13. ジーク王子のたくらみ
「ジーク王子……」
まさかこんなところまで来るとは思わなかった。エドも想定外だったようで、同じ様に驚いている。それにジーク王子のエドに対する態度は、昨日と全く違う。呼び捨てなんてしていなかったのに、今はエドに対しての敵意を隠そうともしていない。
「やあ、愛しいローズ。他の男と会っているなんて、僕の妻失格じゃないか?」
「つ、妻!?」
まだ返事もしていないのに、なんなの!? ジーク王子の妙に馴れ馴れしい態度に、じわりと不安が襲ってくる。ダメよ!今は気持ちをしっかりもっていないと! ちらりとエドがくれた指輪を見て、心を強くする。
遠くでは両親が心配そうに見ていた。王族を止められなかった悔しさか、父は拳を握りしめジーク王子を睨んでいる。私の周りには護衛がいるし、なにより王族のエドがいる。今すぐ何か起こるという事はないだろうけど、2人は心配だよね……
「なんだよ、なんでそんなにおまえ達の護衛は、俺を警戒してるんだ? 俺はただローズを迎えに来ただけだ。そんなに怖い顔するなよ」
ジーク王子の赤い目は私とエドを見下していて、とても求婚している人の表情とは思えなかった。エドが私の手をぎゅっと握りなおす。そんなこの場の緊迫した空気を全く気にしていないジーク王子は、顎をクイっと動かし私に命令した。
「ほら、ローズ行くぞ」
訪問国の王族が目の前にいるのに、この態度は何か考えがあるの? どこからこの自信はきているのかわからないけど、ついて行くわけにはいかない。私もエドの手をぎゅっと握り返し、言い返した。
「行きません。私はジーク王子とは結婚しません」
そう私が言ってもジーク王子は、眉1つ動かさずニヤニヤしている。するとエドが手を離し、私をかばうように一歩前に出た。
「ジーク王子。この国の貴族が他国の王族と結婚するには、陛下の許可がいります。まずは陛下と話し合われてはいかがですか?」
エドはあくまで冷静に、王族として対応している。するとジーク王子は汚いものでも見るような表情でエドを睨み、一歩こちらに近づいてきた。
「フィリップ、お前はローズのなんなんだ? もしかして10歳の子供に色目を使ってるんじゃないだろうな?」
この前の「女を部屋に連れ込む」と言った事の仕返しだろうか? わざと侮辱する言葉をエドに投げつけてくる。エドの背中がピクリと動いた。その一瞬の変化を見逃さないジーク王子は、せせら笑いながら私を見てくる。
「ローズ、そいつはお前を気持ち悪い目で見てるぞ。早くこっちに来い。助けてやる」
顔を見なくてもエドが怒りで、殺気立っているのがわかった。私も同じ気持ちで、ジーク王子を睨みつける。ニヤニヤと笑いながら手招きをするジーク王子に、「気持ち悪いのはそっちよ!」と突き飛ばせたらどんなにいいか。湧き出る怒りをなんとか抑えていると、また一歩ジーク王子がこちらに近づいてきた。
どうしたらいいの? エドは私の前にいるけど、ジーク王子が何か魔術で攻撃してくるかもしれない。私がかばったところで捕まるだろうし、素直について行っても私の魔力を利用されてエドが攻撃される。
エドもどうしたらいいか考えているのだろう。そんな私達の迷いにつけ込む様に、笑いながらまた一歩ジーク王子が近づいてきた。じりじりと近づいてくるせいで、よけいに焦ってしまい解決策が浮かばない。私は無意識に後ろに一歩下がった。パキリと小枝を踏んだ音が響くほど、誰もが固唾を呑んで見守っている。
その瞬間ジーク王子の護衛の1人が、エドに襲いかかった。エドの護衛がいち早くそれを止めるが、私とエドはそのせいで一瞬ジーク王子から目を離してしまう。
「バカな女め」
そう耳元で聞こえた瞬間、魔力がグンと吸い取られるのを感じた。ジーク王子が私の腕をつかんでいる。魔石を当てている様子もない。下に魔法陣も無いのに、どうして魔力が吸い取られているの?
「サラ!」
エドが私に手を伸ばしている。私も必死に手を伸ばすが後少しというところで、私とジーク王子の足元に魔法陣が浮かんだ。
どさりと自分の体が地面に叩きつけられる。下に草が生えていたせいかそんなに痛みはなかったが、あきらかに私の家の庭ではないのが目を閉じていてもわかる。
「お待ちしておりました。ジーク殿下」
少し年いった男性の声が聞こえてくる。恐る恐る顔をあげると、そこには1人の貴族男性とキース王国の騎士がずらりと私を囲んでいた。
どうしよう。私の家からこの場所まで、転移させられてしまった。周りを見ると護衛騎士が10人と、50歳くらいの貴族男性とジーク王子だけだ。周りはうっそうとした木々しかない。地形が片方に盛り上がってるみたいだから、どこかの山の中?王都からだいぶ飛ばされちゃったみたいだ。
どうにかしてエドのところまで、逃げられないかな? ひそかに指輪を通してエドの魔力を探ったが、かなり遠いところに飛ばされたらしく感知できない。
私がゆっくりと立ち上がると、周りの騎士がサッと武器を向けてきた。ここまで囲まれたら、逃げられそうにない。しばらく様子を見て、隙を見計らわなければは無理だろうな。そう考えジーク王子を見ると、服の埃をうっとうしそうに払いながら貴族男性に話しかけていた。
「準備は整ったか?」
「はい、滞りなく。この女の子が例の魔力の持ち主ですか?」
「ああ、逃げると面倒だ。抱えて連れて行け」
そうジークが命令すると、騎士の1人が私を乱暴に抱えた。荷物みたいに運ばれるのは嫌だけど、体力を消耗しないのはちょうどいいわ。少し冷静になって、逃げ道を探らなきゃ。
それにしてもさっきの魔術は見たことなかった。普通は魔法陣を手やペンで書くものなのに、何もしていないのに魔法陣が現れた。
それに転移する時に、私の魔力が吸い取られたのはなんだったのだろう。普通は魔石に貯めた魔力や自分自身が、魔法陣に魔力を流すものだけど。ジーク王子の魔術について考えていると、目的地に着いたようで開けた場所が見える。
「ここに連れてこい」
ジーク王子が命令した場所に、騎士が投げるように私を置く。顔を上げると目の前には木が全く無く、遠くには我が国の城が見えた。キース王国の城に連れていくわけでもなく、こんな場所で何をするんだろう? 周りを見回してみても、兵器のようなものは見当たらなかった。
「私をどうするつもりなんですか?」
ジーク王子は何も答えず、私の質問を無視して何か話している。ううん、私の質問じゃないな。私の存在自体を無視してるんだ。それなら、それでいい。今のうちに、エドのところに逃げなきゃ!
そう思って指輪を使いエドの魔力を探知しようとした瞬間、腕にするどい痛みが走った。
「おまえ、何しようとしてるんだ?」
「うう…痛い…!」
ジーク王子は私の腕をねじり上げ、指輪を見てニヤリと笑う。
「俺がこの指輪の魔術具に、気づいていないとでも?」
ぞくりとする声が私を絶望に落とした。




