第六十六話「右腕」
敵意。殺意。殺気……己から相手に与えることが出来る全ての負の感情――――そう言っても過言ではない程の悪意が、今の黒鵜から二人に向けて放たれていた。
その圧迫感に、思わず二人は一歩退いた。
「城谷の小娘……。邪魔をするならお前もろとも消す」
『関係ないわ。私は……勿論亮太も、アンタなんかにはやられない』
ギロリと黒鵜を睨みつけ、二人は刀を構え直した。
「ほざくな……ッ!」
黒鵜は一層強く二人を睨みつけると、素早く二人の眼前まで迫った。
「――――ッ!?」
咄嗟のことに反応出来ずにいる二人の顔を、前から右手で掴むと、そのまま力任せに後方へと投げ飛ばした。
「な――――ッ!」
何とか二人は受け身を取り、地面への直撃を防ぐ。
「速ぇ……!」
素早く体勢を整え、二人は刀を構え直す。
「馬鹿共が……ッ!」
黒鵜が、勢いよく右腕を広げた。
『これは……っ!?』
二人は、黒鵜の右腕を凝視し、驚愕した。
黒鵜の右腕が徐々に変質していくのだ……。その様はまるで、先日亮太が悪霊化した時の右腕のようだった。
やがて黒鵜の右腕の先は鋭く尖り、刃を形成した。黒鵜の今の右腕はまるで、一本の刀の刀身。悪霊化した際の亮太と同じ物であった。
「行くぞ……」
黒鵜は素早く駆け、二人の眼前へ迫ると、右腕を横に振った。
すかさず二人は反応し、その右腕を刀で受ける。お互いの力は拮抗しているかのように見えたが、黒鵜の方が少しばかり上だったらしく、押し負け、刀を弾かれてしまう。
右腕を振り抜き、刀を弾いた黒鵜は右腕の刃先を二人の喉元目掛けて突き出した。
刀を弾かれて体勢を崩しつつも二人は素早く反応し、喉元を身体ごと左に反らし、それを回避する。身を屈め、黒鵜の懐へと入り込もうとするが、構えられた黒鵜の左手に気付き、二人は一度数歩退き、距離を取る。
「あの右腕……ッ!」
ギロリと。黒鵜の右腕を睨みつける。
『亮太……?』
「俺を殺した時の右腕だ……ッッ!」
亮太……そして感覚を共有する月乃の中に、亮太が殺された瞬間の映像が浮かび上がる。
深々と背後から突き刺された……刃と化した黒鵜の右腕。ドクドクと血を大量に流し、地面にその血を滴らせる亮太自身。徐々に意識が薄れ、亮太が「死」を体感させられた瞬間である。
「もう一度だ……。もう一度お前を、この刃で貫けば……ッ!」
凄まじい形相で、黒鵜は二人を睨みつけると、すぐに右腕の刃先を二人の心臓部目掛けて突き出した。
咄嗟に転がり、刃を避けると二人は素早く体勢を立て直し、黒鵜目掛けて斬り込む。が、その時だった。
「か……は……ッ!」
黒鵜の左足が、二人の腹部に食い込む。そのまま勢いで二人は横に吹っ飛ばされる。
ドッ! と鈍い音がして、二人の身体が肩から地面へ倒れる。
『ぐ……っ!』
肩に激痛が走る。
「悪足掻きならやめておけ……」
ゆっくりと。黒鵜は倒れている二人に歩み寄る。痛む肩を抑えつつ、二人は何とか立ち上がる。
「く……そッ!」
本来ならこの程度のダメージ、戦闘を続行する分にはさして問題ではない。が、今の二人はヘッドとの戦いの後だ。致命傷こそ負ってないものの、ヘッドから受けたダメージは決して軽い物ではない。正直、黒鵜と戦うにはいささか分が悪かった。
よろめきながらも刀を構える。
黒鵜は既に勝利を確信しているのか、悠然とした様子でこちらへと歩み寄って来ている。
「水葉の魂……! ついに取り戻す時が来た……ッ!」
先程まで亮太に対する憎しみで歪んでいた表情は、今や歓喜に満ち溢れていた。
「待っていろ……水葉……」
チラリと。黒鵜は横たわっている水葉の肉体へ一瞥をくれると、すぐに二人の方へ視線を移した。
「そろそろ、終わりにさせてもらうぞ……!」
二人の眼前まで迫り、ニヤリと笑うと黒鵜は二人を頭から両断せんと右腕を振り上げた。
「ざっけんなッ!」
ガキィンッ! と。金属同士のぶつかり合う音がして、振り降ろされた黒鵜の右腕は二人の刀によって防がれる。
『このまま……』
「やられてたまるかよッッッ!」
力を振り絞り、振り降ろされる黒鵜の右腕を防ぐ。が、体力の差は歴然だった。万全の状態であればまた違った戦いだった可能性は十分にある。しかし、今の二人は万全ではない。つい先程までヘッドとの戦闘だった上に、昨日はAAランクの危険度を誇る武者と戦っていたのだ。消耗していない方がおかしい。
「こん……のォ……ッ!」
何とか押し返そうと力を振り絞るが、一向に押し返せそうな気配はない。
黒鵜の方は未だに悠然とした態度である。
「無意味だッ!」
ゴッ! と鈍い音がして、黒鵜の右足が二人の腹部に食い込む。かなりの威力だ。腹部から激痛が全身に伝わり、口からは大量の胃液が吐き出され、ベチャベチャと音を立てて足元にこぼれていく。
両膝を地面に付け、激痛に呻き声を上げる。
「足掻かなければ、楽に終れたものを……ッ!!」
もう一度、黒鵜の右腕が二人の頭部を両断せんと振り上げられた。