第82話 仲良し大作戦!
「ハル姫!」
「お戻りになられたぞ!」
教室の扉を開くと、クラスメイト達に囲まれた。鬼気迫る表情の彼らに、思わず気圧される。
「お、おぉ……ただい、ま?」
「ハル姫! 大丈夫でしたか!? その……」
声のボリュームを落とし、ちらりとオレの背後を見遣る同級生。それに続いて皆が一斉に窺ったのは、後から入室してきた東雲さんだった。クラスメイト達の怯えた目――視線を受けると、東雲さんは全てを察したように、ふいと顔を背けてすたすた自分の席へと向かった。
まるで、自分とは関わらない方が良い、とでも言いたげに――。
「っ、」
口を開くも、オレが何か言うよりも先に、教室前方の扉が開かれた。
「ほら、何やってるー。お前ら席に着けー。ホームルームを始めるぞー」
現れた担任教師の気だるげな号令で、皆が慌てて解散する。オレも言葉を呑んで倣ったが、吐き出せなかったそれが喉の奥に引っ掛かってモヤモヤした。
――皆、東雲さんのこと怖がってる。
先刻聞いた噂を思い出した。
『前の学校で暴力事件を起こして……』
『四季折の前理事長の孫だって』
『コネ入学』
『前の学校での問題も金の力で揉み消して……』
東雲さんのことだから、きっと何か事情があったんだろうと思う。
けど、皆はまだ東雲さんがどんな人かを知らない。あんな不穏な噂がある上に当人の外見が厳ついものだから、怖がるのも無理はないけれど……。
どうすれば、皆の誤解を解ける?
「それじゃあ早速、東雲の自己紹介から」
「そういうのいいんで」
担任の振りを、東雲さんはスッパリ拒絶した。しかも、舌打ちプラス顔を歪める効果付きで。たぶん、緊張とか遠慮から来てるんだと思うけど、東雲さん、それは……。
「そ、そうかぁ、東雲は照れ屋さんだなぁ」
担任も何とか笑ってフォローしようとしてるけど、さすがに顔が引きつっている。クラスメイト達の間には、言うまでもなく怖気た空気が広がっていた。
あああ、やっぱり。駄目だ、東雲さん、不器用過ぎる!
やきもきしている内に、担任はさっさと話の機先を変えてしまった。
始業式で学園長から長々聞いたのと同じような話(夏休みを有意義に過ごせたかとか、新学期からは新たに気を引き締めて四季折の生徒として模範的な行動を取るように云々かんぬん)をしてから、二学期の時間割やスケジュールに関する話題となり……。
「という訳で、月末に控えた文化祭の実行委員を二人選出する。誰か、やりたい奴いるかー?」
「!」
これだ――!
内心膝を叩くと、オレは勢いよく挙手した。
「はい! オレやります!」
「おぉ、日向! いいのか? 日向は姫としての仕事もあるだろう?」
「大丈夫です! やりたいんです! やらせてください!」
「そこまで言うなら……」
オレの意外な熱意に、担任は若干引いている。
「え? 姫が実行委員?」
「じゃあ俺も立候補しようかな」
「あ、抜け駆けすんな! そんなら、おれも!」
我も我もと上がり始めた声を制するように、オレは続けた。
「それで、パートナーには東雲さんを推薦します!」
どよめきが湧いた。ギョッと目を剥いて東雲さんが振り返る。困惑気味に口を開いたのは、担任が先だった。
「しっしかし、東雲はまだ転校してきたばかりで……」
「だからこそです! 行事を通じて皆と協力し合うことで、より早くこの学園にもクラスにも馴染めるようになるんじゃないかと!」
「それは一理あるが……肝心な当人の意志はどうなんだ?」
担任が確認すると、クラスメイト達の視線が一斉に東雲さんに向いた。東雲さんは尻込みした様子で、眉間の皺を深く刻む。
「俺は……」
気乗りしなさそうな声。このままでは、断られるのは明白だ。
「東雲さん、駄目……ですか?」
祈るような気分で、見つめて懇願する。東雲さんはぐっと息を呑んで動揺を示すと、次には手で顔を覆ってそっぽを向き、盛大に溜息を吐いた。
「分かった……やる」
やればいいんだろ、とどこか捨て鉢な一言で、もう一人の実行委員が決定したのだった。
◆◇◆
ホームルームを終えて、昼休みが訪れた。
「東雲さん! 一緒にお昼ご飯しませんか!?」
早速誘いを掛けると、東雲さんは気後れした様子を見せた。
負けないぞ! 多少強引に行かないと、この人はすぐに身を引いてしまいそうだからな。
「食堂の場所とか、お勧めメニューも教えますよ! それか、購買でも!」
「……いや、弁当あるから」
「そうなんですね! じゃあオレが購買でパン買うんで、中庭とかで食べるのはどうですか!?」
またぞろ溜息を吐いて頭を抱える東雲さん。
「……分かった。あんたに任せる」
そうして、連れ出した先の中庭で、東雲さんが広げた弁当にオレの目は奪われていた。ご飯に卵焼き、から揚げにタコさんウインナーなどの入ったオーソドックスなものだったが、家庭的で何だか懐かしい。
「わっ、美味しそうですね! 親御さんが?」
確か、東雲さんは母子家庭だったはず。お母さんが作ったのかな、と思って聞いたら、
「いや、俺が」
「東雲さんが!? 自分で作ったんですか!?」
思わず、大きな声が出てしまった。東雲さんは気恥ずかしそうに頭を掻いて言う。
「うちの母親は家事をしないタイプだからな。代わりに小さい頃からやってたら、自然と」
「凄いですね! あ、でも確かに店長が休憩の時は東雲さんがキッチンやってましたもんね」
感情表現は不器用な割に、手先は意外と器用らしい。これなら、文化祭でも活躍してくれそうだし、きっと皆にも――。
「で、あんた、また何かお節介なこと考えてるだろ」
ぎくり。突然の追及に、あからさまに動揺してしまった。
「えっ? な、なん」
「てっきり気まずさで距離を置かれるかと思ってたら、やけに絡んでくるし……大方、俺とクラスの奴等との仲を取り持とうとしてるんだろ」
あ、バレバレですね……これはもう、腹を括るしかない。
「だって、東雲さんは良い人なのに……皆怖がってるのが、何か悔しくて」
だから、実行委員に推薦した。世話焼きな彼なら役割を十二分にこなしてくれるだろうし、作業を通して皆とも打ち解けられるだろうと踏んだのだ。
昼食に誘ったのも、オレが積極的に仲良くしてるのを周囲に見せることで、東雲さんは怖い人じゃないんだって皆にも知って欲しかったからだ。
……色々、無理やりしちゃったのは、申し訳ないけれど。
叱られる子供みたいに目を伏せて言い訳を述べるオレに、東雲さんは小さく息を吐いた。
「相変わらず、お人好しだな」
呆れたように、苦笑する。だけどその瞳は、至極優しい色を湛えていた。夕焼けの、茜に染まりきらない穏やかな橙色――。
「怖がられるのには慣れてるから、あんたが気にする必要はないのに」
「そんな……っ」
ごほん、とここで咳払いをしたのは、ずっと寡黙に傍に控えていた御影さんだった。




