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音にまつわる怪異譚

第13話:ヤギのいる島

作者: 吉野貴博

 十二月も半ばなのでさすがに少しは涼しいだろうとセーターを二枚持ち、上着を着ていったのが失敗だった。南の島はそれほど暑かった。

 空港に降り立ちバスに乗っているうちは日光を浴びなかったので気がつかなかったが、フェリーターミナルに着くと汗がじわじわわいてくるし行き交う人はみなTシャツ半袖である、慌てて上着を脱ぎ、着ていたセーターをリュックに押し込むが、最初から見通しが外れたことにかなりショックを受ける。

 宿の人に島に着く時間を告げたとき、よほど暑さ寒さを聞こうと思ったのだが、そこに住んでいる人と遠くから来る者とで体感が同じわけがないと聞かなかったのが悔やまれる。

 フェリーに揺られ、出迎えの車に乗り、宿に荷物を置いてから観光の始まりなのだが、この島には二回目だ。

 前回は日帰りで、北端にある船着き場からひたすらに南端を目指し、南端から右回りに島を半周し、船に乗って本島に帰ったのだが、今回は島の中央にある宿から一度北端の船着き場に戻り、そこから反時計回りに歩き出す。

 船着き場のすぐそばにある観光名所の砂浜を見て、路地を前へ前へと進むのだが、かなり曲がりくねっている。しかし舗装された主要の島一周道路を越えなければ行き止まりはあっても道に迷うことはない。歩いて歩いて何度も「←集落」の標識を見、右に曲がり左に曲がりと歩いていると、どんどん日が高くなる。

 前回と違って今回は帽子を持ってくるのを忘れたのと、宿でボトルに水を詰めるのを忘れたことに気がつく。

 まぁ大丈夫だろうと歩き続ける。

 どこの島でも共通していることに、海風を遮るために植樹がされていて、道からは海が見えないことが圧倒的に多いことがある。

 観光客向けの浜に出る道は作られているが、島の中を歩くための道からは木で遮られて海が見えない。波の音を聞きながらただ前へ前へと歩くのだが、この島は何故かカラスが多い。たぶんカラスだと思う、道を歩いていたり低い枝に止まっている鳥が、陽の光の当たり具合で深い青色に見えて綺麗なのだが、たぶんカラスなんだろう、だいたい視界に一羽はいる。

 そしてこの島ではヤギを飼う家が多く、ヒモで繋がれていない、自由気ままに歩いているヤギが多い。子どものヤギ二頭が遊んでいる光景を見るととても心が安らぐのだが、この地方の文化で祝い事があるとヤギを潰してヤギ汁を作って振る舞うと聞いているので、必要以上には考えないほうがいいのだろう。

 明るい陽の光の下を、波の音を聞きながら、美しい青と可愛い白を見ながら歩いていると、当然汗が止まらない。シャツを濡らす汗が蒸発する以上に流れ背中にへばりつく。

 基本的に私以外に誰も歩いていないし車も通らない。主要道路に入らないよう脇道を歩いているのだから作業用のさまざまな車が停められているのを見るのだが、今は仕事の時間帯ではないのだろう。

 北端の船着き場から二時間経って南端の記念碑に到着、ここでさらに反時計回りの脇道を通って北端まで歩くか、主要道路を横切って宿に戻るかを決めないといけないのだが、立ち止まってベンチに座ったところで頭がクラクラした。

 歩くという行為はリズミカルだし血流血行を促進させるが、止まったのでそれらがリセットされて貧血になったのだろう、つまりは熱射病の初期である。

 水を持ってきていないのでかなり危険なわけで、宿に戻ることにした。

 主要道路を横切って北端まで一直線と思っていたが記憶違いで、この道はこの道でかなり右往左往が強いられる。地図を見返すと南端と言っても船着き場の真南ではなく、緯度の最南端だった。

 それでも島の中央に進んで行くと住んでる人たちともすれ違うようになり、全部で三人であったが、三人とも私を見ると目を丸くして

「暑いから気をつけてね!」と声をかけてくれた。

 道でのすれ違いなのでの声かけだが、もし自分の家の前で出会っていたら水を飲ませてくれそうな優しさを感じた。島の人にとっても季節外れの珍しい暑さのようだ。

 歩いていて、歩いていて……地図にはない、両脇に高い木々が連なっている小道が現れた。地図を見ると、今歩いている道はしばらく歩いて鋭角に曲がり、またしばらく歩いて島の中央に続く道に繋がっているのだが、この道はそのぶんをいくらかショートカットしているわけだ、舗装された道でもなく農道でもない、林道と言っていいのだろうか、ここを進む。


 今まで海側に見ていた木々でもそうだったのだが、この林でも中からバサッバサッと続けて音がする。道に入って一分も経たないうちからでる。

 人が入れるほどの隙間もなく、少なくともこちら側から人が入れる幅もない、高い木が密集してその中から音が聞こえるのは、カラスが入って地面にいる虫でも食べているのだろう、絶え間なく左右からバサッバサッと音がして、確認できないのでそのまま前へ進む……のだが、また一分と経たないうちに、右の林の中から声が聞こえた。

 声と言っても人の声ではない、ヤギだろう、何か言葉を発しているわけではない、低い太い声でアーとかウーとか、ただの発声である。

 へぇこんな中にヤギが入れるのかと考えるが別にどうでもいい。日の光から逃れられて一安心と思っていたのだが、湿気がだいぶあるようで、流れる汗が増えている感じなのだ。拭いても拭いても前髪の生え際から汗が流れる。まぁ南の島なんだから湿気は仕方がない、だからヤギの声なぞどうでもいいのである。

 歩き続けてさらに一分二分経ったころだろうか、左の林の中からもヤギの声が聞こえだした。木が生える密度はそんなに高くないのか。遠くっぽかった左右のヤギの声がだんだん近くから聞こえるようになり、その数も増えていった。

 さらに五分くらい経ち、後ろからも声が聞こえてきた。

 これが人の声で、「おい君」とか「ちょっと前の人」とかだったら、それは人である、立ち止まって振り向いて返事をしただろう、しかし相も変わらず単音声をただ伸ばすだけ、低く太い声なので特に私に向けられた声ではないわけで、気温と湿度のほうが問題である、水を持たず、手ぬぐいはぐっしょりと濡れ、立ち止まったら貧血で倒れ、誰も通らないから助けられずにうずくまったままで大変なことになる、止まるなんてとんでもない、ただひたすらに足を動かすのだが、道は微妙に曲がっているのでゴールが解らない、地図にこの道は載っていないのだから本当にただ歩くだけである。

 後ろから聞こえる声も増えてきた。

 イメージだが最初は遠くから投げられていただけの声が右後ろ下から、左後ろ下から、左の高い位置からと後ろのあちこちから声がして、私は今たくさんのヤギを先導して歩いているのかと想像するとおかしくなる。

 暑い、暑い、ひたすら歩く。

 顔を上げられなくなって下ばかり見て、後ろの声に(うるせぇなぁ)と思いながらひたすら歩いていたら、全ては唐突に終わった。

 四つ辻に出たのである。

 左右の道は、林道に入らず歩いていたら鋭角を曲がっていたら歩いていたはずの道である、ショートカットが終わったのである。

 それよりも横からの強い日の光にさらされたとたん、今までの蒸し暑さがかなり和らいだのには驚いたし、もう一つ、四つ辻の日だまりでカラスが何羽もひなたぼっこしていたのである。

 カラスってひなたぼっこするものなのか?

 それに驚いたので後ろからのヤギの声が一切無くなっていることに気がつくまでかなりの間を要した。

 後ろを振り返っても何もいない。高い木々が日の光を遮って、まぁ暑いときには涼しいかな、と思わせる風景そのままである。

 しかし実際は、今の方がさっきまでに比べたら、そんなに暑くはないかな、という感じである。

 呆然としてまたひなたぼっこをしているカラスを見ると、人を怖れていないのだろう、のんびり日の光を楽しんでいる中、一羽だけが私を見て静かに一声鳴いた。


 前に続いている林道には進まず、本来歩くはずだった道を進み、また暑い思いをしながら宿に戻った。

 汗だくになったのでシャワーを浴びると、ズボンのポケットに入れていた交通系ICカードと尻ポケットに入れていた財布があたるところが赤く腫れ上がっていてとても痛かった。

 ズボンも股ずれが非常に激しく、お尻の部分が割れていて、旅初日から他人に気づかれたら恥ずかしい思いをしないといけなのかと落ち込んだ。

 靴も中敷きと靴底とがずれるようになっていて、暑さ対策に気を回さなかったことを悔いるばかりである。

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