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ハルくんは逃げ出したい。~男子校の姫になったらストーカー護衛からの溺愛が重すぎる!~  作者: 夜薙 実寿


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第84話 大きな変化

「くっ、もう少し……っあ!」


 天井に飾り付けをしようと、脚立の上でめいっぱい背伸びして腕を伸ばしていたクラスメイトの小木が、不意にぐらりと体勢を崩した。

 周囲が息を飲む。


「危ない!」


 次の瞬間、落下しそうになった小木を大きな身体が受け止めて支えた。


「大丈夫か?」


 赤い髪が僅かにそよぐ。――東雲だった。


「あ……ああ」


 小木は何が起きたのか把握が追いつかないようで、ぽかんと口を開けたまま返した。東雲は、そんな彼の手からレースの飾りを取り上げて、


「代わる」


 短い宣言の後に、自ら作業を買って出たのだった。


「あ、ありがとう……」


 未だ呆気にとられた様子で、小木が礼を言う。心做しか少し顔が赤い気もする。

 背の高い東雲は脚立に上がると楽に天井に手が届き、難無く飾り付けを施した。

 以降、黙々と作業に没頭する彼の姿を遠巻きに見守っていたクラスメイト達の間で、困惑とも感嘆ともつかない吐息が漏れた。


「何かさ……東雲って、最初は怖い奴かと思ってたけど」

「うん……実は、結構良い奴? だよな」

「ああ、面倒な作業も嫌がらないし、何気に器用だし」

「意外と気も利くよな」

「あれ? 暴力事件の噂って何だったんだよ? 全然そういう感じしないじゃん? 見た目はこえーけどさ」


 誰ともなく、ぽつぽつとそんな囁きが聞こえ始めて、オレは内心でガッツポーズを取った。

 うんうん、そうだよな! 東雲って良い奴なんだよ。皆もやっと分かってくれたか!

 本日は文化祭前日の金曜日、丸一日を作業に費やせる準備日だ。〝文化祭仲良し大作戦〟も、遂に佳境。オレの手柄という訳でもないけれど、成功の兆しに達成感を禁じ得ない。

 

 最初の頃はどうなるかと思ったけど、良かった。やっぱり素の東雲を知れば、誰だって好感を抱くだろう。

 何なら、東雲なら実行委員じゃなくても頑張ってくれた気がするし、オレが余計なお節介を焼く必要すらなかったのかもしれない。……まぁ、それは結果オーライということで。


「この布、もう少し欲しいな」

「模造紙も足りなくなりそう」

「買い出しに行ってくる」


 周りの声を拾って、東雲が自主的に申し出た。ハッとして、オレも声を上げる。


「あ、じゃあオレも」

「いや、一人で充分だ」


 あっさり断られてしまった……。

 

「でも、オレも実行委員だし。誘ったのはオレなのに、結局東雲にばかり頼っちゃってるし」

「日向はもう一つの役目もあって忙しいんだから、気にするな。つーか、姫とやらの方の準備には行かなくていいのか?」

「それは放課後にするし、クラスのこともちゃんと手伝いたいんだよ。手伝わせてよ」


 食い下がると、東雲は根負けした様子で「分かった」と額を押さえた。


「やった!」

「では、私もお供致します。陽様に重たい荷物など持たせられませんので」


 当然のように御影さんも続いた。


「や、そしたらオレ要らないじゃん!? これは文化祭実行委員としてのオレの仕事なんで! 御影さんは手出し無用です!」

「それは、ご命令ですか?」

「命令です!」


 キッパリ告げると、渋々「承知致しました」と引き下がる御影さん。


「ですが、護衛人としての任は果たさせて頂きますので」とのことで、結局御影さんも付いてくることになり、オレ達は三人で買い出しの為、一時外出許可を貰って学園外へと赴いたのだった。



   ◆◇◆



「……日向、それはやっぱり俺が」

「いいや! 東雲にはお世話になりっぱなしなんだから! 少しはオレだって役に立ちたいし!」

 

 とは言ったものの、クラスの人数分の飲料やお菓子は、かなりずっしりと腕に来た。買い出し後、荷物の運搬に当たり、オレは意地になって一番重量のありそうなものを引き受けたのだった。


「では、ここは私が」

「御影さんは手出し無用ですよ!」

「……はい」


 しゅんとする御影さんを後目に歩くが、どうしても重くて足取りがふらつく上、のろのろとしか進めない。最初の内はもう少しマシだったのに、次第に疲れが出てきたようだ。


「やっぱり代わる。日向はこっちを頼む」

「あ……」


 見かねた東雲が、遂にオレの手から差し入れの買い物袋を取り上げた。片手でひょいっと、まるで紙か羽根みたいに楽々持ち上げてしまった。

 代わりに、今まで東雲が持っていた布やら模造紙などの備品の袋を渡された。……軽い。

 申し訳なくなって、オレは項垂れた。


「ごめん……かえって足を引っ張っちゃったみたいで」

「気にするな」


 空いているもう片方の手で、東雲がオレの頭をポンと……しようとしたところで、すかさず御影さんがその手を捕まえて阻止した。


「陽様にはお触り厳禁でお願い致します」


 にっこりと貼り付けたようないつもの笑顔だが、背筋が冷えるような絶対零度のプレッシャーを感じる。

 あ、怒ってらっしゃる……。


「……悪かった」


 東雲も怯んだ訳ではないだろうけど、そう言って素直に手を引いた。


「御影さん、別にそのくらい……」


 オレが抗議の言葉を口に登らせたところで、不意に第三者の声に遮られた。


「あれ? 東雲じゃん」


 見るからに柄の悪そうな男子グループがそこに居た。

 同年代に見えるのに、皆私服だ。学校に行っていないのか。


「まさか、こんなとこで会うとはよぉ」

「てか、制服変わってんじゃん。転校したって噂はマジだったんか」


 東雲は現在、仕立て上がったばかりの四季折の制服を着ていた。それを無遠慮にジロジロと、彼らが睨め回してくる。……何だか、嫌な感じだ。

 御影さんが、どこか呆れたような口調で問うた。

 

「お友達ですか?」

「いや、知らねえ」

「んだと!? こっちはてめえにひでー目に遭わされたことがあんだよ!!」

「忘れたとは言わせねーぞ!!」

「そうだ、今オトシマエ付けてもらってもいいんだぜ!?」


 瞬間湯沸かし器の如く、突如彼らが気を荒立てた。

 うわぁ、何か前にも似たようなことがあった気がする! あの時は御影さんの方だったけど!

 今にも飛びかかってきそうな彼らを前に、オレは咄嗟に東雲の腕を引いた。


「行こう!」

「あっ、おい! 逃げんのか!?」

「御影さん! お願いします!」

「陽様!?」


 御影さんはオレの無茶振りに瞬間面食らった様子だったけど、不良達が後を追いかけてこようとするのを見てとると、すぐさまその進路を妨害してくれた。

 突き出された御影さんの長い脚に、先頭の不良が引っかかって盛大にすっ転ぶ。すぐ後ろの仲間も先頭に釣られて体勢を崩した。


「てめえ!」


 怒号と共に殴りかかってきた今一人の拳を、御影さんが軽く躱すのを見るや否や、オレは内心で御影さんに謝りながら、東雲を連れてその場から一目散に逃走した。

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