第六十八話「転生」
いつも通りの朝だった。
ベッドの傍の窓から差し込む朝日。昨晩片づけないでそのままにしてしまっていた夏休みの宿題。しばらく仕事もなく、鞘に収められたまま壁に立て掛けられている日本刀。
「今日から学校だね……りょ――――」
途中で言葉を切り、嘆息する。
今までなら、朝から勝手に部屋の中に入って来ていた少年。どうやらまた勘違いしてしまっていたらしい。
「そう……だよね」
もう二週間だ。
彼が――――
黒沢亮太があの世へと旅立ったのは。
二週間前。木霊町で原因不明の災害? が起こった。
何人もの町民が昏睡状態となり、それ以外の町民は全員避難させられた。
昏睡状態だった町民は全員目を覚ましたが、世間では未だに原因不明……ということになっている。しかしそれは表向きの話だ。
黒鵜と言う、一人の悪霊の仕業。
己が娘を蘇生させるため、木霊町の住民の生気や霊力を、自身の操る低級悪霊を介してかき集め、既に死亡した娘……黒鵜水葉の肉体に宿し、更に魂を呼び戻すことで水葉の蘇生を計画したのだ。
しかし、それは失敗に終わる。元より霊滅師協会からマークされていた黒鵜の不穏な動きを、協会は見逃さなかった。
すぐに木霊町に一流の霊滅師である金城公洋、風間恵那、石動清弘(しかし実際は石動清弘ではなく、同じくらいの年齢の少年のような姿をした黒鵜の部下だった)の三人に加え、木霊町地元の霊滅師であり、腕の確かな出雲詩祢の四人。加えて木霊町に住む駆け出しの霊滅師、城谷月乃を黒鵜討伐のメンバーとし、見事黒鵜を滅することに成功した。
これが事件の全容である。
そうして過去の出来事を反芻しつつ、月乃は制服に袖を通す。
嘘みたいだと思う。
そんな大きな戦いの中にいたというのに、今ではこうして一般的な女子高生として、夏休み明けの朝を平凡に過ごしているのだから……。
制服を着終わり、乱れていた髪を、机の上に置いてある鏡を見ながら櫛で直し、「よしっ」と満足気に呟くと、下の階へと降りて行った。
「おはよー月乃ー」
階段を降りてすぐ、妃奈々に出会った。
彼女は元々月乃に護衛を依頼するために城谷家に来ていたのだが、解決しても尚実家に帰ろうとはしない。どうやら習い事ばかりの生活より城谷家にいる方が楽しかったらしい。楓も妃奈々に忠告しつつも満更でもないらしく、なんだかんだで城谷家に居続けている。
「おはようございます。月乃様」
「おはよう。二人共」
月乃は笑顔で答えると、適当に朝食をとりに行った。
「月乃」
朝食後、一通り登校の準備を終え、玄関で靴を履いていると、後ろから稜子の声が聞こえる。
「どうしたの? お婆ちゃん」
「うむ。少し心配になってな……」
その言葉だけで、月乃は稜子が何について心配しているのか大体把握出来た。
「大丈夫よ。心配しないでお婆ちゃん」
そう言って微笑すると、稜子は「それなら良いんじゃが……」と自室へと戻って行った。
「行って来ます」
それなりに大きな声でそう言うと、月乃は鞄を肩にかえ、玄関から外へ出た。
学校へ向かいながら、ふと腕時計を見てみる。
時間的にはホームルームまで三十分以上余っている。少し早く出過ぎたらしい。
時間を潰すため、月乃はいつもの道から違う道へ……木霊神社の前を通る道で学校へ向かうことにした。
木霊神社へはわずか数分で辿り着くことが出来た。
入口の、長い石段の前で一人の巫女がせっせと箒を動かしていた。どうやら掃除をしているらしい。周辺には心ない人達が捨てたのであろうゴミが散乱している。
「おはようございます。詩祢さん」
「あら、つっきーじゃない」
巫女――――詩祢は先程まで面倒そうだった表情をパァっと明るくすると、月乃の元へ駆け寄った。
出雲詩祢……。黒鵜討伐任務のメンバーであり、月乃が最も世話になった霊滅師と言っても過言ではない程の人物である。
余談だが、他のメンバーは既に木霊町を去っている。
金城は故郷の村の復興へ、風間は地元へ戻ったらしい。
「元気だった?」
詩祢に問われ、月乃は「はい。おかげさまで」と笑顔で答える。
「あの事件……嘘みたいね」
「……ええ」
つい二週間前の事件だというのに、もう何年も前に起こった事件のように錯覚してしまう。それ程今が平和なのだと思えば、それは良い事なのだが。
「あの娘はどうしてる?」
あの娘……と言われ、一瞬誰のことだかわからず戸惑ったが、すぐに思い出す。
「元気ですよ。明日には学校に行くみたいです。何で初登校の前の日に風邪なんてひいちゃうんだか」
笑って言うと、詩祢も「そうね」と静かに笑った。
ふと腕時計を見ると、良い感じに時間が潰せたらしく、ホームルームまで後十五分くらいとなっていた。
「それじゃ、私そろそろ行きますね」
「ええ、行ってらっしゃい」
一礼し、手を振る詩祢に背を向け、月乃は学校へ向かった。
学校が終わると、月乃は自宅へとすぐに戻った。
友人からカラオケの誘いがあったのだが、休み明けテストの勉強もあるし……。
なによりあの娘が心配だ。明日から学校へ行けると良いのだが……。
早足で自宅に戻ると、ドタバタと音が聞こえ、一人の少女が玄関まで駆け込んで来た。
「月乃ちゃん! お帰り!」
微笑む彼女に、月乃は「ただいま」と笑顔で返事をする。
長くて綺麗な黒髪で、少し痩せ気味の彼女は、月乃が帰るのを待っていたらしく、ニコニコと微笑んでいる。
「水葉ちゃん風邪、大丈夫?」
月乃が問うと、彼女は「バッチリ!」と笑顔で月乃にピースして見せた。多少心配だが、まあ大丈夫なのだろう……。
黒鵜水葉。
二週間前に事件を起こした黒鵜の実の娘であり、こういう言い方は良くないが、全ての原因とも言える少女。
彼女の肉体に宿っている魂は、彼女の物であって彼女の物ではない。
黒沢亮太。
月乃と共に、霊滅師として戦い続けていた戦友であると同時に、月乃を変えてくれた月乃にとって最高の友人でもある。
彼は何らかの理由で死亡し、その未練によって霊化したのだが、死因がわからず成仏出来ないでいた。
そして判明した死因が、黒鵜による殺害であった。
殺害理由、それは彼が黒鵜水葉が死後、転生した姿であり、魂は同一の物だったからだ。
黒鵜が水葉蘇生のためにこの木霊町に滞在していたのは、木霊町に住んでいる黒沢亮太の水葉と同一である魂を一度消し、水葉として再転生させるためだっただろう。
黒鵜は既に水葉の肉体と、町民からかき集めた大量の生気を揃えていた。が、月乃と亮太によって阻止され、全ての生気は町民に返された……ハズなのだが。
処理に困った水葉の肉体を、一度城谷家に持ち帰ってみたところ、翌日、黒鵜水葉は蘇生したのである。
稜子の推察によると、恐らく水葉の肉体にいるのは亮太の魂らしい。原因はよくわからないが、亮太の魂は成仏後、水葉の肉体に宿ったようなのだ。
ただし、黒沢亮太としての記憶も、黒鵜水葉としての記憶も一切持たずにだ。
つまり、人格としてはどちらでもない。まったくの別人である。
それでも、亮太が傍にいるようで、月乃は嬉しかった。亮太ではないのだが、彼女の所々に黒沢亮太を感じることが出来る。それだけで十分だ。
「月乃ちゃん? 私の顔、何か付いてる?」
「ううん。付いてないわ」
首を横に振り、「ボーっとしてただけよ」と微笑む。
黒沢亮太はもういない。だが、亮太を感じることは出来る。
「絶対、忘れないから」
ボソリと呟く。
「え? え? 何か言った?」
聞こえていなかったらしい水葉は、不思議そうに月乃に問う。
「何でもない」
そう言って、月乃は再度微笑んだ。
もし、水葉に亮太の記憶が戻り、月乃に対して亮太として接することがあれば、月乃はもう一度言いたい。
――――――――ありがとう。
約半年程続いた「霊滅師」ですが、今回で最終回です。
如何だったでしょうか?
長さだけならこれまで投稿してきた中で「霊滅師」は最も長いです^^
文章は「~夢は現となりて~」等の初期の作品に比べてレベルアップしたと自負しております。
とは言ってもまだまだ未熟なんですけどね^^;
前作の「ぐらとぐら」や「落ちていた魔導書。」に比べればスッキリ終わらせられた感があります。
さて、「霊滅師」内にはあえて未回収にした伏線が幾つかありまして、ここまで読んで下さった方々ならとっくにお気づきだと思います。
詩祢の眼と早苗のことです。
どちらも詩祢メインで、月乃達を関わらせるのが難しかったため、本編では割愛しましたが、後に外伝として詩祢の眼と早苗の伏線を回収しようと思っています。
期待していた方がいたのでしたら申し訳ありませんorz
外伝まで待って下さい^^;
長くなりましたが、これまで支えて下さっていた読者の皆さん、そして月乃達には心から感謝しております。
「落ちていた魔導書。」の時も同じようなことを言った気がしますが気にしないで下さい(笑)
とにかく、本当にありがとうございましたm(__)m
まだまだ頑張りますので、これからもシクルをよろしくお願いいたします。




