第六十五話「目的」
「亮太っ! 亮太っ!」
気を失っている。それも立ったままでだ。
月乃は何度も亮太を揺さぶるが、一向に反応を見せない。
「アンタ……亮太に何をしたのっ!?」
男は月乃の問いに、クスリと笑った。
「思い出してもらっているだけだ。水葉についてな」
「水葉……?」
月乃は、目の間で横たわっている少女に一瞥をくれた。
彼女は亮太と何か関係があるのだろうか……。
「……一つ聞くわ。アンタは、誰?」
月乃が静かに問う。
「……黒鵜、黒鵜峰継」
男が黒鵜と名乗った瞬間、月乃の中の疑念が確信に変わった。やはりこの男、黒鵜であった。
「もう一つ良いかしら?」
黒鵜は静かに「構わん」と答えた。
「亮太を殺したのは……黒鵜、アンタなの?」
月乃の言葉に、明らかな怒気が込められた。
「その通りだが、それがどうかしたかね?」
ニヤリと笑い、問い返す黒鵜を睨みつけると、月乃は刀を鞘から抜いた。
「だったら――――私はアンタを許さないっ!」
月乃が刀を構え、黒鵜が臨戦態勢に入った……その時だった。
「待て……」
不意に、目を覚ました亮太が口を開く。
「亮太っ!」
少しよろめきつつも、亮太は月乃の前に立ち、黒鵜と正面から向き合う。
「……やっぱり、お前だったんだな」
黒鵜は答えなかった。ただ、亮太を睨むだけ。
「あえて聞くぞ……何故お前は俺を殺した?」
真剣な眼差しで亮太が問う。
「何故……だと?」
呟き、黒鵜はうつむいて肩を震わせ始めた。まるで、笑いをこらえているかのようだった。
数秒の沈黙。が、すぐにそれは破られた。
ガバリと顔を上げ、黒鵜が笑い始めたのだ。
「クハハハハハハハハッ! 何故だと!? 水葉のためだッ! お前ならわかるだろうッ!? 何故水葉のためにお前が邪魔なのかッ!! 先程見て来たハズだろうッ!? 黒沢亮太ァァァァァッッ!!!」
突如として態度を急変させた黒鵜に、月乃は驚愕の色を隠せない。
亮太は、狂ったように笑う黒鵜の姿を、静かに見つめていた。
「俺は……いや、俺の魂は、元々黒鵜水葉の物だ」
「――――ッ!?」
亮太の言葉に、月乃が絶句する。が、亮太は構わずにそのまま言葉を続けた。
「コイツは、そこにある水葉の身体に、再び魂を入れようとしたんだ。だが、既に水葉の魂は転生し、黒沢亮太としてこの世に生を受けていた……」
「じゃあ、亮太が殺された理由って……」
コクリと。亮太は頷いた。
「俺の魂を、一度黒沢亮太からゼロの状態に戻し、その状態の魂を水葉の身体に宿すことにより水葉を蘇らせようとしたんだ」
水葉の身体に一瞥くれると、亮太は言葉を続けた。
「だが、黒鵜には誤算があった――――そう、俺の霊化だ。霊化したせいでこの魂は黒鵜沢亮太として、現世に留まったんだ……。その結果、黒鵜は水葉を蘇らせることが出来なかった。だから、霊化した俺を消滅させて、一度黒沢亮太を現世から消す必要があった……そうだな? 黒鵜」
ピタリと。黒鵜が笑うのをやめた。
そしてギロリと亮太を睨みつける。
「――――ご名答だ」
突如として殺気を放つ黒鵜に、月乃と亮太は身構える。
「水葉の魂を、お前が……お前ごときがッ! ああ忌々しい!! 何故水葉が死んでお前達が生きている!? 何故水葉が死ななければならない!? 満足に病院へ連れて行くことも出来ず、薬すら与えてやれないッ!! 全てこの世界のせいだッッ!!」
会話の内容が滅茶苦茶だ。亮太に対して言っているのかと思えば水葉の死を悔やみ、最終的には世界が悪いと片づける。
この黒鵜という男、理性を保っているように見えるだけで、もしかすると既に理性を失っているのかも知れない。
しかし、黒鵜から感じられる狂気じみた感情の裏に、水葉への確かな愛情を感じ取ることが出来るのもまた事実ではある。
「既に……準備をは整っているッ! このカプセルに貯蓄された人間共のエネルギーと、水葉の肉体……そして――――」
黒鵜は巨大なカプセルと水葉に一瞥くれると、すぐに亮太の方へ視線を移した。
「水葉の魂……! 黒沢亮太……返してもらうぞッッ!!」
月乃が亮太の方を向くと、亮太はコクリと頷いた。
「月乃……多分、これで最後だ」
「そう……みたいね」
この事件の黒幕にして、亮太の仇。目の前にいる黒鵜峰継を滅すれば、亮太のこれまでの全てに終止符を打つことが出来る。
正真正銘――――亮太にとっての最後の戦いであると同時に、月乃にとって、亮太と共に戦うことが出来る最後の戦いでもある。
本当なら今までのことを反芻したりと、思い出に浸りたい気分なのだが、この状況下ではそれはままならないだろう。
「月乃、行くぞ」
「ええ」
月乃がコクリと頷いたのを確認すると、亮太は自分の身体を月乃の身体と重ね合わせた。
――――妙な高揚感があった。
城谷月乃と、黒沢亮太が一つになっていく感覚。
他意はなく、そのままの意味で一つになる。
視界が重なる。感覚が重なる。思いが、重なる。
「これが最後の憑依だ……月乃」
『……ええ!』
二人は、目の前の黒鵜に向かって刀を構えた。