第七話「首吊」
「良い……? 開けるわよ……? 覚悟は出来た……?」
「早く開けろよ。覚悟がいるのはお前だけだっつの。一言で三つも疑問符使うんじゃねえ」
理科室の前。ドアに手をかけて躊躇する月乃に、亮太は苛立ちを感じていた。
「開けるわよ……」
「しつこい」
月乃が、ゆっくりとドアを開ける。
「……いるな」
ドアを開けるには開けたのだが、中々中へ入らない月乃の後ろから、中を見ながら亮太は呟いた。
理科室の中央辺りに、首吊り死体があった。
「ほら、行くぞ」
「う、うん……」
亮太に促され、月乃は恐る恐る理科室の中へ一歩踏み出した。
月乃の背筋を寒気が走る。怖い。
一歩ずつ。一歩ずつ。ゆっくりと死体(というか霊)の方へ歩み寄る。
そんな月乃の様子を、亮太は苛々と眺める。
ピタリと。霊の目の前で月乃が止まった。
「で、どうするんだ?」
「ど、どうするんだって……同じ霊なんだから、あ、アンタがやってよ……」
「それじゃお前が霊に慣れれないだろ」
「多分、この様子じゃ一生慣れれない……」
月乃の言葉を聞き、亮太は深く溜息を吐き、仕方なく霊の所まで亮太が近付いた。
その時だった。
グルリと霊の身体が回転し、こちらを見る。
「ひ……っ!」
月乃が短く悲鳴を上げた。
『ァアァ…………』
「――――ッ!?」
シュルシュルと。開けたままの霊の口から舌が伸びていく。その舌はの行く先には、月乃がいた。
「い……嫌……っ!!」
「代わるぞッ! 月乃ッ!!」
すかさず亮太は月乃の身体と自分の身体を重ね合わせた。
一瞬の快感。亮太は月乃の身体に憑依した。が、タイミングのせいか攻撃は避けられなかった。
霊の舌は月乃の身体の亮太(以下亮太)に巻きつき、しっかりと絡め捕るとそのまま放り投げた。
「ぐ……ッ」
飛ばされ、壁に背中から激突する。
背中に激痛が走る。
『シ……ネ……』
「コイツ…………」
亮太は霊を睨みつけた。
『既に……悪霊化してる……!?』
「ああ。行動を起こしてなかっただけだ……。この首吊り野郎、とっくの昔に悪霊化してやがった……!!」
亮太は、背中の刀を白い布から取り出すと、乱暴に布を放り投げた。
鞘から刀を抜き、鞘を適当な場所に置くと、亮太は刀を構えた。
『ゥアゥ……』
シュッ!と音がして、今度は先程より速い速度で舌がこちらに伸ばされる。
亮太は身をかがめて舌を避けると、下から霊の舌を刀で斬り上げた。
斬られた下から凄まじい量の血が飛び散り、亮太の頬に飛び散る。
『私の顔に霊の血なんか付けないでよっ!』
「仕方ねえだろうが!」
亮太は刀を構え直すと、霊に向かって駆けた。一気に片をつけるつもりだった。
『今何か引っかかった!』
「何――――ッ」
首に感じる違和感。慌てて首を手で押さえると、そこには縄があった。
いつの間にやら吊り下げられた縄に、亮太の首がかかっている。
『何やってんのよ!!』
「とにかく外すぞ!」
亮太が急いで縄を外そうとするが、徐々に縄はきつくなっていく。
その上身体がぐいぐいと引き上げられていくではないか。
「か――――ッ」
喉が絞まる。酸素の供給が困難になる。
それでもまだ、縄は引き上げられていく。
ふと霊の顔を見ると、その顔はニヤリと笑っていた。
まるで仲間が出来たことを喜んでいるかのようだった。
『もう…………ダメ……っ』
これ以上締め上げられるのはまずい。
亮太が諦めかけたその瞬間だった。
「ッ!?」
不意に、開放感に満たされる。と同時にドサリと身体が地面に落ちる。
「ゴホッ! ゴホッ!」
縄が緩くなり、亮太はゴホゴホと咳き込んだ。
何だ?何があった?
咳き込みながらも亮太は辺りを見回した。
「間一髪ね。大丈夫だった?」
優しげな女性の声だ。亮太が振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
巫女装束に身を包んだ美しい女性。
腰辺りまで長く伸びたその黒く美しい髪。
そして巫女装束に隠された抜群のプロポーションが、亮太を一瞬魅了した。
が、彼女の手には巫女装束には不似合いな、彼女の身の丈程もある大鎌が握られていた。
恐らく、あの大鎌で縄を切ったのだろう。
『巫女さん……?』
「ええ、巫女よ。……あら、その身体、二つの魂で共有してるのね」
『っ!?』
今の月乃の声が聞こえた上に、月乃の身体を亮太と共有していることにすぐに気づいた。
「詩祢さん。もしかして、あの首吊ってる奴が今回の目標ですか?」
巫女の隣にいた着物姿の少女の霊が問う。
「うーん……。それはないと思うわ。あんな貧弱な霊には危険度Aなんてつかないもの」
『危険度Aですって……!?』
巫女は亮太を無視して霊の方へ歩み寄る。
『ァ…………』
舌が来る。亮太がそう思った時だった。
「成仏してね♪」
―――――一閃。
大鎌が振られ、霊の身体が切断される。
大鎌の範囲は広い、亮太がもし立っていたら一緒に切断されていただろう。
『ァァ……』
霊は呻き声を上げると、姿を消した。成仏したのだろう。
「アンタ一体……」
亮太が問うと、巫女は振り返ってニコリと笑った。
「私は木霊神社の巫女さんで、霊滅師の出雲詩祢です」
そう言った後にボソリと「ま、巫女は副業なんだけどね」と付け足した。