第五十八話「復讐」
「ギア? ああ、さっきもそんなこと言ってたな……。一気に霊力が強まったが、それの最大をやってくれるってことか?」
金城はネックの問いに答えもせず、右拳と左の手の平を合わせた。
霊力を抑制するようになって以来、完全に解放するのはこれが初めてだ。抑えつけていた霊力が、徐々に体中へと流れていく感覚。なら正座の際に圧迫されていた血管が、正座を崩すことによって解放され、血液が隅々まで行き渡る時のような、そんな感覚だ。
金城に何度も蹴られ、ボコボコになってはいるものの、余裕の表情を見せていたネックの顔が強張っている。金城の変化に気が付いたのだろう。
「お前には……消えてもらうッッ!!」
――――刹那。金城の姿がネックの目の前から消えた。
「な――――ッ!?」
ネックが気が付いた時には既に金城は目の前にいた。
慌ててネックは斧を振ろうとするが、遅過ぎた。
腹部目掛けて金城の右拳が凄まじい勢いで突き出された。
「がァ……ッ!!」
その勢いでネックは後ろに激しく吹っ飛び、先程倒された木よりも遠方の地面へ背中から着地した。
すかさず金城も吹っ飛んだネックを追いかける。
「調子に乗るなァーッ!」
ネックは素早く立ち上がり、眼前まで迫って来た金城目掛けて斧を横に振った。が、金城は避けようともせず、悠然とした表情で斧の柄の部分を左腕で止める。
二であれだけ優位だったのだ。三、つまり最大まで上げれば――――ネックごとき敵ではない。
「馬鹿が」
吐き捨てるように言うと、金城はネックの腹部目掛けて右膝蹴りを喰らわせる。
「頑丈だなお前……。俺はお前が消え去るまでぶちのめすつもりだ……。頑丈だったこと、後悔することになるぞッ!」
この後は、「圧倒的」としか表現出来ない戦いであった。
顔面に、腹部に、腕に、足に、身体中の至る所を金城は殴打した。
殴って殴って殴って。蹴って蹴って蹴って。心の芯から溢れる憎悪に任せて金城はネックの身体を全力で痛めつけた。
「が……ァァ……ッッ!!」
呻き、ネックはその場にドサリと倒れた。再起不能に見えなくもないが、まだ微かに指がピクピクと動いている。
「ハァ……ハァ……終わりだァッ!」
霊力を一気に解放したことによる疲労で、肩で息をしながら、金城は拳を振り上げた。
「随分と……お疲れじゃねえか……? えぇ?」
金城が倒れているネック目掛けて右拳を突き出そうとした時だった。
ゴロリと。ネックが身体を右に頃がし、金城の拳が地面を突いた。
「随分、遅くなってるぜ……」
「なに……!?」
ギアを最大限まで上げると、急な変化に身体が耐えきれず、体力も霊力も一気に消耗してしまう。そのため、滅多なことがなければ金城はギアを最大にまで上げない。
激情に任せて最大限まで上げたが、正直なところネックを倒すには二段階目で十分だった。が、既にネックは虫の息だ。消耗してはいるが、今のネックを滅することが出来ない程ではない。
「やれ……よ。ほら……妹の……仇なんだ……ろ?」
散々殴打され、既に原形を留めていない程に変形した顔でニヤリとネックは笑って見せた。確実に滅せられるというこの状況下で、何故そんな表情が出来るのか、金城には皆目見当がつかなかった。ただ、苛立つ。自分の求めた復讐の相手が、既にボロボロの状態であるというのにニヤニヤと余裕を持って笑っている――――気に入らない。
「言われなくても……ッ!」
金城は倒れているネックの手から強引に斧を奪い取り、振り上げた。
「消してやるッ!! お前がみんなを殺したのと同じ方法でなッ!」
――――振り降ろす。
ネックの首目掛けて、金城は斧を振り降ろした。
ぐちゃりと。嫌な音がして、金城の首は胴体と切断された。
返り血が金城の頬とコートに飛び散る。
「ハァ……ハァ……」
斧を放り、胴と首とで切断されたネックに一瞥をくれる。
ネックの身体は足元から徐々に消えていっている。滅することが出来た証拠だ。
「終わっ……た……?」
ドサリと。金城は地面に両膝を付いた。
滅した。自分の人生を狂わし、故郷の人々や家族を奪ったこの男への復讐を、遂に果たしたのだ。が、素直に喜べない。何やら違和感を感じる。いくら金城がこの日のために修行を積んだとは言え、余りにも呆気なさ過ぎる。ギアの解放で確かに金城もかなり消耗しているが、ネックから受けたダメージはゼロに等しい。これなら別に必死で修行するまでもない相手ではないか。
既にネックの身体は消えており、その場にいるのは金城だけとなった。
妹の首を故郷の墓まで持ち帰りたかったが、今は月乃達を援護しに行くことが優先だ。
疲労しているとは言え、何の役にも立たないということはないだろう。
金城は立ち上がり、その場を後にしようとした――――その時であった。
「――――ッ!?」
突如感じる気配。それもただの気配ではない。先程倒したハズのネックの気配だ。
「馬鹿な……!?」
キョロキョロと辺りを見回すが、ネックの姿は見当たらない。当然だ。消え行くところまで見届けたのだ。いるハズがない。が、今感じる気配は紛れもなくネックのものであった。
「どういうことだ……」
金城が呟いた時だった。
ブン! と風を切る音と共に、金城の背中に激痛が走る。
「ぐ……ゥッ!」
何かで切られた。刀ではない。切られる瞬間に感じた重量感からして――――斧。
激痛で身をよじらせながらも背後を振り返る。するとそこには……
「斧……ッ!?」
先程金城が放った斧が宙に浮いていた。