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霊滅師  作者: シクル
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第六十四話「水葉」

 長く綺麗な黒髪。セーラー服に包まれた華奢な身体……否、華奢というよりは、痩せこけていると形容した方が正しい。

 右手には通学鞄、左手にはサツマイモの入ったビニール袋を大事そうに持っている。

「水葉……お帰り」

 先程まで真剣な面持ちでボールペンを組み立てていた男は、玄関の方へ視線を移し、少女の姿を見ると頬を綻ばせた。

「見てお父さん! これ!」

 少女は慌てた様子で靴を脱ぎ、男の元へと駆け寄ると、嬉しそうな表情でサツマイモの入ったビニール袋を男へ差し出した。

「近所のおじさんがくれたの! 結構大きいし、二つも入ってるよ!」

 長い髪を揺らし、はしゃいでいる彼女を見て男は微笑むと、サツマイモの入ったビニール袋を受け取った。

「じゃあ、今日はサツマイモだな」

「うん!」

 そんな会話をしている時だった。

 不意に、インターホンが鳴り響く。

「……またか」

 男は溜息を吐くと、立ち上がる。少女が「私が出るよ」と行こうとしたが、男はそれを制止し、右足を引きずりながら玄関へと歩いて行った。足が悪いらしい。道理で外で働かずに内職をしている訳だ。

 ドアを開けると、そこには中年女性が立っていた。

「黒鵜さん。家賃、まだなんですか?」

 半ば呆れた言い方だった。

『黒鵜……コイツがやっぱり……』

 ボソリと呟き、亮太の表情が険しくなる。

「はい、すいません……。もう少しでお金が入ると思いますので……」

 申し訳なさそうな顔で、男はペコペコと頭を下げる。

「あまり酷いと、出て行ってもらわなきゃなりますので……。急いで下さいね」

 少し申し訳なさそうに告げると、女性はペコリと頭を下げ、去って行った。

「あ、私がやるよ」

 少女は玄関まで駆け寄り、ドアを閉めた。男は「すまないね」と苦笑すると、机の方へ戻って行った。

 ドアを閉めた後、少女は台所で手を洗い、鞄を適当な位置へ置くと男の隣にちょこんと座った。

「もう少しだね」

 机の上に置かれたダンボールの中身と、男の手元に置かれている組み立て済みのボールペンを交互に見ると、少女はダンボールの中に入っているボールペンの部品を取り出し、自分の手元へ並べた。

「学校帰りで疲れているだろう。水葉は手伝わなくて良いから、休んでなさい」

 男の言葉に、水葉と呼ばれた少女は首を横に振った。

「ううん。私が学校に行けるのはお父さんが頑張ってくれてるおかげだから……」

 そう言って微笑み、水葉はボールペンを組み立て始めた。

 ボールペンを組み立てている彼女のか細い手には、幾つかのできものが出来ていた。

「水葉……その手は?」

 男が問うと、水葉は慌ててセーラー服の裾から出ている手を隠した。

「いや、えっと……大丈夫だよ?」

「……見せなさい」

 半ば強引に、男は水葉のセーラー服の裾を捲り上げた。

「……増えているじゃないか」

 白く、細い腕に、幾つものできものが出来ている。できものの周辺にかきむしった後がある。

 男は一瞬哀しげな表情をし、捲り上げた水葉のセーラー服の裾を戻すと、先程手渡されたサツマイモの入ったビニール袋を水葉へ渡した。

「それは、水葉一人で食べなさい」

「え……? でもお父さん、しばらく何も――――」

「良いから食べなさい」

 遮るように言うと、男はボールペンを組み立て始めた。

「良くないよ! それにこれ、おじさんもお父さんと二人で食べなさいって……」

「すまない。サツマイモは好きじゃないんだ」

 男は水葉の方を見ようともせず、ぶっきらぼうに答える。

「嘘! いつもそうやって食べないじゃない!」

 水葉は乱暴にビニール袋を男の傍に置くと、「もう知らない!」と玄関から外へ飛び出した。

「水葉……」

 男は、傍に置かれたビニール袋に一瞥をくれると、寂しげな顔をした。

『これは……』

 覚えがある。経験したことなど一度もないハズなのに、亮太には記憶があった。デジャヴュなどではない、確かな記憶だ。

『そうだ……この後俺は、結局寂しくなってココに戻るんだ……。結局サツマイモは一緒に食べた気がする……』

 ボソリと。亮太が呟くと、一瞬にして情景が変わった。

 机の上に置かれていたダンボールは机の下に置かれ、机の上には蒸されたサツマイモが二つ乗せられた皿が置かれていた。

 そのサツマイモを、男と水葉は笑顔で食べている。

『なんか、妙に甘かったんだよな……』

 呟き、サツマイモを食べている二人を眺めながら微笑する。

『そうか……俺は――――』

 そこで、再度情景が切り替わる。

「水葉……ッ!」

 亮太の視界にまず飛び込んだのは、先程より痩せ細った姿で仰向けに倒れている水葉の姿だった。

 倒れている水葉の顔を、男は涙を流しながら見つめている。

『――――お父さん』

 ボソリと。亮太が呟き、男の元へと歩み寄る。

 無論、亮太のことになど男が気付くハズがない。水葉の顔を見つめながら、男は泣き続けている。

『俺は――――』

 その瞬間、亮太の姿が一瞬にして変わった。

『私は――――』

 水葉。正にその場に倒れている少女の姿であった。

『私は、ココにいるよっ!』

 亮太――――否、水葉の言葉は、男には届かない。触れようと手を伸ばす。が、その手は男の身体をすり抜けていく。

『お父さんっ! お父さんっ!』

 徐々に、男が水葉から遠ざかって行く。

『お父さんっ!』

 近づこうと、手を伸ばしながら走っても、男からは遠ざかるばかりだった。

 ――――そこで、プツリと映像は途切れた。

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