第60話 とある復讐の形
「それにしても、何で僕が棗 夕莉と一緒に行動しなきゃいけないんだ」
ミドリさんが渋い顔で言った。
「それはこっちのセリフなんだけど。ボクはハルくんと一緒に回りたいのに、何でお前まで居る訳?」
負けじと棗先輩。
「僕は日向君に誘われたんだ。余計なのはそっちだ」
「はぁ? ボクとハルくんは学園公認カップルなんですけど? どう考えても邪魔なのはお前でしょ?」
「ま、まぁまぁ、折角のお祭りなんですから、皆で楽しみましょうよ! ね!」
慌てて仲裁するも、二人は不服そうに唇を尖らせ、互いにそっぽを向いてしまった。
護衛人を見遣ると、巌隆寺さんは主の態度に困ったようにオロオロしてるし、御影さんに至ってはオレ達のやり取りには不介入を決め込んだらしく、ただ穏やかに微笑んでいるのみだった。
――頭が痛い。
「ほら、お腹空きません? 何食べます? 焼きそばとたこ焼きは絶対確保しておきたいところですよね! さ、行きましょう!」
今回の姫の仕事は先程の挨拶だけで、後はフリー……精々、浴衣姿で会場内を練り歩いて華を添える(蝶野先輩談)くらいのものだ。
という訳で、早速二人(と護衛人達)を屋台の方へと連れていこうとした、その時だった。
「あっ……」
何かに気が付いたように、ミドリさんが目を見開いて固まった。おや? と思って視線の先を辿ると、ハッとした。
ミドリさんのクラスメイトの人達だった。向こうもこちらを見ており、目が合った。
「こんばんは! 皆、来てくれてありがとう! ようこそ、四季折学園納涼祭へ!」
オレは嬉しくなって声を掛けたが、彼らの反応は微妙だった。どこか緊張しているような、躊躇うような様子で、「あー、うん」と煮え切らない返事を寄越した。
――あれ?
同じような表情で硬直しているミドリさんとの間に、何とも気まずい空気が流れ出す。
先に口を開いたのは、彼らの方だった。
「よ、よぉ、姫川」
「……」
ミドリさんは答えない。彼らと目を合わせないようにして地面を睨んでいる。ハラハラするオレを余所に、事情を知らない棗先輩が怪訝そうに眉を寄せた。
「ハルくん、誰? コイツら」
「あ、えっと、ミドリさんの学校の人達で……」
「ああ、転校先のいじめっこ達か」
「ちょ、先輩!」
あけすけな棗先輩の言葉にギョッとして口を塞ごうとするも、完全に後の祭り。場の空気は一層重苦しいものになっていた。
彼らも先程の櫓でのミドリさんの挨拶を聴いていたはず。あのミドリさんの本気の姫モードを目にして、どう感じたのか。果たして、望んだような効果は得られたのか……。
息を詰めて見守っていると、意を決したように彼らが告げた。
「あー……なんつーか、すげぇな。思ってたより、本格的っていうか」
「そうそう、ビックリした! 姫川、めっちゃキレイじゃん!」
「!」
語る彼らの頬は興奮に赤く染まっている。どうやら本心のようだ。
やった! 好印象だ!
パッとミドリさんの方を窺うも、彼は変わらず押し黙ったまま。かつてのいじめっ子達は、決まり悪げに頭を搔いて言った。
「その……悪かったよ、バカにして。思ったよりマジでちゃんと仕事としてやってるんだって分かったから……うん」
「な、なぁ、折角だし、屋台一緒に回らねー?」
「そうだな! そっちの二人も……」
「断る」
バッサリと切って捨てたのは、ここで初めて発言をしたミドリさんだった。
予想外の返答に、一同虚を衝かれたように凍り付く。
「そんなこと言って、僕が鵜呑みにしたら『何本気にしてんだよ、キモっ!』とか『ウケる!』とかって、どうせまたバカにするつもりなんでしょ?」
浴衣の袖で嫋やかにそっと口元を隠すようにして嘆くミドリさん。長い睫毛を伏せて、憂いた表情。切れ長の目尻に引かれた紅が何とも艶っぽく、彼らは息を飲んで首を横に振った。
「そ、そんなことっ」
「……ない? 本当に?」
ちらり、上目遣いの流し目。彼らは今度はぶんぶんと勢い良く頭を縦に振った。
ミドリさんは袖を下ろし、ゆっくりと花が開くように顔を綻ばせた。見る者を魅了するような、美しい微笑み。ほうっと感嘆の息を漏らして、彼らは陶然とミドリさんに見入った。
「でも、やっぱり駄目。……姫は、特定の誰かを贔屓にしちゃいけないから。一緒には回れない。……ごめんね?」
艶然と、今一度笑みを刷いて、ミドリさんは踵を返した。
「それじゃあ」とクラスメイト達に暇を告げて、歩き出す。我に返って、オレも慌てて後に続いた。
会釈だけを投げて、未だ惚けたように佇んでいる彼らを置き去りに、その場を離れた。
◆◇◆
「ちょっと、何だったの、今の茶番」
すたすたと先を行くミドリさんを不本意そうに追いながら、棗先輩が訊ねた。
しかし、ミドリさんは答えず、黙したまま歩き続ける。
「ちょっと!」
次に棗先輩が文句を言った時、「ふふ」と、小さな笑声が聞こえた。その出処がミドリさんだと悟ったのは、直後彼が立ち止まるや、堪えきれなくなったように大きな声で笑い出したからだった。
「あはははは! 見た? アイツらの顔! 『ウケる!』」
いきなりの失笑に、棗先輩とオレは呆気に取られてミドリさんを見た。
ミドリさんは可笑しくて仕方ないといった風に、涙の滲んだ目元を指先で拭った。ウォータープルーフのアイラインは、それくらいではビクともしない。
一頻り笑ってから、深く息を吐いて、彼は胸をなで下ろした。
「はー、笑った」
そこで、オレもようやく金縛りが解けたように声を出せた。
「やったな! ミドリさん!」
「日向君の真似をしただけだけど」
「いやいや、凄かった! 彼ら、すっかり虜になってたよ!」
一時はどうなることかと思ったけど、計画成功だ。これでもう、彼らは金輪際ミドリさんのことをバカにしたりは出来ないはずだ。
「でも、良かったのか? 一緒に行動した方が、彼らと今後友達になれたんじゃ……」
「いや、それはない」
「え」
キッパリ、一刀両断。ミドリさんは先程までの笑顔を引っ込めて、不快そうに眉を顰めて言った。
「だって、アイツら虫が良すぎない? あんだけ僕のことバカにしてたのに、コロッと掌返してさ。何今更って感じ。こっちは散々傷付けられてきたんだから、謝られたって許す気は無いし。何か頭に来てさ、もうヤケだよ」
「そ、そっか……」
残念ながら、昨日の敵は今日の友! とはならなかったようだ。
――それもそうか。人間の感情は、そんなに単純に割り切れるものではない。
「でも、何かスッキリした。今日までは不安でいっぱいだったけど……改めて、呼んでくれてありがとう、日向君」
大団円! とは行かないまでも、晴れやかに笑うミドリさんを見ていたら、こういう結末も有りかなと思えてきた。
「どういたしまして」と、釣られて笑う。そんなオレ達を、棗先輩は呆れたように肩を竦めて見ていた。




