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第57話 幸せの総量

すみません。書くより読みたい期に突入して、暫し余暇を全て読み活に回していた為、更新おサボり申し上げておりました(´>∀<`)ゝ

「ごめん、ハルくん。ボクちょっと用事ができちゃったから、やっぱ今日は無しで」


 満を持して訪れた放課後、棗先輩はオレにそう告げた。

 いつもは放課後になると大体先輩の方からオレを迎えに来てくれていたが、今日は姿が見えなかったので、こちらから出向いた結果がそれだった。


「帰るのも遅くなりそうだから、ハルくん先に帰ってていいよ」

「……分かりました」


 まるで門前払い。肩透かしを食らった気分で、オレは一人(正確には御影さんと二人)で帰寮するに至った。

 突然の予定変更に戸惑いはしたが、まぁ、そういうこともあるか。

 それに、一緒に暮らしている以上いつでも顔を合わせる機会はある訳だし、何ならディナーの後に改めて声を掛けてみればいい話だもんな。

 と、己を納得させて、再び意気込んで臨んだ夕餉の席に――棗先輩は来なかった。


「先輩、昨日の夜はどうしたんですか?」


 翌日、朝食の席で訊いてみた。

 いつもは十九時には食堂に居るのに、昨日は二十時になっても二十一時になっても、先輩は姿を現さなかった。

 オレは参考書片手に(しばら)く粘ってみたものの、結局は諦めて自室に戻ってしまったのだった。


「うん。ちょっと用事が長引いちゃって、夜ご飯は外で済ませたんだ」


 先輩は申し訳なさそうに言った。

 そんなに掛かったのか……聞いてなかったけれど、何の用事だったんだろう。

 

「そうだったんですね。用事は無事に終わったんですか?」

「うん、まぁ……でも、ボクもそろそろテスト勉強しなきゃヤバいから、暫くはハルくんみたいに缶詰するよ。だから、遊びの約束はまた今度ね」

「え、あ、はい……」


 何だか先手を打たれた気がする。いや、気のせいか?

 だけど、その後も約束を取り付けようとすると、同じ調子でのらりくらりと躱された。

「用事があるから」「勉強しなきゃいけないから」

 登校時、下校時、食事の時間。オレがいざ話を切り出そうとすると、先輩は何かと理由を付けてそそくさとどこかへ行ってしまう。――そんなことが数日間続いた。


「先輩、あの」

「あっ! ボクそういえば今日日直だった! 早めに教室行かなきゃなんだよね! じゃあね、ハルくん!」

「えっ、ちょ……棗先輩!」


 明らかに怪しい言い訳を残して、先輩は脱兎の如く駆け去っていってしまった。伸ばしたオレの手は、行き場もなく空を掴んだ。

 巌隆寺さんがオロオロと頭を下げてから、主の後を追っていく。御影さんが気遣わしげな表情でオレを見ていた。

 ここまで露骨な態度を取られれば、さすがに気付く。

 これは、もう……避けられてるのでは!?

 何でだ? オレ、何かしたか? と考えて、したな……と、思い当たる。


 ――ハル姫! 校外にカレシが居るって、本当ですか!?


 ()()、校内で大分噂になってたもんなぁ。

 当然、棗先輩の耳にも入ったんだろう。先輩からは何も聞かれなかったし、そういう話を出来る雰囲気にもならなかったから、してなかったけど……やっぱり、先輩の立場からしてみると、心安からぬ噂だったろう。

 怒ってる……のか? いや、それだったら、もう少し分かりやすく機嫌悪くなりそうな気がする。

 じゃあ、悲しませた?

 そう思うと、胸が軋んだ。

 

 とにかく、先輩と話さないと。何としても。

 強く決意して、その夜オレは強硬手段に出た。



   ◆◇◆



 扉の前に立つオレの存在に気付くや、棗先輩は顔を強ばらせた。


「ハルくん……」

「棗先輩、おかえりなさい」


 放課後は敢えて一緒に帰らずに、オレは先輩の寮部屋の前で待ち伏せることにしたのだった。先んじて扉の前を陣取っておくことで、部屋に逃げ込まれるのを防ぐという算段だ。ちょっと陰湿だけど、背に腹というやつだ。

 

 御影さんには遠慮してもらい、今はオレ一人。あとは……。

 巌隆寺さんに視線を向けると、それだけで察してくれたようで、彼は会釈を残してその場から立ち去る姿勢を見せた。


「ちょっと、巌隆寺!?」


 焦る先輩の傍ら、オレは巌隆寺さんに内心で礼をした。すぐ隣の部屋に、彼が姿を消す。パタンと閉ざされたドアの音は、棗先輩には無情な響きに聞こえたかもしれない。

 何はともあれ、これでようやく棗先輩と二人きりになれた。


「棗先輩」


 呼び掛けると、先輩は気の毒なほど身を竦ませた。

 

「すみません、こうでもしないと、先輩とちゃんと話せそうになかったので」

「……っ」


 先輩はこっちを見ない。酷く動揺した様子で、忙しなく目を左右に泳がせている。どうすればこの場を切り抜けられるのか、必死に考えを巡らせているようだった。

 何だか先輩を虐めているようで、心が苦しくなってくる。

 それ程までに、あの噂のことを気にしているのか。まずはそのことから説明しようと、再び口を開いた時――。


「せ」

「いやだ! 聞きたくない!」


 鋭い拒絶が飛んだ。

 気圧されて、言葉を呑む。


「ハルくんが何を言おうとしてるかなんて、分かってる! だけど、まだ聞きたくない!」

「先輩……」

「約束したじゃん! 告白の返事は、納涼祭の夜まで待つって! それまでは、例え仮でもボクとハルくんは恋人同士なんだ!」


 ハッとした。頭を殴り付けられたような衝撃だった。

 

「もう少し……結果は変わらないにしても、もう少しだけ、夢を見させてよ!」


 何も言えなかった。

 オレ越しに扉に手を掛けた先輩の指先はわなわなと震えていて、オレはよろけるようにして、そこを退いた。引き止めることも出来ず、放心状態で扉が閉まる音を、ただ背中で聞いていた。


 ――ああ、何でだろう。

 

 オレは、棗先輩にも幸せでいて欲しいのに。

 だけど、オレには彼を幸せにすることは出来ない。

 

 世界は残酷だ。

 きっと幸せの総量は決まっていて、皆でそれを取り合って生きている。

 誰もかれもが幸せにはなれないのだ。

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