第58.5話 星空の下で Side-Yuri
再びの夕莉視点です。
前回のサブタイの「side-B」はカセットのB面的な感じで、同じ出来事の裏側みたいな意味合いで付けたのですが、いや……通じないんじゃね?と思い直した為、普通に名前を入れることにしました。
突然の修正、ご迷惑お掛け致しました:( ;´꒳`;)
「じゃあ、先輩。おやすみなさい」
「うん、おやすみ、ハルくん」
挨拶を返して、自室に引っ込んだ。パタリと閉まる扉の音を合図に、ようやく緊張を解く。
「はーぁ……」
深く、長い息が漏れた。引き攣れた表情筋を指先で解す。
――ボクは、ちゃんと笑えていただろうか。
ハルくんに、振られた。その事実が、倦怠感と共に全身に広がっていく。
「失敗したなぁ……」
こうなることが分かっていたから、当初はまだ告白する気も無かったはずなのに。
ハルくんがアイツのことばかり見てるから……堪えきれずに、先走った。その結果が、これだ。
もう少し時間を掛けていれば、何かが違ったのか。そう考えて、直後に首を振る。
――いいや、たぶん、変わらない。
ハルくんは、アイツのことが好きだから。
「ボクじゃ、ダメなんだ」
呟くと、胸の奥に痛みを覚えた。喉がキュッとなって、じわり涙腺が緩む。
今なら誰も見ていないから、もう泣いてもいいかな。
完全に油断していたそのタイミングで、背後の扉が叩かれた。
「!?」
あまりにビックリして涙が引っ込んだ。
え? ハルくん!? 忘れものかな? まさか、考え直してくれたとか!?
逸る気持ちを抑えて目元を拭い、証拠隠滅を図る。一つ深呼吸してから、扉を開いた。
甘い香りが鼻先を擽る。そこに居たのは、湯気を立てるマグカップを手にした巌隆寺だった。
……なんだ。ハルくんじゃなかったのか。
拍子抜けついでに苦笑が漏れた。
それもそうか。そんな都合の良いこと、ある訳ない。
「……なに?」
鹿爪らしい顔をした巌隆寺が何だか恨めしくて、思わず苛立った声を出してしまった。ボクの堅物の護衛人は、ほんのり眉を下げてぼそぼそ喋った。
「このような夜分に失礼致します。ですが、その……大丈夫ですか? 夕莉坊ちゃん」
虚を衝かれた。巌隆寺は、おずおずとこちらを窺っている。
「大丈夫って、何が?」
「ですから、その……日向様とのことで」
頭を抱えたくなった。
成程、全部お見通しって訳。大方、ボクが部屋を出た気配を察知して勝手に尾けていたんだろう。それで、心配してわざわざ来たのか。
「あのさ、こういう時は普通そっとしておかない? 大丈夫な訳がないんだから」
「それは……申し訳ございません」
巌隆寺は叱られた犬みたいに萎れた。このデカさなら、セントバーナード辺りか。
ボクは溜息を吐いて、彼の持つマグカップを指した。
「で、それは?」
「ホットミルクです。寝付きが良くなるかと……」
「全く、気が利くんだか、利かないんだか。まぁ、一応貰っておくけど」
マグカップを受け取って、白い水面に息を吹きかける。そうして多少冷ましてから口を付けた。
温かい液体が喉を通り、胸の辺りがポカポカとする。ホッと落ち着く味わいだった。
「……ハルくんだけだったんだ。ボクのこと、理解して傍に居てくれたのは」
他の人達は皆ボクを嫌うか特別視して遠ざけるかだったのに、ハルくんだけは違った。
――だから、どうしても欲しかったんだ。
「どうしよう……今回のことで気まずくなって、今まで通りに話してくれなくなったら」
ホットミルクの温かさに気持ちが溶けだしたせいだろう、つい弱音が零れた。
「大丈夫ですよ。日向様はそのような方ではありませんから。……それに、夕莉坊ちゃんのことを理解って下さる方も、この先きっと沢山現れます」
巌隆寺の声は優しい。見上げると、目が合った。慈しむような黒曜石の瞳に、情けない顔をしたボクが映り込んでいる。
まるで、ボクの全てを理解ったかのような瞳。
――ああ、そういえば、コイツだけはいつもそこに居てくれたな。
小さい頃から、ずっとずっと。
例えそれが仕事だからだとしても、向けられた思いやりに嘘は無い。
――なんだ。
ふっと、口元が緩んだ。巌隆寺は相変わらず気遣わしげに見てくる。
「夕莉坊ちゃん?」
「それもそうだね。ていうか、坊ちゃんはやめろと何度言ったら分かるんだ?」
ハッとしたような顔をする巌隆寺。
「も、申し訳ございません、夕莉様」
慌てて頭を下げる。その朴訥な感じが実に彼らしくて、ボクは何だかもう笑えてしまった。
――ボクは、ずっと独りぼっちなんかじゃなかったんだ。
あまりにも近過ぎて、こんな単純なことにも気付けなかったなんて。
「ありがとう」――その一言が、自然と口を衝いて出た。
ありがとう。ずっと、傍に居てくれて。
「ボクはもう、大丈夫だよ」
窓の外には、無数の星。先刻ハルくんと見上げた眩いその一つ一つが、今も優しくボクを見守ってくれていた。




