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ハルくんは逃げ出したい。~男子校の姫になったらストーカー護衛からの溺愛が重すぎる!~  作者: 夜薙 実寿


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第88話 築き上げてきたもの

「あの噂って……」

「やっぱり本当だったのか?」


 クラスメイト達が囁き交わす。内一人が、恐る恐る東雲当人に訊ねた。

 

「な、なぁ、東雲。殴ったって、本当のことなのか?」


 教室中の視線が集まる中、果たして東雲は神妙に頷いた。


「本当だ」


 途端、大きくなるざわめき。彼を見る皆の表情に、明らかな怯えが増した。東雲は言い訳をするつもりもないのだろう、そのまま黙り込んでしまった。

 茶髪ツーブロックこと才賀が勢いづく。

 

「ほらな! 僕の言った通りだろう!? 本当のところ、僕は君達に忠告に来たんだ! 彼が暴力の前科持ちで、関わると危険な人物だってことをね! 君達が僕みたいに被害に遭わないように!」


 なっ……こいつ、適当なことを!

 

「散々嫌がらせしといて何が忠告だよ! 本当は腹いせに来たんだろ! 大体、事の発端はあんたが東雲のご家族を侮辱したからじゃんか!」

「侮辱?」

「どういうことだ?」


 どよめく周囲の反応を受けて、オレは付け加えた。


「東雲のお母さんの職業を、あんたが馬鹿にしたって! それでも殴ったのは東雲が悪かったけど、だからって、こんな陰湿な仕返しが正当化される訳ないだろ!?」

「今度は家族だって? それは東雲に聞いたのかな? 彼が自己弁護の為に噓をついているとは思わなかったのかい?」


 あくまでも余裕の構えの才賀。嫌味ったらしく肩を竦めてみせる奴を、オレは正面から睨み据えた。

 

「思わない。東雲は、そんな嘘はつかない」

「日向……」

「ほう? 君は、そんな暴力男の言うことを信じると。これは傑作だね」

 

 両者退かぬ姿勢の、膠着状態。――そこへ。

 

「お、俺も信じる!」


 声を上げのは、小木だった。


「東雲は、理由なく人に暴力を振るうような奴なんかじゃないと思う。だって、以前俺のこと助けてくれたし!」

「小木……」


 すると、周囲からぽつぽつと。


「……そうだよな。実行委員だって、すごく真面目にやってくれてたし」

「最初は怖かったけど、全然粗暴じゃないし、むしろ優しいし」

「最近は噂の真偽を疑うまであったよな」

「本当だったとしても、何か理由があるんだろうなって」

「うんうん」

「つか、家族を侮辱されたんだったら、俺だって怒るよ!」

「そうだよ! 殴ったのは悪いにしても、元はといえば喧嘩売ったのはそいつじゃん!」


 次々と、(さざなみ)のように広がっていく擁護の言葉。


「お前ら……」


 信じられないものを見るように、東雲は呆然と目を見開いた。

 ――胸が熱くなる。

 皆、東雲のことを信じてくれた。最初は、あんなに怖がっていたのに。表面的な悪評なんかより、彼がこれまで築き上げてきた信頼が勝ったんだ。

 さすがの才賀も、これには動揺を示した。


「な、何だよ、僕が折角忠告を……」

「忠告? 嫌がらせだろ」

「そうそう、逆恨みで転校先までやり返しに来るなんて、ネチっこい野郎だ」

「つーか、カスハラだろ。正直、無理難題ばっか押し付けてきやがって、ずっと不快だったんだよ」

「本当それな」

「おれらのクラスメイトを侮辱するな!」

「そうだ、他のお客さんにも迷惑だ!」

「出てけ!」

「金は要らないから、出てけ!」

 

 口々に飛ぶ糾弾。旗色の悪さを認めて、遂に才賀が撤退を測った。


「チッ……言われなくても、こんな不快な店出て行ってやるさ! 行くぞ、お前ら!」

「さ、才賀さん!」

「は、はい!」

「――才賀」

 

 慌ただしく席を立つ彼らを引き止めたのは、東雲だった。

 東雲は真っ直ぐに才賀を見据えて、それから、すっと頭を下げた。


「改めて、殴ったりして悪かった」


 刹那、静まり返る場。

 虚を衝かれたように目を丸くした後、やがて才賀は居心地悪そうに「ふんっ」と鼻を鳴らすや、どかどか大股で退室していった。


「さ、才賀さん! 待ってください~!」


 慌てて後を追う子分達。彼らの姿が見えなくなると、教室中が一斉に沸き立った。


「一昨日来やがれ!」

「ざまあみろ!」

 

 メイド一同が歓声を上げる中、東雲は今度はこちらに向き直り、


「皆にも、迷惑を掛けて悪かった。オレのせいで、こんな騒動になって……関係ないお客さん達まで巻き込んじまって…以後、こんなことのないようにする」


 と、ケジメを付けるように低頭した。


「東雲……」

「気にすんなって! 向こうが卑怯だったんだし!」

「そうそう、暴力はいかんが、これから気を付ければいいんだよ!」

「俺らこそ、その……怖がったりして、ごめんっていうか」


 鷹揚に笑う者。謝り返す者。東雲はそれらのクラスメイト達を眩しげに見つめた後――ふっと、口元を綻ばせた。


「ありがとう」

 

 それは、普段の強面からは想像も出来ない程に優しく穏やかな笑みで、向けられた側は漏れなくハッと瞠目した。


「お前、そんな顔も出来たんだな!」

「笑ってる方がずっといいじゃん!」

「小木が胸を押さえて倒れたぞ!」

「ええっ、何で!?」

「尊死……」

「あっ、何か大丈夫そうだな」


 それから、改めて客席に謝罪対応をしたところ、幸い、お怒りの声も無く……。


「いいよいいよ、何かスッキリしたし!」

「いいもん見させてもらったわ」

「姫、カッコイイ!」

「オムライス作ってたの君だって? めちゃくちゃ美味いよ、これ!」

「本当、プロになれそう」

「てか、結構イケメンじゃない!?」

「チェキお願いしていいですか~!?」


 などと、概ね好意的な反応で、ホッとした。

 文化祭初っ端から事件発生で、一体どうなる事かと思ったけど……ようやく、東雲が真に一年二組の仲間になれた気がして、かえって必要な行程だったのかもしれない。


 これにて、大団円! ……と、言いたいところだったけれど、事の最中、御影さんだけはずっと厳しい表情をしていたことに、この時のオレはまだ気が付けていなかった。

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