第六十二話「自尊心」
「馬鹿……な……ッ!」
魔力を帯びた、それもそれなりに威力のある攻撃でなければ、ヘッドの魔力障壁は破られないハズであった。が、魔力を帯びておらず、ただ威力だけが強大な亮太の刃は、ヘッドの魔力障壁を破っていた。
「オオオオォォォォッ!!」
雄叫びと共に、亮太の刃はヘッドの右腕と胸部を深く斬った。
「が……ッ!」
ヘッドは持っていた刀をその場に取り落とし、左手で胸部の傷を押さえながらよろよろと後退する。
ドボドボと尋常ではない量の血液が、傷口から流れ、押さえている左手を真っ赤に染めた。血は左手を伝い、ポタポタと音を立てて地面へと滴った。
「こんな……ことが……ッ!」
地面に片膝を付き、ハァハァと呼吸を乱すヘッド。傷が深過ぎる。
ヘッドの体力は決して高いとは言えない。元々が科学者だったのもあるし、かじった程度の魔術に頼っていたせいもある。何より……
自分よりも圧倒的に強い存在がこの世にいるなどと、微塵も考えていなかったからだ。
今の一撃でヘッドのプライドは深く傷つけられ、心身ともにズタボロであった。亮太は、ヘッドの脆い自尊心を一撃で打ち砕いたのだった。
「ふざ……けるなァァァァァッッ!!」
傷口を押さえつつ、ヘッドは雄叫びを上げた。
対する亮太は、相変わらず虚ろな目のまま、ヘッドを見据えている。それを余裕と受け取り、ヘッドの怒りは増幅され、冷静さを奪った。
「お前ごときただの悪霊が、私より強いハズがないッッ!!」
亮太を強く睨みつけ、よろよろと立ち上がる。が、傷は深く、ヘッドがこれから満足に戦える訳がなかった。
「く……ァ……ッ! クそ……!!」
突如、左手で顔の右半分を押さえつつ、亮太は呻き声を上げた。
「ナんで……マた……ッッ!」
刃と化していた右腕は腕と刃の中間点のような存在となっていた。中指のあるハズの部分からは、鈍い光を放つ刀身が伸びていた。
亮太のその状態を好機と見たヘッドは、苦痛で表情を歪めながらもニヤリと笑った。
「死んで……もらいます……ッ!」
千鳥足で、ヘッドはよろよろと亮太の方へと歩み寄った。
「あれ……私……?」
起き上がろうと身体を起こすと、後頭部から痛みを感じた。
「痛……」
痛む後頭部をさすりながら、自分が先程まで気絶していたことに気が付く。
「何……これ?」
立ち上がり、目の前の光景に唖然とする。
まず一番初めに視界へ入ったのは、半悪霊化し、右腕を一部変化させてしまっている亮太の後ろ姿だった。次に、その亮太へよろよろと歩み寄る、深手を負ったヘッドの姿が目に入った。
「私が気絶してる間に……何が……!」
月乃が目覚めたことに気が付いたのか、亮太がこちらへ顔を向ける。
「月ノ……! 逃ゲろ……ッ!」
苦しそうな表情で、亮太は月乃へ逃げることを促した。
「亮太……っ! 何でまた悪霊化して……!」
月乃の脳裏に、先日悪霊化した亮太の姿が蘇る。
「私が……負けるハズがないッ!」
ヘッドは尚もよろよろと亮太へ歩み寄っている。
ヘッドの深手と亮太の悪霊化で、大体を把握することが出来た。恐らく、自分が気絶している間にピンチになった亮太が悪霊化し、何らかの方法でヘッドの魔力障壁を打ち破り、今に至るのだろう。
正直、悪霊化した亮太が気絶している自分を襲わなかったこと自体奇跡に近い。悪霊化している亮太は(亮太に限らず大抵の霊は自我を失う)自我を失っているため、見境なく襲う。その証拠に、先日は月乃が襲われた。
「消えてしまえェェェッッッ!」
雄叫びを上げ、亮太の眼前まで近づいたヘッドが右拳を振り上げる。
「亮太っ!」
すかさず月乃はヘッドの方へ駆け、間一髪でヘッドの身体へ突進し、亮太への攻撃を防ぐ。魔力障壁は本当に破られているらしく、ただの突進すら防げていない。
ヘッドは苦痛の声を上げつつ、その場にドサリと倒れた。
「邪魔をするな……ッ!!」
月乃は急いで落ちている自分の刀を拾い上げると、倒れているヘッドへ刃先を向けた。
「終わりよ――――ヘッド!」
ヘッドが口を開いたが、ヘッドが何かを口にする前に、月乃はヘッドへ刀を突き立てた。
ザクリと。刀が倒れているヘッドの身体へと突き刺さり、更なる血がヘッドの身体から噴き出た。
徐々に消えていくヘッドの身体に一瞥くれると、月乃は亮太の方へと急いで駆け寄った。
「亮太っ!」
月乃が駆け寄った時には亮太の右腕は既に元に戻っていたが、顔の右半分はまだ左手で覆われたままだった。
「月……乃……」
呟き、亮太はその場へドサリと倒れた。
「亮太!」
亮太の右手の指輪を見ると、まだ壊れていないことが確認出来た。が、指輪は既にボロボロで、少し力を入れて打ちつければすぐに壊せそうな程だった。
戦闘が続いているせいで、指輪にも限界が来ている。先程亮太が悪霊化したのも、指輪の効力が弱まっているせいだろう。
「亮太……」
呟き、月乃は悲しげな目で倒れている亮太を見つめた。
とある廃工場の広い駐車場で、男は立っていた。
目の前にある病院のベッドのような物の上で横たわる少女に繋がれた無数のコード。そのコードの先にある巨大なカプセルのような物の中には、青白いエネルギーのような物がほぼ満タンにまで貯蓄されていた。
「城野の小娘など狙わず、最初からこうして霊力を集めるべきであった……」
呟き、男は横たわる少女の頬にそっと右手で触れる。
「水葉……後少しだ」
愛おしげな表情で少女を見つめ、男は優しげに笑った。