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第26話 一枚きりの家族写真

「夕莉坊ちゃんのご両親は、仕事で海外を飛び回る多忙な方々です。お父君は金融業、お母君は音楽家。それぞれに異なる分野で活躍し、一財を築き上げた立派なご両親です」

「え、もしかして、棗先輩ん家って金持ち?」


 聞いてから、我ながら随分頭の悪いツッコミをしてしまったなと少し後悔した。しかし、巌隆寺さんは別段気にした風もなく、普通に答えてくれた。


「そうですね。資産家と呼ばれる裕福なご家庭です。私は元々、棗家で雇われた夕莉様付きの護衛人でした」

「成程、だから〝坊ちゃん〟呼びなんですね」


 それに、先輩のあの偉そうな態度も金持ちのご令息だからと言われれば、ある意味納得だ。


「お恥ずかしい。学園内ではそのような呼び方をしないようにと仰せつかっているのですが、何分夕莉様のお小さい頃からお傍に置いて頂いていたもので、気を付けないと癖になってしまっていて、咄嗟に〝坊ちゃん〟とお呼びしてしまうのです」


 そして、その度に叱られるのだと苦笑する巌隆寺さん。やり取りを想像してしまい、オレが思わず笑み零すと、巌隆寺さんはハッとしたように軽く咳払いをして、話を元に戻した。


「失礼、話が脱線致しましたね。坊ちゃんの……夕莉様のご両親はそのようにお忙しい方々なので、なかなかご家族でのお時間が作れず、夕莉様はずっと一人で寂しい想いをなさっておいでだったのです」


 今度はオレがハッとする番だった。


「でも……お兄さんが居たんじゃ?」


 あの写真に写っていたもう一人の子供……あれはお兄さんじゃないのか?

 巌隆寺さんは頷いた。


「はい。夕莉様には、玲莉(れいり)様というお兄君がいらっしゃいますが、玲莉様は母君譲りの優れた音楽の才を持ってらして、ご幼少の頃よりお母君様の指導を受けるに当たり、共に海外を渡り歩いていらっしゃるのです。なので、夕莉様はご兄弟にお会いすることもあまり叶いませんでした。家族揃ってのお写真は、実は夕莉様がお持ちのあの一枚きりなのです」

「そんな……」


 大切そうに革製のフォトフレームに入れて持ち歩かれていた一枚の家族写真。ふと、思い至る。あれに写る先輩は、まだほんの小さな子供だった。……無いんだ。それ以降に撮った写真が。


「母君や兄君と同じような音楽の才が無いことを、夕莉様は悩んでおられました。あるいは、父君のような商才を……それでなくても、何かしらで優れたところを証明すれば、家族は自分を見てくれるのではないかと、夕莉様はお考えになられたようです」


 ――お兄さんだけじゃなくて、自分のことも。


「夕莉様は勉学も諸々の稽古事も、それは沢山、努力してこられました。けれど、思うように成果が出せず……全寮制の学園に通うことが決定された時は、追い出されたのだと嘆いておられました。家族の中で自分にだけ何も無いから、見限られたのだと」


 ――別に、好きなんかじゃない。あんな奴ら……嫌いだ。

 そう吐き捨てた彼の表情(かお)は、まるで傷付いた子供のようだった。


「それでも、棗先輩は……ご家族のことが好きなんですね」


 好きだからこそ、愛して欲しいと願い、それが叶わないと知ると、嫌いだなんて自分に嘘を吐く。

 それでも諦めきれなくて、写真が手放せなくて……。

 何だか、分かるような気がした。オレも、家族に甘えるのが下手くそだったから。


「この学園で夕莉坊ちゃんは姫君になられて……ご自分にも人より突出した才があったのだと、お喜びでした。ご両親にもご報告なさいましたが……ご両親はあまり関心の無いご様子だったそうです。それで、きっと思ったのでしょう。これでは、足りないのだと」


 もっと、自分が優秀なことを証明しなければならない。


「姫として、自分が一番で居れば、常に一番で居続ければ、両親もきっと自分を見直してくれる……そのように、坊ちゃんはお考えになったのでしょう」


 そして、それはいつしか呪いになった。


「夕莉坊ちゃんが自分以外の姫に攻撃的な態度をなさるのは、相手が自分の地位を脅かす敵と認識しているからです。好き嫌いや相性の問題ではありません。日向様に落ち度はありません。坊ちゃんはただ、必死なだけなのです」


 ああ、蝶野先輩も同じことを言っていた。

 ―― 嫌いとかじゃなくてライバル視されてるんだと思うわよ。

 そんなまさかと思っていたけれど……。


「どうか、あの方を嫌わないであげてください。そして、勝手な願いとは思いますが、日向様には、あの方の寂しさを埋める良きご友人となって頂きたいのです」


 話の最後を、巌隆寺さんはそう結んだ。普段寡黙な彼が饒舌に語ったのも、それを伝えたかった故なのだろう。

 不思議と凪いだ心に、清涼な風が吹き抜けた。



   ◆◇◆



 サロンを後にすると、オレはその足で御影さんの部屋の扉をノックした。

 どこで判断したのか、来訪者がオレと分かっていたのか、御影さんは即座に飛び出してくるや、架空の尻尾を振らんばかりに嬉しそうに破顔してみせた。


「如何なさいましたか? 陽様。ご夕食のお時間にはまだ早いようですが」


 オレは、意を決して告げた。


「えっと、御影さんに、お願いがあって……ダンスのことで」

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