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第10話 水着と違和感

「お~、姫! また来てくれたんだ!」

「いらっしゃ~い!」


 昨日と同じくプールサイドの観覧席に行くと、水泳部の先輩方は明るく歓迎してくれた。


「こんにちは。あの、今日から体験入部の方も出来るって聞いたんですけど」

「お! 早速参加してくれるの!? やったぁ!」

「ハル姫、真面目だねぇ。フツー、部活なんて一週間くらいは何も考えずにぶらぶらしてるもんだけど」

「それな。ハル姫以外、見学もまだ来てないもんな」

「水着は持ってきた?」

「はい。学校指定の方ので大丈夫ですか?」


 中学の時使っていた競泳用の水着と迷ったが、あれは学校名まで入っちゃってるしな。

 ちなみに、この学園のスクール水着は、黒のスパッツタイプのごく普通のものだ。


「オッケーオッケー!」

「てか、護衛の人は?」

「あれ? 本当だ、あのキャラ濃い人、今日は居ないね?」


 ここで、御影さんの不在に気が付いたようで、先輩方がオレの周囲に目を配る。


「あー、はい……体操着でもうるさかったし、水着になるのは断固阻止されそうなので、今日は置いてきちゃいました」


 オレが苦笑して答えると、先輩方は互いの顔を見合わせて、次の瞬間、吹き出した。


「ぶはっ、確かに」

「あの護衛の人、色々凄かったもんねぇ。なんつーか、過保護っつーの?」

「濡れ透け体操着がエロいから着衣泳は駄目です! てな」

「ぎゃはは! それな!」

「いや、本当に……その節は大変失礼致しました」


 ああもう、本当に恥ずかしい……。


「でも、そっかぁ。今日は保護者居ないのか」

「……?」


 そう呟いた先輩の声音に、何やら異質さを感じて、オレは首を傾げた。何だろう、何か含みのあるような……。


「じゃあ、更衣室案内するわ。水泳部の部室ってのは無いから、実質、更衣室が部室みたいなもんなんだ」

「あ、はい!」


 急に切り替わった話題にハッとして、オレは覚えた違和感を振り切ると、先導する先輩方の後に続いた。通り過ぎ様、トイレ、シャワールームの場所を確認し、最後に更衣室に辿り着く。


「空いてるロッカー、どれでも好きに使ってくれていいよ」


 扉の先には、蓋付きの縦長のロッカーがいくつも並んでいた。中学の時のそれはただの木製の棚だったのに比べると、やはり私立校はお金が掛かっているな、と思ったり。

 先輩の言葉に頷いて、奥の開いたロッカーの前に移動する。蓋には鍵も鍵穴らしきものも存在しなかった。


「鍵の掛かるタイプじゃないんですね」

「ん、市民プールでもないから、オレらか授業でしか使わないし、練習するのに一々鍵を持ったままってのも邪魔だしな」


 成程。納得して荷物を置き、いざ着替えを……という段になって、オレは戸惑った。既に水着姿の先輩方が、にこやかな笑顔を浮かべたまま、その場から動く気配が無いのだ。


「あの……?」

「ああ、俺らのことは気にしないで」

「どうぞどうぞ、お着替えください」


 と言われても、そんなに見られていると着替えにくい。躊躇うオレに、先輩は……。


「あれ? もしかして、男同士なのに照れてる?」

「っ!」


 揶揄われて、瞬時に頬が熱を帯びた。そんなオレの反応を面白がるように、先輩達は笑う。


「ごめんごめん、お姫様だもんな。着替え見られるの恥ずかしいよな」

「そっそういうわけじゃ……」

「俺ら気が利かなくって、ごめんねー」

「出てくからさ、ちゃんと着替えといでよ~。ほら、お前ら、行くぞ」

「へ~い」


 軽口を叩きながら、先輩方が更衣室を後にする。一人になると、オレは胸に手を当てて、不穏に速まる鼓動を宥めた。

 びっくりした……何だったんだ、今の。

 体験入部生がオレだけなのと、オレが姫だからってことで、そういう弄られ方をされたんだろうけど……。

 胸中に垂れ込めてきた(もや)を追い出すように、深く息を吐く。気を取り直して水着に着替えてから、オレは彼らの待つプールへと戻った。


「おー、来た来た、姫!」

「いよっ! 待ってました!」


 瞬く間に取り囲まれ、大勢の視線がオレに集中した。上から下まで、全身を隈なく行き来するそれらに狼狽える。


「あの……何か、変ですか?」

「腰、ほっそ!」

「身体つきも女の子みたいだねぇ」

「でも、意外に引き締まってんじゃん」

「中学から鍛えてたからだろ」

「やっぱ、胸は無いんだな」

「バカ、当たり前だろ」


 先輩方は、思い思いの感想を口にして盛り上がっている。

 ――何だか、居心地が悪い。

 あんまり見ないで頂けますか? なんて、女々しいことは言えず、オレは目を伏せて両手で水着の裾を引っ張った。

 突き刺さる視線に対して、こんな少ない布面積の服では、あまりにも無防備で心許ない。特に、露出したままの上半身に嫌でも意識が向かってしまう。今までこんなの、気にしたこともなかったのに……。

 緊張に、胸の突起がつんと()った。それが異様に羞恥を誘い、隠すようにギュッと脇を締める。


「姫、困ってんじゃん。皆、あんまり虐めんなよ~」

「ごめんごめん、姫が水泳部来んのって、珍しくってさ」

「はぁ……」


 引きつりそうになる顔の筋肉を何とか操って、オレは曖昧に微笑んだ。

 皆楽しそうだし、空気を悪くしたくないし……余計なことは言わない方がいい。


「じゃあ、姫も来たし、もっかい準備体操からやるか!」

「……すみません、お手数お掛けします」

「いいって! ハル姫、本当真面目な!」


 その後の体操の間も、ずっと視線が付き纏ってきた。ねっとりと糸を引くような、厭に粘着質な……いや、きっとオレの考え過ぎだ。

 そう自分に言い聞かせつつ、ようやく水に浸かれた時には心底ホッとした。水中にまでは、視線は付いてこれない。水がオレを隠してくれる。だから、もう大丈夫だと……そう、思っていた。

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