第六十一話「暴走」
「月乃ッ! 月乃……ッ!」
何度も揺り動かすが、返事はない。が、死んでいる訳ではない。気絶しているだけだ。先程木へ頭部を強く打ちつけたのが原因だろう。
「他の用意は済んでいるようですので、後は……黒沢亮太、貴方が消えれば騒ぎは収まるでしょう」
やはり、ヘッド……否、黒鵜の狙いはあくまで亮太らしい。が、どうにも腑に落ちない。黒鵜が亮太を消そうとする理由が、思いつかない。生前、亮太に黒鵜との関係性はなかった。思い出すことの出来ない死ぬ直前の空白の記憶の間に、自分と黒鵜の間に何かあったのかと考えたが、その可能性は低い。
稜子の話から推察するに、黒鵜が殺害したのは亮太自身だと考えて間違いないだろう。だが、その動機がわからない。
霊化した今の亮太を消そうとしている辺り、殺しただけでは駄目なのだろう。恐らく、黒鵜は亮太のことが魂単位で邪魔なのだろう。
「ヘッド……だったな? 黒鵜は、何故俺を狙う……?」
「さあ? 私にはわかりません。興味もありません」
表情一つ変えずに地に足を付けると、ヘッドは言う。
「じゃあ……何で黒鵜に協力を……?」
「それもわかりませんね。我々人造霊はそういう風に出来てますから」
ヘッドは無表情で言っているハズなのに、何故か亮太にはその表情が寂しげに見えた。
「無駄話は終わりです。そろそろ消えてもらいますよ……。黒沢亮太……!」
ヘッドはゆっくりと、亮太に歩み寄る。
亮太は倒れている月乃の手から刀をもぎ取ると、構えた。
「ふざけんな……ッ! 理由もわかんねーまま理不尽に消されてたまるかッ! 俺が消える時は――――俺が決める!」
「貴方に限り、そういう訳にはいきません」
ヘッドは微笑すると、亮太目掛けて駆け出し、眼前まで来ると、亮太の腹部目掛けて右拳を突き出した。
素早く後退し、ヘッドの拳を避けると、亮太はヘッドの頭上に刀を振り下ろした。が、ヘッドは避ける素振りすら見せない。当然だ。こちらからの攻撃は全て――――
「魔力障壁が防ぎます」
バチバチと電気の流れる音がして、亮太の刀はヘッドに直撃する寸前で止められる。
「おおおおおッッ!!」
それでも退かず、亮太は刀を振り降ろさんと力を込める。
「無意味だと……」
ガッシリと。ヘッドは亮太の刀を握る両手首を握った。
「言っているでしょう!」
突如として、両手首から亮太の身体に膨大な量の力が流し込まれる。
「あああああッッ!!」
刀を取り落とし、亮太はその場に両膝を付いた。
「魔力を身体に霊体に流し込んだだけですが……魔術に耐性のない相手だとこうも効くんですね……」
ニヤリと。倒れ伏す亮太を見てヘッドは笑った。
ヘッドは落ちている刀を拾うと、逆手に持ち、倒れている亮太に刃先を向けた。
「チェックメイトです。黒沢亮太……。そろそろ消えてもらいましょう」
刀を防がなければ。このままでは亮太は消されてしまう。起き上がり、刀を防ごうとする。が、身体中に走る激痛が、亮太にそれを許さない。倒れ伏したまま、起き上がることが出来ない。辛うじて動くのは指先くらいのものだ。
「ふざ……けんな……」
ボソリと呟き、亮太の意識は遠のいた。と、同時に、亮太の右手にはめられた指輪に、新たな亀裂が入った。
後は、突き刺すだけ。黒沢亮太を滅するには、この刀を突き刺すだけだ。
ゆっくりと刀を降ろして行く。が、ピタリと。ヘッドは刀を止めた。
「……ッ!?」
魔力を流され、瀕死状態のハズの亮太から、妙な威圧感を感じる。
「これは……?」
ゆらりと。亮太は起き上がった。
おかしい。先程まで指先程度しか動かせなかった亮太が、何故に今こうして立ち上がることが出来るのだ。
ダランと手と頭をだらしなく垂らし、ゆらゆらとこちらへ近づいて来る。
何やら言い様のない危険を感じたヘッドは、素早く後退し、亮太から距離を取る。
「どういうことなんですか……!?」
ヘッドの問いには答えず、亮太はゆらりと顔を上げた。
「な……ッ!?」
右目の色が、反転している。
「アァ……ッ」
焦点の合わない虚ろな目、徐々に変質しつつある右腕。
その姿は、まるで――――悪霊。
「ルァァァァァッ!!」
雄叫びを上げ、変質した右腕を横からヘッド目掛けて振る。
「――――ッ!?」
素早く後退し、振られた右腕を凝視し、絶句する。
まるで刀。鋭く尖った刃、人間の身体ではあり得ない。が、その刃は亮太の右腕と繋がっている。
先程まで悪霊ではなかったハズが、突然の悪霊化。一体どういうことだ。
不可解だが、気にしている余裕はない。先程までの亮太とは違い、隙がない。
「ラァァァァッッ!!」
駆け出し、亮太は鋭い刃をヘッドへと突き出した。
右に避けたヘッドを追うように、亮太はそのまま刃を右に振った。
「しまった……!」
魔力障壁があるというのに、悪霊化した亮太の攻撃を避け続けていた理由。
「ガァァァッ!」
規格外の威力で、魔力障壁を破壊される可能性が高いからだ。
「く……ッ」
バチバチと。電気の流れるような音と共に、刃が止まってはいるのだが、どこか心許ない。
「ヴォォォォォォッ!!」
バキン! と、何かが砕ける音がして、ヘッドの魔力障壁は壊された。