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霊滅師  作者: シクル
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第六十七話「終幕」

 振り上げられた黒鵜の右腕に、素直に恐怖を感じた。身体は激痛で思うように動かせず、心は恐怖を感じている。

 明らかな――――屈服。

 月乃は勿論、亮太ですら身体を動かそうとしない。そう、動かせない以前に動かそうとしていないのだ。完全に、敗北を認めた状態だ。

 月乃の、亮太の心のどこかで「このままで良いのか?」と問いかける声があった。が、二人はそれを聞かなかったことにした。

 無駄だから。

 これ以上足掻いたところでこの戦いに勝機などない。無駄に苦しむよりも、このまま諦めて死んでしまった方が楽だ。二人共がそんな考えに至ってしまったのだ。が、それでは黒鵜に巻き込まれた人達はどうなる? 恐らくあのカプセルの中に貯蓄されているのは人間の生気、霊力、気などといった類の物だ。カプセルを破壊すれば持ち主の下に戻るハズだが……。

 ここで二人が諦めれば、巻き込まれた人間を助ける可能性はグンと低くなる。

 いくら詩祢や日奈子、金城や風間、協会の増援がいたところで、戦闘で疲労した状態では黒鵜に勝つのは厳しいだろう。それ故、ここで諦める訳にはいかない。

 諦める訳にはいかないのだが、動かそうにもダメージを受けた身体はそう簡単に動こうとはしない。

『ごめんね。亮太――――』

 月乃が呟き、黒鵜の右腕が二人の頭部目掛けて振り降ろされようとした時だった。

 ヒュンッ! と。風を切る小気味良い音がした。

「――――ッ!?」

 貫いている。一本の矢が、振り降ろされかけた黒鵜の右腕へだ。

「何……ッ!?」

 黒鵜は矢の効力のせいか、元に戻っている右腕を凝視し、驚愕に顔を歪めている。

 二人も、振り降ろされる直前で止められた右腕を見つめ、唖然としている。

 一瞬何が起こったのかわからなかった。

「月乃! りょーた君!」

 聞こえた声にピクリと反応し、二人は駐車場の入り口へと視線を移す。

「ご無事ですか!?」

 そこにいたのは、弓を構えて心配そうな顔をしている妃奈々と、同じく心配そうな顔でこちらを見ている楓であった。

『妃奈々ちゃんに……楓さん?』

「邪魔をしおってェェェッッ!!」

 黒鵜は雄叫びを上げると、右腕を再び変質させようとしたが、矢が効いているらしく、一向に右腕は変質しない。

 舌打ちすると、今度は左腕を変質させ、先程と同じ刃を作り上げる。

 そしてその左腕は地面のコンクリートへ突き刺すと、そのまますくい上げるように妃奈々達目掛けて振った。

 ボゴン! とコンクリートが音を立てて砕け、成人男性の拳大程のコンクリートの塊が妃奈々達目掛けて飛ばされる。

「きゃあっ!」

「妃奈々様!」

 幸い、直撃はしなかったらしく、コンクリートは妃奈々の足元へ埋まっている。

「妃奈々! 楓さん!」

「今度こそ終わりだァァァーッ!!」

 黒鵜が激怒で表情を歪め、左腕を二人の頭部目掛けて振り降ろそうとした。

 ――――刹那。

 ピッ! と。これまた風切る小気味良い音と共に、一枚の札が黒鵜目掛けて飛来する。咄嗟のことに、黒鵜は反応出来ず、その札は黒鵜の左腕へと貼り付いた。

「な――――ッ!?」

 バチバチバチッ! と電気の流れるような音と共に黒鵜の左腕が元の姿へと戻り、黒鵜は苦痛に顔を歪めている。

「これはァァァァァッ!!」

 絶叫する黒鵜をよそに、二人は駐車場の入り口へと再び視線を移す。

「つっきー! りょー君! 何やってんの!!」

「お前ら! ボーっとしてんじゃねえ!!」

 そこには巫女装束姿で、黒く長い髪が特徴的な女――――詩祢と、コートを着込んだ赤髪の男――――金城が立っていた。

 金城の方は激しく負傷しているらしく、立っているのがやっとだといった様子である。

『詩祢さんに……』

「金城さん……」

 呆然と二人を眺め、呟いている二人に、詩祢は喝を入れる。

「ボーっとしてる場合じゃないでしょっ! 私達が作ったチャンスを……黒鵜を倒せるチャンスを、絶対に無駄にしないでっ!!」

 詩祢の言葉にハッとなり、二人は目の前で苦しむ黒鵜へ視線を移す。

 右腕には妃奈々の放った矢が。

 左腕には詩祢の放った札が。

「お前らァァァァァ!!!」

 矢と札の効力らしい。黒鵜は満足に動けないようだ。

 最初で最後の、みんなで作ったチャンスだ。

「月乃!」

『亮太!』

 互いの名前を呼び合い、二人は立ち上がると、刀を構えた。

 最後の一撃を――――黒鵜に入れるためにだ。

「『おおおおおおおぉぉぉぉぉッッッ!!』」

 二人の声が重なり、刀が振り上げられる。

「ふざけるなァァァァッ!!」

 

 そして、刀は振り降ろされた。


 鮮血を飛び散らせつつ、黒鵜の身体は刀によって斬り裂かれた。

 亮太が、人の形をしたものを斬るのはこれが最後となるだろう。

「馬鹿な……ッ! 私が…………ッッ!」

 呻きながら、右手で斬り裂かれた胸部を押さえる。

 止めどなく血は流れ、黒鵜に「消滅」を悟らせた。

「こんな……後少しで……ッ!!」

 黒鵜の身体は、既に消えつつあった。徐々に消えていく足で、黒鵜はよろよろと水葉の肉体が横たわる場所へと千鳥足で向かった。

「水葉……水葉ァ……ッ!」

 大量の涙と血を流しながら、黒鵜は横たわる水葉の肉体へ倒れ込んだ。

 涙が水葉の身体を濡らし、血が水葉の身体を赤く汚した。

「ごめんな……ごめんなァ……!」

 空へと手をかざし、黒鵜はピタリと動きを止めた。肉体は完全に停止したらしい。

 今度は、魂だ。

 消えつつあった足から、段々と腰、腹部、胸と消えて行き――――


 黒鵜はこの世から姿を消した。


「終わった……のか?」

 月乃の身体から離れ、亮太がボソリと呟く。

「そう……みたいね。実感ないけど」

 そんな会話を交わしている間に、詩祢、妃奈々、楓、金城の四人は二人の元へと駆け寄って来る。

「終わったのね……」

 詩祢の言葉に、月乃はコクリと頷いた。

『ついこの間までひよっ子だった貴女達が、まさか黒鵜を倒すなんてね……』

 どこか嬉しげにそう言ったのは、妃奈々の中で眠っているハズの日奈子であった。

「お母さん……」

 表の人格は妃奈々のままらしく、妃奈々は不思議そうに首を傾げている。

『頑張ったわね』

「……うん」

 日奈子の言葉に、月乃が微笑んだ――――その時であった。

「お、おい! お前!」

「なるほど……な」

 呟いた亮太に全員の視線(楓は見えていないのだが)が集中する。

「亮太……アンタ……!」

 薄れているのだ。亮太の姿が。

 亮太の背後の景色が、亮太の身体を通して透けて見えるのだ。

 魂の――――帰還の時である。

「死因はわかった。仇は取った……なるほど。俺の未練はもうないってか」

 溜息を吐き、亮太は薄れて行く自分の身体を見下ろした。

「亮太……!」

 亮太が消え行くことを悟り、月乃の目から涙がこぼれる。

 当然だ。自分の人生を変えてくれた少年。

 友達のいなかった月乃を助けてくれた友達。霊滅師として共に戦ってくれた友達。月乃の霊恐怖症をもほとんど克服させてくれた友達。

 何より、同じ時を過ごした最高の――――親友。

「お、お前……泣くなよ!」

 月乃には聞き取れなかったが、亮太はボソリと「こっちが泣きてえの我慢してんのに」と付け足した。

「おい、亮太」

 亮太が金城へ視線を移すと、金城はニッと笑った。

「お前、結構強かったな。もっかいサシで勝負したかったが……もう無理か。俺のこと忘れんなよ?」

「ああ。絶対忘れない」

「りょーた君!」

 妃奈々が亮太に抱きつこうとするが、その両腕は空しく亮太をすり抜けた。

「妃奈々……妃奈々は……!」

「わかったから、そんなに泣くなよ」

 触れることが出来なかった。

 撫でようとした亮太の手は、空しく妃奈々の頭をすり抜けていく。

『亮太君、お疲れ様』

 日奈子の労いの言葉に、亮太は「ありがとうございます」とおどけた様子で一礼した。

「亮太さん……でしたね?」

 見えていないハズの楓から、初めて亮太へと言葉が発せられた。

「私には知覚することが出来ませんでしたが、貴方は月乃様と共にこの町を救った……。そう言っても過言ではないのです。ありがとうございました」

 楓には届かないとわかりつつも、「ああ」と亮太は言葉を返した。

「りょー君」

「詩祢さん……」

 ポロリと。詩祢の目から涙がこぼれた。

「泣いて――――」

「えっ!? あ、いやっ!」

 詩祢は慌てて巫女装束の袂で涙を拭う。

「な、泣いてないわよ? 泣いてなんか……」

 強がりつつも、詩祢の目からはボロボロと涙がこぼれていた。

「詩祢さん…………」

 初めて見た詩祢の一面に、亮太は苦笑する。

「亮太」

 最後は、月乃であった。

 少し落ち着いたらしく、ボロボロとこぼれていた涙は拭われていた。

「アンタのこと、死んでも忘れないから」

「……ああ」

「他にもいっぱい…………アンタに言いたかったこと……あるんだけど……」

 折角落ち着きかけていたというのに、またしても月乃の目からは大量の涙がこぼれ始めている。

「亮太……!」

 わかっている。

 もう二度と触れることが出来ないことなど、既に理解している。

 それでも月乃は、亮太の身体を抱き締めようと、両腕を広げた。が、空しく両腕は亮太の身体をすり抜ける。それが悲しくて、月乃の涙は余計に勢いを増した。

「……そろそろだ」

 亮太の姿はもう既に、ほとんど見えない程までに薄れている。

「亮太……」

「じゃあな。みんな……」

 亮太が、消えて行く。

 この世界から。


 ――――――――ありがとう。


 亮太が消える寸前、月乃は呟いた。

 それを聞いてか聞かずか、最後に亮太は、微笑んだ。

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