第83話 特別な響き
「御影さん、何で東雲さ……東雲にはあんなに当たりがキツイんですか?」
放課後、帰寮して部屋へと向かう道すがら、二人きりになったタイミングを見計らって、オレは改めて御影さんにその不満をぶつけた。
御影さんは、はたと止まるや、次の瞬間には捉え所のない笑みを浮かべて、
「別に普通ですが」
などと宣うが……。
「絶対に普通じゃないです! 誤魔化さないでください!」
オレが強く突っ込んでみせると、彼はふっと笑みを消した。
「その……もし、嫉妬? してくれてるんだとしたら、気持ちは嬉しいですけど……オレが好きなのは御影さんなんだし、そんな警戒? する必要ないっていうか……もっと、オレのことも信用してくださいよ」
「陽様……」
いけない。ちょっと拗ねた言い方になってしまった。慌てて言葉を重ねる。
「それに、もう男バレしたんで、東雲がオレにそういう好意を抱くこともないと思いますし」
「……そうでしょうか」
ぽつり、零した御影さんの呟きが思いの外深刻げな響きだったもんだから、オレは虚を衝かれた。
「え?」
「申し訳ございません。陽様のご気分を害してしまうのは私としても不本意ですので、次からは東雲様への態度を出来うる限り改めたいと思います」
出来うる限り……なのか。
「その代わりと言っては何ですが」と付け加えて、御影さんはつとオレに流し目を送った。
「私のことも呼び捨てにしては下さいませんか?」
「へっ?」
突然、何を言い出すのかと思ったら……。
「でも、御影さんは年上じゃないですか」
「立場は陽様の方が上です。主が従者を呼び捨てにするのは、何らおかしなことではないでしょう」
「それは、そう……なのかもしれないけど」
今更過ぎて、東雲以上に抵抗があるぞ。
「それじゃあ、み」
試しに〝御影〟と読んでみようとしたところ、唇に彼の人差し指が突き立てられた。
「下の名前でお願い致します。……もう恋人同士なのですから」
「!」
顔が熱くなる。
恋人同士……改めて彼の口から言われると、実感が湧き起こると共に、胸がいっぱいになった。
もう、この恋はオレの一人相撲じゃないんだ。
「で、でも! 転校してきたばっかの東雲はともかく、御影さんは一学期からずっとさん付けだったんですから、急に呼び捨て……しかも名前で……になってたら、周りの皆も怪しむじゃないですか!」
「では、二人きりの時だけ……というのは、いかがでしょう?」
――二人きりの、時だけ。
それは何とも、甘美な提案。
「それなら、まぁ……」
頷いて深呼吸をすると、オレは意を決して、彼の名を呼んだ。
「――冬夜」
……。
…………。
って、ダメだ、恥ずかしすぎる!
「や、やっぱり止しましょう! これ!」
心臓が持たない!
ばくばくと暴れ狂うそれを宥めるべく胸に手を当てて訴えるも、御影さんからの応答は無く……。
「御影さん?」
不審に思って見上げると、彼はいつもの笑顔のまま、その場に固まっていた。
「え? 御影さん?」
再度呼び掛けても反応が無い。顔の前で手を振ってみたり、身体を揺すってみても同じだった。
「え、ちょ……御影さん!? き、気絶してる!?」
嘘だろ!?
「御影さん!? おーい、御影さーん!!」
やがて、騒ぎを聞き付けて棗先輩と巌隆寺さんが駆けつけてくるまで、オレは立ったまま意識を飛ばしてしまった彼を必死になって呼び続けたのだった。
◆◇◆
翌日から、文化祭の準備が始まった。
オレは、文化祭実行委員と姫業の二足のわらじで、放課後は大わらわとなった。
「それじゃあ、クラスの出し物を決めます。何か案がある人は遠慮なく発言してください」
声を掛けるも、クラスメイト達はしんと静まり返ったまま。息を殺して、こちらの……東雲の様子を恐る恐る窺っている。
黒板の前で腕組みをして仁王立ちする彼は、その眼光の鋭さと体格の厳つさも相まって、相変わらず妙な威圧感を放っていた。
ああ、怖がられてるなぁ……。
「ええと……何でもいいので、何か意見がある方は……」
萎縮する生徒達を何とか宥めようと笑顔で促すも、張り詰めた空気はなかなか解れない。
どうしろって言うんだ、コレ……。
その時、東雲が口を開いた。
「別に、変な案でも怒らねーから、言ってみろ。日向を困らせたいのか?」
途端、ハッとした空気が広がった。
「姫が、困ってる……?」
「そうだ、姫を困らせちゃいけない!」
「何かアイディアを!」
「はい! 俺、姫のメイド服姿が見たいです!」
「おお! それはいいな! じゃあ、メイド喫茶にしよう!」
「はいはい! おれはフォトスポットなんてのもいいと思います! 演劇部から衣装借りてきて、色んなコスプレで写真が撮れるやつ! それならメイドだけじゃなくて色んな服装の姫が見れるぞ!」
「おおお! それはいい!」
「姫と一緒に写真が撮れるってなったら、めちゃくちゃ集客になりそうだしな!」
「バッカ、お前。それだと姫の休憩時間なくなっちゃうだろ!」
「じゃあ、姫の居ない間は姫の特大パネルを設置して……」
次々と上がる声。オレはホッとして、東雲さんと目を見交わして微笑った。
◆◇◆
「学内スタンプラリーのランドマーク衣装は、やっぱり豪華なプリンセスドレスにしようかと思うのよ! 他校の子からもアナタ達が我が校のお姫様だって分かるように、キラキラなティアラを付けて! それで、後夜祭ライブの方は定番の制服風アイドル衣装なんてどうかしら。ブレザーでもいいけど、セーラー服っぽいのも可愛いわよね。あーん、腕が鳴るわ!」
例の姫衣装部屋にて、滔々と語る蝶野先輩。
いや、当たり前のように居るけど!
「ていうか蝶野先輩、部活引退したんじゃないんですか? 三年は受験とかで忙しいんじゃ……」
「ああ、それなら問題無いわ。アタシはお姫様の縫製係としての腕を買われて、ファッションの専門校に推薦入学が決まってるから」
「そうなんですか? それは凄い!」
「ありがとう。それに、まだ後進も育ってないしね」
と言って、蝶野先輩はチラリと後ろに控えた朝倉に目を遣った。
「シュンちゃんが一人前になるまで、しっかり面倒を見なくちゃね! アタシの卒業まで残り期間も多くはないから、多少スパルタに詰め込んでいくとこになると思うけど、覚悟してちょうだい!」
「は、はいぃ!」
しゃっちょこばった朝倉の返事は、半ば悲鳴のようだった。
◆◇◆
「で、後夜祭ライブで歌う曲なんだけど、ボクとしてはこの辺りが良いかなって思うんだけど……何? ニヤニヤして」
姫寮の広間。資料を挟んで向かい合う棗先輩が、不意に唇を尖らせた。
「いやぁ、あの棗先輩が選曲に積極的で、改めて嬉しいなぁって」
「はぁ!? 何それ!? 別に、ハルくんに任せて変な曲にされるよりは自分から提案した方がいいと思っただけなんだけど!?」
「あ、そこは未だにツンデレ仕様なんですね」
棗先輩の照れギレポイントが分からない……。
「ていうか、ハルくん! 最近校内でよく一緒に居る、あの赤髪のヤンキーみたいな奴、誰!?」
「ヤンキーて……東雲のことなら、うちのクラスの転校生で」
「何でハルくん、あんなに仲良さげなの!? 文化祭実行委員もハルくんから誘ったって聞いたけど!?」
「ええと、夏休みのバイトで偶然一緒だったから、それで友達に」
「ふぅん……」
ジト目で不服そうな棗先輩。
これは、嫉妬されているのだろうか。
「ボクはいいけど、あんまり他の男とベタベタしてると、護衛人が妬くよ? ボクはいいけど!」
「あ、あはは、気を付けます……」
弱ったな。
御影さんとい棗先輩といい、東雲のこと気にし過ぎだろう。
東雲はもう、オレにそんな気もないと思うけど……。




