳と言葉。


 風情も、演出も何もないかもしれない。

 けれど、これが俺たちの“普通”なんだ。


「また、ここにこようね」


「ああ。約束だな」


 美琴のにっとした笑顔が炸裂する。それなのに夕焼けが背景にあるからなのか、一瞬だけ瞳の奥に不思議な陰が見えた気がした。


「帰ろっか!」


「突然だなおい」


 微笑む美琴が急に走り出すので、俺も変な気持ちを吹き飛ばして必死で後を追った。



「またねりっくん! 大好きだよ!」


 いつもの帰り道。美琴と別れる交差点。美琴は手を振りながら二本、三歩と後ずさる。


「ああ。また......明日学校で」


 いつもここで別れているのに、俺は一瞬だけ、美琴を呼び止めたい衝動に駆られた。

 

 歯切れの悪い俺の言葉に、美琴は少しだけ首を傾げて何かを訴えるように見つめてくる。


 ――”大好き“って。


 言おうとした。でも、喉元で引っかかってしまった。


 目を輝かせながら待つ美琴。


「......言わねえぞ?」


「ふ〜ん! いいも〜んだ! ケチ!」


 何もよくなさそうに頬を膨らませている。立ち去ろうとする俺の袖を指先でちょんと握ってきた。


「帰ったら、電話してね?」


「わかったよ。速攻でかけてやる」


「ありがとう! またね」


 普段と変わらない日常会話なのに。


 ――そのやりとりが、俺と美琴の交わした最後の言葉だった。



「美琴。今日もきたぞ」


 総合病院の病室。

 そこにいる美琴は、静かに寝息を立てていた。


 本当にただ寝ているだけにしか見えなかった。


 美琴の寝顔はこれまで何度も見てきたんだ。


 この寝顔は確かにすぐには起きない。でも、頬を突いたりしていたら、眉間にシワを寄せて文句を言ってくるような――そんな顔だった。


 だけど。


 あの日、なかなか電話がかからなかった。

 嫌な予感はあったけど、美琴のことだからはしゃぎすぎて寝落ちしたんだろって、そんなもんだと勘違いしてた。


 そして、美琴の母さんからの一本の電話。


『美琴が、車に轢かれたの』


 あの時の嗚咽混じりの声が、今も耳に残っている。


 あの瞬間、頭の中で最後の会話がなん度もなん度も再生された。


 あの時、俺が美琴を家まで送っていたら。

 あの時、俺が引き止めていたら。

 あの時、あの瞬間――「好き」の一言を伝えていたら。


 後悔という言葉ではたりない。


 だから、俺は毎日ここに来ている。


 眠ってる美琴の手は、あの時と同じで暖かい。

 まるで、目を覚ましたらまたケラケラ笑ってくれそうで。


「美琴――大好きだよ」


 届くかわからないこの言葉を、俺は毎日、美琴に伝えている。


 いつかまた、あのまぶしい笑顔を見られると信じて。



 夢の中でもいい。

 もう一度だけ、君の声が聞きたいんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ