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クローン執事

作者: 源雪風

「ようやくこの日が、来たのね。」

豪華なフリルをあしらった服を着た、いかにもお嬢様らしい人は、目をきらんきらんさせてつぶやいた。

「私のゆうのクローンがついに。」

クローンの青年は、バスタブの中で目を閉じて仰向けに沈んでいる。

人形のように作り物めいた顔立ちの青年だ。

お嬢様が、青年の上半身を抱き起こす。

青年の目が、ゆっくりと開く。

「私の、私だけのクローン執事!」

お嬢様は、うっとりした表情で青年に抱きついた。

青年は、ぼんやりした表情で

「ほえっ?」

と、鳴いた。


お嬢様は、片思いしていた執事のゆうに死なれた。

しかも死因は、他のお嬢様との心中だった。

身分が違うため、どうしても現世で結ばれることのなかった二人は、来世で結ばれることを信じて、湖に身を投げた。

お嬢様の気持ちも知らずに。

くやしくて苦しくて、気が狂いそうになった。

我慢しきれなくなったお嬢様は、最新のクローン技術を使って、彼の代わりを作った。

それがゆう2、言いやすくしてゆうに、もっとくだいてゆうじだった。


「お嬢様、どうか僕のことをお見限りなく。全力で頑張りますので、どうかよろしくお願いします。」

ゆうじは、花さえもキャッ!と叫びだしてしまいそうな、ぴかぴか笑顔で言った。

しかし、お嬢様は厳しく

「ゆうは、そんな振る舞いはしないわ。一人称は、私だし、もっとクールで、にこにこ笑ったりしないの。やり直し!」

「僕はゆうではありません。ゆうじです。」

「うるさいわね。執事なら私の言うことを聞きなさいよ。」

僕は、ゆうさんの代わりなんだ。

お嬢様が本当に必要としているのは、僕じゃなくって、ゆうさんなんだ。

お嬢様の為にも、ゆうさんになりきらないと。

ゆうじは自分を偽る決心をした。


お嬢様は、悲しみで心を曇らせて、ぼんやりと物思いに耽ることが多い。

どうにかして元気をだしていただきたい。

「お嬢様、お茶のお時間ですよ。」

「あら、もうそんな時間?」

お嬢様は、ハッとなって僕を見ました。

「今日は、お嬢様のお好きな、玉露の緑茶と、あんころもちでございます。」

心ここにあらずといった様子で、お嬢様は召し上がりました。

召し上がった後も、落ち込んだ様子でした。

「食後のお散歩に、お庭に出てみませんか?ちょうど今、薔薇がきれいですよ。」

「ええ。そうしましょう。」


青空の下、見渡す限り、様々な色の薔薇が咲き乱れています。

甘い香りが鼻をくすぐり、天国にいるような心地です。

お嬢様と僕は、薔薇の色と香りを楽しみながら、ゆっくり散歩しています。

ふと、お嬢様は、大輪の紅い薔薇の前で立ち止まりました。

「これは、ゆうが、私の誕生日プレゼントにくれた薔薇なの。きれいでしょう?」

「ええ。お嬢様によくお似合いですよ。」

ゆうさんの話をお嬢様がなさる度に、心に靄がかかる気がいたしました。

「どうして私じゃなくて、他の女を選んだの?」

お嬢様は、小さな声で薔薇に話しかけるように言いました。

僕は、ゆうさんのことは存じ上げませんが、お嬢様をこんなに悩ませているのですから、悪い人でしょう。

しかし、お嬢様はゆうさんを求めている。

ゆうさんのお話をなさるお嬢様は、悲しそうですが、幸福そうにも見えました。


「ああ、美味しそう・・・。」

所変わってお昼のリビング。

私は、テレビを見てつい独り言を言ってしまった。

テレビで絶品!串カツ専門店の特集をしているのを見たのがいけなかったわ。

そんな私を見たゆうじは、ふんわり笑って

「お嬢様。今度お作りします。」

なんて言うものだから、困ってしまうわ。

好きだった人とそっくりな顔で、そんなに優しくされたら、もう、どうしたらいいか。

ゆうだったら、ゾッとするような冷たい声で

「串カツなど、お嬢様の召し上がるものではございません。」

って、言ったでしょうに。

ゆうじはゆうとは違う。

それは分かっているわ。

でも、そっくりなんだもの。

嫌でも、忘れたくっても、ゆうことを思い出してしまう。

ゆうの代わりに、ゆうじを作らない方がよかった?

いや、そんなことはないわ。

だって、ゆうじはゆうじで素敵だもん!

「あっ、お嬢様、申し訳ありません。こういう時、ゆうさんは何と言うのでしょう。」

「もういいのよ。ゆうじ。あなたはゆうとは違うけど、そこがいいの。だから、そのままで。ね?」

「はい。」

私、もしかして失恋をちょっと乗り越えた?

これもゆうじのおかげね。


串カツを作るとは言ったものの、どうしたら美味しい串カツが作れるのか、僕は知りませんでした。

そもそも、串カツとは何でしょうか?

詳しく知りません。

おろおろしていても仕方がない。

文明の利器インターネット様に頼るしかありません。

串カツは知らないのに、なぜかパソコンの操作方法を知っている。

きっと、バイオの最新技術で、頭に流し込まれたのでしょう。

まず、ウィキペディアの串カツの項目を読む。

大体分かったところで、作り方を読む。

よし。これなら僕にも作れそうです。

おいしい串カツを作って手柄を立てたいのです。

ゆうさんより、ゆうじがいいと言われたいのです。

今こそ、執事の底力を見せるときです。

待っていてくださいませ、お嬢様。


「うっ、また失敗ですか・・・。」

しかし、そううまくはいきません。

僕は、料理が絶望的に下手でした。

串カツになるはずだった肉片は、どす黒くこげた衣に包まれ、匂いも、吐き気を催す毒ガスです。

これは、もはや、食べ物ではない!

串カツの出来そこないをゴミ箱にさようならしました。

失敗にもめげずに、気持ちを改めて作るしかありません。

これは試練なのです。

立派な執事として、認めていただくための。

そして、ゆうに勝つための。

だから、負けません。

作って作って作り倒しましょう。


何時間たったでしょうか。

ふと、ゴミ箱を見ました。

串カツの出来そこないで、いっぱいになっていました。


私のそばにいない時、ゆうじは何をしているのかしら。

気になるわ。

ゆうじを屋敷中探しまわった。

やっとキッチンで見つけたの。

声をかけようと思ったわ。

けれど、真剣に何か作っているみたいだから、こっそり見ていようかしら。

お肉に、衣をまぶして、串に玉ねぎとお肉を交互に刺して、鍋に入れた。

と、いうことは、あれは串カツかしら。

まさか、私が食べたがっていたから、作ってくれているのかしら。

でも、失敗したみたい。

鍋から黒こげの物体が出てきたの。

正直、ぞっとしたわ。

どうしたらそこまで失敗できるの?って、聞きたかった。

このまま失敗ばかりして、食料を減らされたらたまったもんじゃないから、シェフにゆうじを手伝うよう頼んでおいたわ。


「おい、若造。手伝うか?」

僕が失敗してばかりなのに呆れて、シェフの今田さんがやってきた。

「はい。お願いします。でも、僕が作りますから、手出しではなく口出しをお願いします。」

僕は、体が折れるんじゃないかというくらい、深々と頭を下げました。

「あいよ。まず、鍋の中の、油と水の量が悪い。」

うわぁ。根本的にダメだったんですね。

「肉も、もっと薄っぺらでいい。今の三分の一くらいだ。切ってみろ。」

僕は慎重に肉を切りました。

「本当に、こんなに薄くていいんですか?」

「これぐらいが、一番うまいんだよ。」

シェフの指示に従って作ったところ、見違えるほどの出来になりました。

「よかったな若造。これで串カツの完成だ。」

「はいっ。ありがとうございます。」


ゆうじはうまくやったかしら。

私は気になってしまって、せっかくの韓流ドラマを見ていても、頭の中に黒こげの串カツが、ちらついている。

見に行ってみようかしら。

でも今、ドラマが山場だし・・・。

そうだ。録画して行けばいいのよ。

そうして、後で落ち着いてみた方がいいわ。

私は素早く録画して、忍者のように素早く、こそこそとキッチンへ、ゆうじを見に行った。

キッチンの入り口で、シェフの今田さんと鉢合わせして、びっくりした。

もうっ!ゆうじに見つかったかと思った。

「今田さん。ゆうじは?」

「串カツを完成させて喜んでいるぞ。」

「そう!よかった。」

私は、運動会で自分の子供の頑張りを、見守る親のような気持ちになった。

「あっ!お嬢様。ちょうどいいところにいらっしゃいましたね。」

私の声を聞きつけて、ゆうじがキッチンから出てきた。

嬉しいのかしら、目がぴかぴかしてる。

ふふっ、子供みたい。

私は、何にも知らないふりをして

「あら、どうしたのゆうじ?」

と、笑いを我慢して言った。

「お嬢様、串カツを作りました。どうぞお召し上がりください。」

ゆうじは、串カツの乗った丸いお皿を、恭しく差し出してきた。

執事と串カツなんて、ミスマッチね。

「あら、ありがとう。いただくわ。」

さっき見た黒こげとは比べモノにならない、おいしい串カツだったわ。

ソースとお肉の調和。

揚げているのにしつこくない。

玉ねぎの甘味のいいアクセントになっている。

何本でも食べられそうな、ブリリアントな串カツだったわ。

「おいしいわよ、ゆうじ。また作ってね。」

私はソースのついた口を、レース付きハンカチで上品に拭った。

「はい!ありがとうございます。」

まったく。ゆうじはまだまだお子ちゃまね。

そこが、いいんだけどね。

さて、ドラマ見なくちゃ。


やりました。

やりましたよ執事の守り神様!

見ましたか!お嬢様の笑顔。

これで少しは元気になっていただけたでしょうか。

そして、ありがとうございます。

今田さん。

串カツさん!

あなたたちがいなかったら僕は、家事をするヒモのままでしたよ。

あと、素晴らしい人たちに巡り合わせてくださったお嬢様万歳!


ゆうじったら、感情が顔に出るタイプなのね。

にこにこ笑顔でキッチンから、帰ってきたわ。

私もつられて笑っちゃったわ。

もう、ゆうなんかどうでもいい。

こうなったらゆうじといつまでも幸せに暮らしてやるわ。

ゆうは、あの世で幸せそうな私を見て、せいぜい悔しがればいいのよ!

また、他の女に取られたら困るから、今のうちに何とかしておかなきゃ。

「ねぇ、ゆうじ。ちょっとこっちに来て。お礼をあげるわ。」

「えっ、なんですか。」

ちゅっ♥



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