第93話 二度目の正直
突然の開扉音に驚いて入口の方を見ると、そこには御影さんの姿があった。
「み、御影さん!? どうして……」
「陽様が厳つい男に抱えられて校内を移動しているとの目撃情報を得まして……居ても立っても居られなくなり」
相当に急いで駆け付けてきたのだろう、普段激しい運動をしても全く息を切らせることのない彼が、僅かに呼吸を荒くしている。
室内の状況(ベッドに横たわるオレに半ば覆い被さる東雲の図)に視線を走らせると、彼は柳眉を寄せ――。
「これは、どういうことですか? 陽様をこんな場所に連れ込んで、一体何を……」
――昂りを示す赤い瞳を細めて、東雲を睨めつけた。
全身から漂う、不穏なオーラ。
あ、怒ってる。これ、めちゃくちゃ怒ってるやつだ!
慌てて半身を起こし、オレは必死に弁明した。
「違うんだ、これはその……オレが転んで足を挫いたから、東雲が手当してくれただけで」
「転んだ? 足を!? 大丈夫なのですか!?」
「うん、まぁ……」
オレの返答に御影さんはひとまず安堵した様子で胸を撫で下ろすも、すぐにまた険しい表情に戻って東雲を詰めた。
「それで、貴方は一体何をしていたのですか。陽様と行動を共にしておきながら……それもまた許し難いことですが、一旦置いておくとして……みすみす陽様に怪我をさせるなど、言語道断です」
「それは……」
「東雲は悪くないよ! オレが勝手に転んだだけで」
「陽様は黙っていてください」
「なっ!」
仮にも主人に向ける言葉ではないだろう、とオレが唖然としていると、御影さんは押し殺したような低い声で――。
「約束したはずです。二度目は無いと。やはり、貴方は陽様に相応しくありません。今後一切、陽様に関わることを禁じます」
――そう告げた。
「なっ!? 何勝手なこと言ってるんだよ!?」
「勝手ではありません。以前、きちんと誓約なされたはずです。一度目は大目に見るが、またこのようなことがあれば金輪際陽様と縁を切って頂くと」
「でも、東雲は約束通り暴力は振るってない!」
「問題はそこではありません。陽様を危険に晒した……それが全てです」
「危険なんて……」
「無かったとお思いですか? 御礼参りに来たあの連中が、逆上して陽様に手を掛けなかったとも限りませんよ」
「それは……でも、東雲のせいじゃ……」
次第に勢いを失くしていくオレ。対する御影さんは、相も変わらぬ調子で――。
「その男のせいです。本人も理解っているはずですよ」
――吐き捨てて、確認するように鋭利な視線で東雲を見据えた。
「東雲……」
東雲は、無言だった。何も言わない。……言えないのかもしれない。やがて、重たげに唇を開くと、彼は認めた。
「……そうだな、俺のせいだ」
「っ!」
引き出した証言に満足したように、御影さんは酷薄な笑みを湛えた。
「それでは、約束を果たして頂きましょう。今後一切、陽様には近付かないこと……いいですね?」
待って、そんな、勝手に――。
「いい訳ないだろ!?」
叫ぶと、二人の視線がこちらを向いた。
「何でっ……そうやって勝手に決めちゃうんだよ!? オレ、前にも言ったじゃん! 誰と付き合うかは自分で決めるって! 御影さんに口出しされるようなことじゃない!」
「ですが、約束を……」
「その約束だって、御影さんが勝手にしたことだろ!? オレは納得してない!」
「陽様……」
「ヤダって言ってるのに、オレの気持ちを無視して……そんな御影さんなんか、嫌いだ!」
「きっ……!?」
その時、チャイムが乗った。電子音のノイズがして、放送が流れる。
『――只今をもちまして、春夏秋冬祭一日目が終了致しました。ご来場、ありがとうございました』
それを聞くともなしにオレは激情のままベッドから飛び出すと、ショックで固まっている御影さんの横をすり抜けて、脱兎の如く駆け出した。
「日向!?」
東雲の驚愕の声が追ってくる。
素足に床の冷たさを感じ、遅れ馳せて怪我のことを思い出した。東雲の処置が良かったからか、がちがちに固められたテーピングがギプス代わりになっているのか、痛みはない。それよりも、心の方が痛かった。
客は帰り、在校生は各々の教室に戻り、急速に人気の失せた廊下を疾走する。
「――日向!」
不意に、腕を掴まれ、足が止まった。東雲だった。気遣わしげにオレを見る。
「大丈夫か?」
その優しさが、胸に染みた。思わず泣きそうになり、オレは顔を伏せた。
「……うん、テーピング凄いね。全然痛くない」
「そうじゃない」
足のことじゃない、と言下に含ませる東雲に、束の間、言葉が詰まった。
「……ごめん、東雲。御影さんが、あんな……」
「いや……俺は」
「東雲は大事な友達なのに、ひどいよ……オレの為って言いながら、オレの気持ちはまるで無視なんだもん。何で、あの人ああなんだろう」
情けなかった。東雲のことを嫌うあまり意固地になっている御影さんも。こうして、子どもみたいに暴言を吐いて合わせる顔を失くして逃げてきてしまった自分も。
東雲を傷付けて、御影さんも傷付けた。――どうして、こうなっちゃうんだろう。
ぐるぐる煩悶するオレに、東雲は言う。
「――俺じゃ駄目か?」
虚を衝かれて、顔を上げた。大分上の方にある、東雲の顔。橙色の瞳は、真剣そのものので――。
「やっぱり、あいつには日向は任せられない。俺なら、日向にそんな顔はさせない」
「……東雲?」
「好きだ。俺は、日向のことが好きだ」
思考回路が停止した。
――今、なんて?
「今度は誤魔化さない。日向が男でも関係ない。俺はずっと、あんたのことが好きだった」
それは、終わったはずの――無かったことにされていた、あの時の告白の――続きだった。




