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第53話 ヒーロー登場!?

「ま、待ってくれ! 訳あってこんな格好してるけど、オレ本当は男なんだ!」


 必死に訴えかけると、男達は刹那キョトンと互いの顔を見合せて――吹き出した。


「見え透いた嘘吐いてんじゃねーぞ!」

「っ嘘じゃない!」

「じゃあ、確かめてやるよ!」


 ダメだ。信じてくれない。近くに居た男達が一斉に距離を詰め、次の瞬間、オレはその場に押し倒されていた。

 複数の手が、オレの身体を床に押さえつける。馬乗りになった一人が、下卑た笑みで上から見下ろしてきた。その、ギラついた飢獣の眼――背筋に震えが走る。

 

 男は薄いサマーニットごとワンピースの胸元に手を掛けると、力任せに引き裂いた。ビイィッと、布の破れる甲高い音が耳を突き、思わず目を瞑る。

 温い空気が素肌を撫でた。露わにされた胸元に男達の視線が注がれるのを感じると、オレは唇を噛み締めた。


「お、男だ……胸が()え」

「本当に男だ!」


 ……だから、そう言ったじゃん。

 ざわめきの中、内心でツッコむ。

 大分屈辱感があるが、同時に安堵もした。これで男達も気勢を削がれて解放されるだろう、と。

 ところが、彼らは戸惑ったように話し合いを始めた。

 

「ど、どうする?」

「どうするったって、男だぞ?」

「そうだけど、このまま何もしないのも、何か負けた気がしねえ?」

「……確かに」


 ――は?


「それに俺……コイツなら、イける気がする」

「俺も」

「俺も」


 はぁあ!?


「まぁ、物は試しっていうもんな」


 意見の一致を見ると、男達は再びオレに向き直った。

 喉から、ヒュッと引き攣った呼気が漏れる。

 止めなきゃ。やめさせなきゃ。そう思うのに、声が出ない。

 やがて、無防備な胸元目掛けて、手が伸ばされた。戦慄(わなな)く素肌に無遠慮に触れる――その、寸前。


「おい、待て!」

「てめっ……ぐあっ!」

「なに!? ぎゃっ!」


 突如、周囲が騒然とした。

 オレを囲んでいた男達も、「何事だ!?」と、辺りに首を巡らせる。

 

「御影が来たぞ!」

「チッ、思ったより早ぇな!」

「!」


 ――御影さん!?


 拘束の緩んだ隙に身を起こし、騒ぎの中心に目を向ける。そこには、目を見張る程の速さで次々に男達を倒していく御影さんの姿があった。

 拳か、蹴りか、あまりの早業に、彼が具体的に何をしているのかも分からない。


「誰か止めろ!」


 応じて近くの半グレ達が一斉に襲い掛かるも、御影さんは顔色一つ変えずにそれをいなしていく。

 ドサリ、入口付近の敵を平らげた後、彼はこちらに視線を向けた。目が合って、刹那痛ましげに眉を顰め――スッと、そこから表情が消え失せた。


「陽様に何をした」


 静かな声だった。だけど、触れたら切れてしまいそうな鋭利さを孕んだ、酷く冷たい声音だった。

 凄絶な怒りの波動に当てられて、男達は硬直した。しかし、御影さんは容赦しない。そのまま(障害物)を排除しながら直進してくる――かと思いきや。


「!?」

「止まれ!」


 急に背後から抱きすくめられ、首筋にひやりとした感触のものが押し当てられた。――え? これって、刃物!?

 どっと、冷や汗が噴き出した。御影さんが顔色を変えた。


「陽様!」

「おっと、動くなよ? このおん……男が、どうなってもいいのか?」

「っ……」


 警告に従い、彼は歯噛みして静止した。オレの背後の男が語り掛ける。


「随分と派手なご登場じゃねえか、おい。許可するまで中に入れるなっつってたのに、てめぇの案内役はどうしたよ?」

(おとり)の彼でしたら、そこでお休みになっていますよ。それで、貴方がたは何者なのですか? 用がお有りなのは私でしょう? 陽様を離してください」

「そうはいかねえなぁ。ていうか、何だてめぇのその喋り方は。気持ち悪ぃな。……てめぇ、(やまびこ)連合のことは覚えてるだろうな」

「やまびこ? ……さぁ、貴方がたのような輩はこれまで沢山見てきましたから、一々記憶してませんよ」

「てめえ! 大西さんのことまで忘れたとは言わせねーぞ! 大西さんはてめぇのせいで死んだんだ!」


 ドキリとした。そうだ、その話の真偽って……。

 オレは一時、突き付けられた刃物(ナイフ)の存在も忘れて、彼らのやり取りに耳をそばだてた。

 御影さんは怪訝そうに眉根を寄せている。


「大西?」

「そうだよ! てめぇがボコした俺らの総大将だ! 俺らは当時、鵠戸(くぐいど)組に目をかけてもらってたんだ。鵠戸組から預かったヤクを見事に売り捌けたら、組に入れてもらえる手筈になってた。なのに……てめぇがそれを奪った!」

「ああ……売人として体良くヤクザに利用されていた半グレ組織の連中か。奪ったとは人聞きの悪い。俺はああした薬物が大嫌いなので、丁重に破棄させて頂いただけですよ」

「てめぇっ!! そのせいで、大西さんは責任を問われて、鵠戸組に責め殺されたんだ! てめぇが殺したようなもんだ!」


 ――待てよ。

 組だのヤクだの、オレにはただ物騒だということしか分からないような内容だったけれど、それってつまり……逆恨みじゃないか?

 だって、そうだ。今の話が本当なら、御影さんが直接その大西って人の命を奪った訳じゃない。

 ホッとした。御影さんは、人を殺してなんかなかったんだ!


「だから、これは大西さんの復讐だ! いいか、この女……いや、男の命が惜しかったら、言うことを聞け!」

「ッ!」

 

 押し付けられた刃に軽く力が込められ、息を呑んだ。弛緩しかけていた緊張の糸が、再びピンと張る。


「陽様!」

「おい、ソイツを縛れ!」


 どこから持ち出したのか、男達がロープを手に御影さんに(にじ)り寄る。


「抵抗するなよ」


 御影さんは言われた通りに大人しくしている。

 いけない、このままじゃ。オレのせいで、御影さんが――。


「っ卑怯だ、こんなの!」


 気が付いたら、声が出ていた。

 オレが喋るとは思っていなかったのだろう、数秒、驚いたような間があった。


「……なんだと?」

「だって、そうじゃん! 一人じゃ敵わないからって、寄って集ってこんな大勢で……オマケに、人質を取って脅して、無抵抗の相手をどうこうしようなんて、最低じゃんか!」

「陽様!」


 御影さんが焦った顔を見せる。当然だ。この状態で相手を煽るようなことを言うなんて、どうかしている。理性ではそう思うものの、もう止まらない。


「そもそも、逆恨みじゃん! 仇討ちだっていうなら、相手が違うだろ!? その何とか組ってやつの方にすべきだったのに、何で御影さんの方に行くんだよ!? その何とか組がヤクザで、怖かったからか!?」

「ッてめ!」

見縊(みくび)るなよ! オレだって、足手纏いになるくらいなら――!」


 直後、悲鳴にも似た叫びが上がった。御影さんが、オレを呼ぶ声。オレはそれを無視して、行動を起こした。

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