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第7話 入寮というか、入城

 扉の先には更なる異世界が広がっていた。広大な玄関ホール。大理石の床に、赤絨毯。吹き抜けのガラス窓から差し込む陽の光。天井から吊り下がる豪奢なシャンデリア。両サイドから延びる螺旋階段。

 ……これ、本当に学園の敷地内にあっていいものなのか?


「一階は食堂、サロン、大浴場等の共用施設となっております。陽様のお部屋は二階にございますので、ご案内致します」


 唖然と佇むオレに、御影さんが声を掛けた。スーツの教師陣と見分けを付けるべく採用された服装らしいが、彼の執事服はこの場の雰囲気に異様にマッチしている。


「ご起床のお時間は六時、ご朝食は七時、ご夕食は十九時から。大浴場のご利用は二十時から二十二時までの間で、二十三時が消灯時間となっております。もし、時間外に入浴なさりたい場合は、お部屋に備え付けのシャワールームのご利用も可能です。門限は一応十九時ということになっておりますが、姫寮に関しては寮監も存在致しませんし、閉め出されるようなことはありません。詳細な寮則は机に置かれた『入寮の手引き』にて改めてご確認頂けます」


 御影さんの説明を聞いている内に、目的地へと到着した。螺旋階段を登り、重厚な扉を開いて長い回廊を進んだ先に現れた、また別の扉。


「こちらが陽様のお部屋でございます」


 御影さんが扉を開くと、これまた見事な調度品の並ぶ広い室内と対面を果たした。……おいおい、ベッドが天蓋付きだぞ。本当にお姫様扱いだな。

 相変わらずオレが呆気に取られている内に、執事服の美青年は室内にオレの荷物を運び入れた。それから、こちらを窺い、


「お許しがございましたら、荷解きのお手伝いなどを致しますが」

「ああ、いえ、自分でやるので大丈夫ですよ」

「そうですか……」


 昨日に引き続き断ると、ちょっとしょんぼりされてしまった。そんなにオレを手伝いたいのか。気を取り直したように姿勢を正して、彼は告げた。


「それでは、ご夕食のお時間になりましたら、改めてお迎えに参ります。私は隣室にて待機しておりますので、何かございましたらテーブルの上の呼び鈴を鳴らしてくださいませ」

「隣は御影さんの部屋なんですか?」

「はい。寮内は安全とはいえ、何があるか分かりませんからね。姫寮には護衛人の部屋も用意されているのです」


 良かった。昨日のように同じ部屋で泊まるとか言われたらどうしようかと思っていた。


 恭しい辞儀を一つ、御影さんが退室していく。豪華な室内に一人残されたオレは、とりあえず深く息を吐いた。何か堅苦しくて肩が凝った。……ギャグじゃないぞ。


 ベッドサイドのナイトテーブルの上に、取っ手の付いた鈴が置かれていた。ハンドベルの小さいやつ。……もしかして、これが呼び鈴か? このデジタルの時代に、ここだけ随分とアナログな……。

 摘み上げて、試しに軽く振ってみると、リンと澄んだ高い音がした。――直後。


「お呼びでしょうか!?」

「ぅわ!?」


 扉の外から嬉々とした声が飛んできた。本当にこんなんで来るんかい!


「すみません、何でもないんです。ちょっと鳴らしてみただけで」

「そうでしたか……ふふ、お気になさらず、どんどん鳴らしてくださって構いませんからね」


 いや、そこは構えよ……。

 御影さんの気配が去っていくのを確認してから、オレは鈴をそっと戻した。それから、改めて室内を観察する。

 寝室の奥は、書斎スペースになっていた。天井まで届く大きな本棚が壁面にずらりと並び、その前には広い書き物机が配置されている。


「おぉ、いいじゃん」


 前の姫が置いていったのだろうか、本棚の中には六割方本が入っていた。古めかしいファンタジーの洋書があるかと思えば、割と真新しい日本のミステリーも置かれていたり。……もしかしたら、代々の姫が少しずつ足していったのかもしれないな。


 書き物机の上には、一冊の冊子と、先程のものと同様の呼び鈴が一つ。うっかり鳴らさないように気を付けて鈴を端に寄せつつ、オレは冊子を手に取った。『入寮の手引き』……これが御影さんが言っていたやつか。

 中には、館の図面も載っている。オレの部屋の部分には、手書き文字でオレの名が書かれていた。その部屋割りで、ある人の名前を探す。


「……あった」


 オレが指差す先、〝(なつめ)〟と書かれた部屋の文字。


「夏目じゃなくて、こっちの棗なのか」


 確か、先輩姫の苗字だ。……入寮したからには、ちゃんと先住の方に挨拶しておかないと失礼だよな?

 オレは荷物から用意しておいた菓子折を取り出すと、荷解きは後に回して、『入寮の手引き』を手に廊下に繰り出した。



   ◆◇◆



「何? 巌隆寺(がんりゅうじ)……あれ?」


 ピンクのウルフカットの美少年は、不機嫌そうに扉から顔を出した。おそらく自分の護衛人だと思ったのだろう、来訪者が予想と違ったことに、刹那後に目を丸くした。

 カラコンを外しているのか、紅の瞳は今は赤褐色をしており、部屋着と思われるオーバーサイズのピンクのパーカーを着ていた。――近場で見る先輩姫は、ラフな恰好をしていても光輝かんばかりの可憐さで、何だか緊張した。


「あ、突然すみません。オレ……」

「知ってる。新しい姫でしょ。……そう、もう越してきたんだ」

「あ、はい! それで、引越しのご挨拶にと思いまして」


 把握してくれていたことにホッとして、自然と笑みを零すと、オレは例のものを差し出した。


「これ、お菓子なんですが、よろしければ」


 先輩姫こと棗 夕莉(ゆうり)先輩は、包み紙に覆われた四角い箱を軽く一瞥した後、にっこりと微笑んで突き返した。


「ごめんね、ボク食べ物系は受け取らないようにしてるんだ。キミみたいなフツーな子には分からないかもしれないけど、ボクみたいな超絶美少年になってくると、贈り物に変な薬とか入れられたりするんだよね」

「え」

「という訳で、わざわざそんなの持ってこなくていいし、ボクの貴重な時間を邪魔しないでくれる? じゃあね」


 バタン、と目の前で扉が閉ざされる。何だか、心の扉からも締め出された気がした。


 あれ? もしかしてオレ……嫌われてる?


 暫しその場に立ち尽くしたまま、オレは手の中に残された包装箱の感覚を持て余していた。

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