第六話「初仕事」
空が真っ赤だ。詩祢はいつもこの時間になるとそう思う。
赤は嫌いじゃない。情熱的で、燃えるような赤。今、空はそんな色に染まっている。
箒を止め、空を見上げる。
「赤って……血を連想しちゃいそうだわ」
ポツリと呟く。そしてすぐに箒をせっせと動かし、掃除を続けた。
「詩祢さーん」
どこからともなく少女の声が聞こえ、詩祢は振り返った。
着物姿の少女が、一枚の紙を片手にふわふわと浮いていた。
「菊、どうしたの?」
菊と呼ばれた着物姿の少女は手に持っていた紙を詩祢に手渡した。
詩祢はそっとその紙を受取ると、まじまじと眺めた。
「除霊依頼です」
「こんなはした金で除霊させようっていうの……!?」
そう言って詩祢は紙を睨みつけた。
「いやいや、別に詩祢さんお金に困ってないじゃないですか。それに、巫女さんがお金欲しがるってどうかと思いますよ」
菊は腕を組み、うんうんと一人で頷く。
「いいえ、菊。巫女でもお金は欲しいのよ。あればある程幸せだもの。やっぱり世の中銭ズラ……」
「銭ズラって……銭ゲバじゃないんですから……」
菊は呆れ顔で溜息を吐く。
「まあ、冗談よ」
「あんまり冗談に見えませんでしたよ……」
詩祢は紙を丁寧に畳むと、菊に手渡した。
「今晩、行くわよ」
「期限、一週間ですよ?」
「厄介事は早めに片付けておく主義なのよ」
「そうでしたね」
菊が微笑むと、詩祢もつられて微笑んだ。
月乃は、稜子に手渡された紙を見て、心底嫌そうな顔をした。
隣では亮太が興味深そうに紙を覗いている。
「嫌です」
キッパリと言うと、月乃はその紙を稜子に手渡した。
稜子は一旦紙を受取り、すぐに月乃に渡した。
「霊滅師としての初仕事じゃ。危険度はCじゃし、場所はお前の学校、大したことはないじゃろう」
ちなみに危険度とは、霊滅師の仕事の危険さを現すランクであり、上からS、AAA、AA、A、B、CでSが最も危険であり、Cは最も安全である。
「夜の学校なんて絶対行きたくない!」
「良いじゃん、夜の学校って肝試しみたいで」
笑いながら言う亮太を、月乃はキッと睨みつけた。
「私が生まれてきてから肝試しで何度気絶したと思ってるの!?」
知らねえよ、と答えようとしたが亮太は慌てて抑える。
刺激するのはまずいし、簡単に想像がつく。恐らく肝試しの度に気絶していたのだろう。
「依頼主は誰なの?」
「校長じゃ」
月乃は心の内で「あのハゲめ」と悪態を吐いた。
「亮太もおるし、問題はないじゃろう」
「そうだけど……」
怖い。ただ単純に。夜の学校と言う空間そのものが怖い。が、承諾せざるを得ないだろう。
恐らく、稜子の次の台詞は……
「やりなさい。それとも出家するかい?」
「やります。勘弁して下さい」
月乃は畳に手をついて頭を下げた。
夜の学校。
様々な噂や都市伝説のある学校という場所だが、どの噂も都市伝説も舞台は基本的に夜。
人が眠り、魔が目を覚ます時間―――
「もう無理。入れない」
校門の前でピタリと。月乃は足を止めた。
「ハァ?まだ来たばっかじゃねえか」
隣で浮いている亮太は溜息を吐いた。
「代わって」
「早い早い。俺が代わんのは戦闘になってからだ」
「ケチ」
プイっとそっぽを向くと、月乃は恐る恐る歩き出した。
校長には話が通っているので校門は開けてあるので、難なく中に入ることが出来た。
「出そうだな……霊」
「もう出てるじゃない。私の横に」
「……そうだったな」
そんな会話をしながら、月乃は下駄箱で上履きに履き替えて校内に入った。
「場所、どこだったっけ?」
「理科室だよ。今日授業やっただろ」
理科室……。昼間にやった授業を月乃は思い出す。
今夜除霊しなければならないのはあの自縛霊なのだろうか……。
昼間に見た時はこの間見た時より落ち着いていて、ただそこにいるといった感じだった。
無理に除霊する必要もなさそうだが、稜子の話によるとあの自縛霊は最近霊感の弱い生徒にも見え始めたらしい。
元々霊感のない人間は問題ないのだが、少しでも霊感があったり、才能があったりするとちょっとした霊との接触で酷い目に合う可能性が高いらしい。
除霊しておくのがやはり最良だろう。
「悪霊化せずに、話し合いで解決出来れば良いな」
「そうね……。さっさと終わらせて帰りたいわ」
そう言って月乃は肩に背負った荷物を持ち直す。
白い布に包まれた長めの棒……ではなく、正真正銘の刀である。
本来なら銃刀法違反だが、霊滅師には適用されない。
除霊に必要なのであれば除霊時のみ、武器の携帯を許可される。
「行きましょう」
先を行く月乃の後ろを、亮太は浮いたままついて行くのだった。
「菊、理科室の位置わかる?」
「わかる訳ないじゃないですか……」
詩祢は「ハァ」と溜息を吐いた。
「そうよね……。私も貴女も初めてだものね……。例えるなら数学を知らない人にグラフの座標を探させるようなものだわ……」
微妙にわかりづらい例えである。
「とにかく行きましょう。きっと雰囲気でわかりますよ理科室くらい」
「そうね……。でもホントにこんな所でやる除霊が危険度Aなのかしら?学校にいるのは大抵低級霊のハズなのだけど……」
「まあ、行けばわかりますよ」
「そうね」
そう言って詩祢は、背中に白い布で覆われた荷物を背負い、校内を歩き始めた。