冬爛漫
何度目か、数える者なき鐘声。部屋には、機械の放つ楽しげな音だけが響く。
部屋に二つ、生命あるものたちは、しかし手元の機械を眺めながら身動ぎ一つしない。
楽しげな音も、放つ光も、全く届いてはいない。
数秒、音が絶える。
機械は放つ色を大きく変える。
「明けたね」
「……ほんとだ」
手元で桁を減らした数字を見て、場は漸く動いた。
「じゃ、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
居住まいを何とはなしに正して、互いに言葉を交わす。
静寂。
生命はまた手元に目を落とす。
「終わっちゃったねー」
「そーだねー」
「始まるねー」
「そーだねー」
話しかけた方の生命は、もう一方の生命に目を向ける。
「でも、なんか始まったって感じはあんまりしないよねー」
「そーだねー」
生命は、面白くなさそうに目を細めた。
「……どーした?反応悪いぞー」
「そーだねー」
「……おい」
機嫌を損ねた生命が、声音を低くして一言。
「………………四月でもないしねー」
単調に返していた生命は、面倒そうに言葉を発した。
「……だよねー。なんでこんな微妙な時に年って変わんのかなー」
「さあ?そもそも二月ずれてるらしいし」
「それは西暦の話でしょー?てかそれでも始まるの三月だし。和暦だって真冬に始まるじゃん」
なぜか両方妙に詳しい。
「…………はぁ。冬が休耕期だからじゃない?」
返す方の生命が呆れたように言う。
「キューコーキ……、あー。休耕期ね。まーそっか」
静寂。よく喋る方の生命は納得したらしい。
「てかさー。正月ってなんか不思議じゃない?」
また話し始めた生命。
「まー、正月ってより三が日なんだけど。真冬に新春ってどーなん?」
「…………別にいーじゃん」
目を擦りながら、全身で面倒そうな雰囲気を表現する生命が一言。
「まーそりゃね?別に文句があるわけじゃないけどさー。それでもなんかさー」
「はぁ……。新しさを強調したいんじゃない?季節変わんないし」
「あー。なるほど、先取りで?」
「そー」
「じゃあ、春から一日借りてきたわけだ。桜とかもよくあるし」
「梅もあるじゃん」
面倒そうにしながら言って、失敗したというように生命は顔をしかめた。話が長くなるとでも思ったのだろう。
「あー、そーいえばそーだねー。なら、花だけ借りてきたわけだ。春よりよっぽど春らしいし、んー……。"冬爛漫" って感じ?」
「春爛漫ならぬ?」
「そー。冬で一番花が咲き誇る日。ちょーど "爛漫" って感じでしょ?」
「……確かに、語義的にも……問題は……ない」
途切れ途切れに話す生命。頭も落ちてきている。
「だよね。じゃあ三が日は "冬爛漫" で大丈夫だねー」
「…………んー」
生命が、口も開けずに肯定の意を示す。
「……流石に眠いかー。あんまり昨日寝れてなかったみたいだしねー」
「…………」
もはや声を出さない。
「ほらほら、こんなとこで寝ないで、布団入んな?おやすみー。良い初夢が見れるといいね」
意識を飛ばしそうな生命は、ふらりと立ち上がってゆらゆらと扉に向かっていく。
「………………おやすみー」
最後に、一言だけ口を開いて。