69. 迷える子羊亭
紹介された宿屋【迷える子羊亭】の部屋で従魔であるシノを、聖女であるタカと顔合わせをしてもらった。
「エッ!エッ~・・・さっきの蜘蛛は?・・・人間に変わったの?」
驚きを隠せない彼女は、シノを真剣に見ている。
「アナタ~本当にさっきの蜘蛛?」
「はい聖女様。紛れもない黒蜘蛛のシノです。」
「コウ!これはどういう事?」
彼女の疑問も当然だな。
「俺も詳しくは知らないんだ。でも召喚された人にはそれぞれの従魔が存在するらしく、俺には黒蜘蛛だったと聞かされたよ。」
「私にはいないの?」
「本来なら聖女様の従魔がいるはずなのですが、まだ合流出来ていないのか又はそもそも聖女様が召喚される時代ではない可能性があります。」
「シノ、それはどういう意味か分かるように説明してくれないか。」
シノは俺と彼女に分かるように説明してくれた。
以前シノから聞いた話しを要約すると、この世界の災害に必要な人が召喚され神獣が従魔として現れる。
今回の俺は賢者として召喚され従魔のシノがいるが、彼女は聖女として召喚されているのに従魔がいない。
神獣である従魔がいないという事は、聖女に関係する災害がある訳ではなく召喚者の都合で強制的に召喚した可能性があるという事か。
もしかしたら勇者も同じ理由で召喚されたとしたら!
約400年おきに起きている災害が、同じ年に同時に3つ起こる可能性はとても低いはずだ。
「今回の災害に必要な召喚者は賢者で、聖女と勇者は意図的に無理やり召喚した可能性があるな。」
「召喚の儀式を行えるのは創造神アトム様が作られたクリッサー王国だけで、王族位しか知らないはずですが?」
シノの言葉に疑問が残る。
召喚されたあの場所は何処なんだろう?・・・お城?・・・教会?
何か陰謀が感じられるが、ここで考えてもらちが上がらない。
まずは彼女と行動を共にする為に、冒険者登録が必要だ。
「今日はこの宿でゆっくり休んで、明日冒険者ギルドに行きましょう!」
「はい~よろしくね!」
彼女の笑顔が眩しい!
見知らぬ世界で不安であるはずなのに、彼女は案外図太い神経の持ち主かもしれない。
いざとなったら男性より女性の方が強いと言うからな!
今後の事を話しをしていると、夕食の用意が出来たと店員が知らせて来た。
シノにはアイテムバックに戻ってもらい、2人で1階の食堂に移動する。
グレンの紹介という事なのかはわからないが、食事が豪勢だ!
「凄い料理!」
彼女の驚きの声に、運んでくれた店員さんに尋ねる。
「ここの料理はいつもこんなに凄いですか?」
「今日は特別です。料理長が張りきりすぎたみたいですが、他の宿屋の料理よりここの料理の方が美味しいと皆さん言ってくれますよ。」
「そうなんですね。有難くいただきます。」
2人揃って手を合わせて「頂きます!」と声を合わせる。
その光景を見た店員さんは首を傾げていたが、日本人の習慣なので気にしないでほしい。
食事も食べ終わるごろに、宿屋の女将さんがやってきた。
「食事はいかがでしたか?」
「はい!とても美味しかったです。それにこんなにサービスしてもらい恐縮です。」
「こんなに美味しい料理は初めてです。特にサラダとドレッシングが絶品です。」
「あら~嬉しい事をいってくれるお嬢さんだね~そのサラダはうちで栽培している野菜で、特別の人にしか提供しない逸品ですよ。」
さすがはタカだ!俺には野菜の違いはわからない・・・全部美味しいから!
「ここには滅多に顔を出さないアデルとグレンの友達ですから、夫も張り切ってましてね!」
「そうなんですか、彼らとはどういう関係ですか?」
「私達夫婦は、彼らがいた孤児院に住み込みで料理を作っていたんです。そんな私達を子供の頃から慕ってくれていまして、アデルやグレン達がここに宿屋を作ってほしいとお金を集めて建ててくれたの。」
「この宿屋は彼らにとって我が家と言う事ですね。」
「そして女将さん達夫妻は彼らの親であり家族なんですね。」
「そう思ってもらえるのは有難いね!」
孤児院出の冒険者はここを自分の家だという事を、そして大事にしている事を知った。
「そうそう~食事が済んだら、温泉に入るといいわ!みんなで掘った自慢のお風呂よ!」
「入ります!」
2人そろって声を出した。
温泉に浸かって芯から温まった体はとても気持ち良かった。
俺も彼女もこちらにきてから初めてのお風呂だったから、よけいに嬉しかった。
ただ、こちらの石鹸やシャンプーは今一つだが贅沢は言われない。
お風呂は貴族や金持ちが入る贅沢な施設で、普通の家にはお風呂は無く体を拭くぐらいだ。
部屋に戻ると、疲れが出たのかそのままベットに横たわり眠りについた。
部屋が暗くなり周りが静まり返ると、ベットの傍に置いてあるアイテムバックから小さな蜘蛛が何匹も出て来て散らばっていく。
ベットで寝ているコウは、お風呂上がりのタカの姿を思い出しながら楽しい夢を見ているんだろう!
コウの寝顔を見ているシノは、蜘蛛の姿のままベットの傍らで主の護衛にあたった。
夜は何事もなく、護衛に就いていたシノ達黒蜘蛛の集団は朝日が昇るとアイテムバックに戻っていった。
コウが目を覚ました時には、何事もなかった感じで清々しい朝を迎えていた。
「コンコン!コウ~起きていますか?」
昨日の温泉が気持ち良かったんだろう~ぐっすり眠れて目覚めも良い。
「はい!起きていますよ~」
ドアを開けて彼女が入って来た。
ヘッパー爺さんが準備してくれた町娘風の衣装を着ている。
「その衣装~タカに似合っているね~」
「私もこの衣装とても気に入っているの!何となく若くなった感じ!」
「今の姿はどこから見ても、16歳でとても綺麗ですよ!」
普段言った事がない言葉を言って、自分で恥ずかしくなった。
言われた彼女の方はというと、顔が少し赤くなってまんざら悪い様子ではない雰囲気だ。
「有難う!ちょうと照れますね。・・・先に下に降りていますね。」
彼女は笑みを見せて部屋を出て行った。
残されたコウも、すぐに出かける準備を済ませ部屋を出た。
1階の食堂に降りると、タカが手を振って呼んでくれる。
2人には大きすぎるテーブルに豪勢な朝食が並んでいる。
「これは朝から凄いな!」
「見るからに美味しそうよ~頂きましょう!」
2人揃って手を合わせてから食べ始める。
パンに野菜のスープ、それに半熟卵は久々の当たりの食事だ!
牛乳が注がれている木のコップをテーブルに置いて、店員が説明する。
「牛乳は女将さんからサービスです。あとパンを多めに焼いていますのでお持ち下さい。」
パンを頂けるのはとても助かる。
冒険時は食事の確保が大変だ。特に女性はお腹が空くと機嫌が悪くなるから厄介だが、裏を返せばどんな状況でもお腹が満たせれば乗り越えられる。
いつの時代でも食事は第一に優先しなければならない。
朝食を食べ終わると、非常食として焼き立てのパンを貰ったのでアイテムバックにしまっておく。
女将さんに挨拶すると今日の夕ご飯も期待していいよと言われ、2人で張り切って宿屋を後にした。
宿屋からギルドまで2人で歩いて行く途中で、人気のない路地に入る。
「コウ~どうしたの?」
「チョット待ってていて!」
彼女を表通りで待っていてもらい、誰にも見られていないのを確認してから声を掛ける。
「シノ!出て来ていいよ。」
コウの言葉に反応して、路地の暗闇が青白く光ると同時にシノの姿が浮かび上がった。
「シノ~ギルドでの一仕事を頼むよ!」
「承知いたしました。」
路地から表通りに出ると、シノに気が付いた彼女は笑顔で声を掛けた。
「シノさんおはよう!今日はよろしくね。」
「タカ様!こちらこそよろしくお願いします。」
両手に花ではないが、綺麗な女性が俺の左右に並んで歩いていると自然に笑みがこぼれてしまう。
俺は顔の表情が崩れない様に平素を装って、3人揃ってギルドへ向かった。




