第18話 九尾
「おい...お前は誰だ?」
「誰って...河井隆貴!お前の師匠だ!」
「違うだろ?このウスノロがぁぁ!」
僕は妬鬱怠惰で師匠の首を絞める。
───も、師匠は平然とした顔で立っている。
「どうした?急に苦しみだして...」
偽物の師匠に能力が効いていない。だが、僕の心臓は止まっている。
「はぁぁぁぁ...」
僕は能力を解除する。
「なんで...なんで効かないんだよ...」
青山には通用したのだ。なのに、何故この目の前にいる偽物の師匠には通用しないのだろうか。
「おかしい...おかしいだろ?なんで...なんで効かないんだよ!止まれ!」
僕は時間を止める。
"ドゥゥゥン"
「黒色憤怒!」
”パチンッ”
「───ッ!」
偽物の師匠は吹き飛んでいった。軽い。軽すぎる。
「もしかして...傲慢荼羅!」
「うおぉぉ!」
偽物の師匠空中に投げ出される。僕の意のままに動いている。
「これは...尻尾?」
僕は思い出す。九尾の狐を七尾の狐に変えたことに。もちろん、二尾減らしたので、それがどこかに無いといけない。だが、どこにも落ちていないのだ。
───その二尾が、師匠とフナに変化したのなら。
「尻尾なのか...尻尾の分際で、師匠の真似をしやがって...」
僕はゆっくり七尾の狐に向かう。
「おい...狐!返事をしろ!」
「─なんだ!」
「僕の師匠を...侮辱したな?」
僕は七尾の狐を睨む。
「師匠の侮辱は...許さねぇよ...僕はな!」
僕は七尾の狐の方に走る。
「なんどこっちに来ても無駄だ!お前は尻尾で潰されるのさ!」
「強引強欲!」
僕は重力で狐についたままの尻尾を引き寄せる。
”パッ”
”ドッ”
”スタッ”
「なっ!」
僕は飛びついて尻尾の上に乗った。重力で尻尾を引き寄せられるので、どこにいても足場を用意できる。
「傲慢荼羅!」
僕の後ろから切り落とされた尻尾が飛んでくる。それは、七尾の狐の顔面にぶち当たる。
「これで終わりにしよう...黒色憤怒!」
「嫌だね!」
七尾の狐は僕の前に囚われた酒井を持ってくる。避けなければ、酒井に攻撃が当たってしまう。
「───ッ!」
”ドォォン”
「残念だったな...」
僕は深呼吸をする。
「妖狐の野郎が...」
僕の目の前では血を吐いて七尾の狐は死んでいた。
***
「ん...」
僕は目を覚ます。僕の目の前には、酒井と九尾の狐が横たわっていた。酒井には外傷はないが、九尾の狐は、尻尾が2本千切れていて、心臓を破裂させて死んでいた。
「やっぱり、幻覚の世界だったんだな...」
いつからが夢だったのだろうか。おにぎりを渡した女も、酒井の格好をした何かも両方妖狐であったのだろう。尻尾だけでも変化できたので、切った爪や切った髪でも変化できたのかもしれない。
「おーい!起きろ!おーい!」
僕は酒井を揺さぶる。
「あれ...北島?」
「あ、おはよー!寝てた?」
「うん...ぐっすり...」
***
妖狐との戦いは解説が必要だろう。
まず、妖狐は女の姿で北島と酒井に近づいた。北島が幻覚の世界に入ったトリガーは「おにぎり」だ。
北島は「おにぎり」を食べていないだろう。だが、能力発動の条件は「おにぎり」を見せることだ。食べさせることじゃない。
そして、幻覚世界に北島のみを連れて行った。北島は酒井だけを信用していたので、酒井になりすましたのだ。
なんやかんや合って、九尾の狐になる。幻覚世界での力を発揮するために現実世界でも九尾の狐になった。
───では、幻覚世界で妖狐が握りしめていた酒井は何だったのだろうか。
答えは、「妖狐の心臓」だ。
北島は酒井の味方だ。その味方を囚えていれば、その味方だけは攻撃しようとしないだろう。そこを狙ったのだ。自分の心臓を酒井に変化させて見せびらかす。誰も心臓だとは思わないだろう。
なら、何故北島にバレたのだろうか。それは、変化の欠点にあった。
妖狐は体は何にでも変化できる。なので、単数ならまずバレることはないだろう。
だが、複数になると違ってくる。どれだけ数が増えようとも、妖狐が持っている喉仏の数は1個だ。
いくら声を真似出来ようとも、喋れる人数は一人だけだ。
なので、妖狐は「九尾の狐」と「酒井忠」の2人を演じ分ける必要があった。なので、交互にしか喋れない。
なので、「酒井」として喋っていた時に、時を止める間に殴られた場合も、「酒井」のまま叫んでしまっていた。
その上、切られた尻尾で「師匠」も追加で演じ分ける必要があったので、他の2つも疎かになっていたのだ。
妖狐との戦いの解説はこれで以上にしよう。
***
「人を騙すのは...苦手だったようだな...妖狐さんよ...」
北島は九尾の狐に向かって唾を吐く。師匠を侮辱された事で途轍もなく怒っていた。
***
「国狭槌尊!そろそろ、最後のペアも進ませるか?」
「あぁ...そろそろ進ませないと間に合わないだろうな...」
「わかった!だが、人間はそっちに派遣できそうにないが?」
「じゃあ...赤木の土人形でいいだろう...」
「そうだな!」
国狭槌尊によって『福禄寿』と『寿老人』の能力を持つ者のところに赤木梨優の土人形が派遣されていった。