第五十七話「憤慨」
バタバタと。何羽もの鳥達が飛び立つ音が聞こえた。
「まあ落ち着けよお兄ちゃん。そう恋しがらなくても、今からすぐに妹の所に行けるんだからよぉ」
そう言ってニタニタと笑うネックを、金城はギロリと睨みつけた。
「ちょっと待ってろ……ッ」
金城は足元に転がっている首――――妹の首を丁寧に拾い上げると、近くの木の傍に置いた。
まるで絹糸のように美しかった妹の赤髪は、今では血がこびり付き、手入れされていないがため、荒れに荒れている。
金城は、妹の首を哀しげに見つめ、一滴。涙をこぼすと「必ず、村に連れて帰る」そう呟き、ネックの方を向いた。
「気は済んだか?」
「いや……お前を消すまで、俺の気は収まらない」
「そうかい」
ネックは斧を持ち上げ、ニヤリと笑った。
「そんじゃ、始めようぜェッッ!!」
ネックは叫ぶと同時に、斧を金城の頭部目掛けて横に振った。
すかさず金城が身を屈め、斧を避けると、そのまま斧は金城の隣にあった木の幹に食い込む。
「チッ」
舌打ちし、ネックが斧を引き抜くと、ミシミシと音を立てて木は金城のいる位置と反対方向に倒れた。どうやら斧は結構深く食い込んでいたらしい。
あんなものが頭部に直撃していれば、確実に金城の頭は砕かれていただろう。
「悪いな。デカい斧に変えたせいで首飛ばすのは無理そうだぜぇ」
ネックは下卑た笑みを浮かべながら、今度は斧を縦に振り上げた。
「そんな大振りの攻撃が当たるかッ!」
金城は、斧が振り降ろされる前に素早くネックの懐まで入り込み、腹部へ右拳をぶち込んだ。
「が……ッ!」
呻き声を上げるネックなど気にも留めず、空いている左拳をネックの顔面目掛けて思い切り叩き込む。
呻き声を上げる隙すら与えず、一歩退き、前蹴りで思い切りネックを蹴り飛ばした。
「がァッ!!」
そのままネックは吹っ飛び、後方の木に背中から激突する。
「ギアを――――上げるぜ」
ギアの段階を、一つ上げる。二。フットと戦った時と同じだ。
「ぐ……!」
呻きながら立ち上がろうとするネックのすぐ傍まで素早く駆け、顔面目掛けて思い切り右足を突き出した。
メキィッ! という大きな音と共に、ネックの頭は木の幹に食い込んだ。
「ちょ……やめ……ッ!」
頭を木の幹に食い込ませたまま、ネックは両手の平を前に突き出し、拒否のポーズを取る。が、その行為は金城の怒りのボルテージを上げるだけであった。
「お前は…………ッッ!」
ギリリと。金城は歯軋りをし、ネックを睨みつけた。
「そうやって助けを求めた人達を、何人無惨に殺したと思っているッッ!? 自分の時だけ助けてもらえると思うなこの屑がァァァァッッ!!!」
咆哮し、再度ネックの頭部を右足で蹴り付ける。
「お前がッ!」
三発目。
「いなければッ!」
四発目。
「舞はッ!」
五発目。
「村のみんなはッ!」
六発目。
「父さんも母さんもッ!」
七発目。
「死なずに済んだんだァァァァッッ!!」
八発目。そこで幹に限界が来たらしく、メキメキと音を立てて木はこちらへ倒れて来た。
金城は素早くかわすが、蹴られていたネックはそのまま木の下敷きになる。
「ハァ……ハァ……」
呼吸を乱しながらも、金城は倒れた木の下敷きになっているネックを睨みつける。
気配は消えていない。まだ滅せていないようだ。
「人が下手に出てりゃ調子に乗りやがってぇ……」
パラパラと。木屑が倒れた木から零れ堕ちる。
倒れている気を持ち上げ、ネックが立ち上がった。
「いい加減にしろよ小僧ォ……!」
ネックは持ち上げている木を乱暴に隣に投げ落とすと、自分の足元に落ちている斧を拾い上げた。
「テメエの家族や村のことなんざどうでも良いんだよ……ッ」
吐き捨てるように言うネックを、金城は一層強く睨みつけた。
「どうでも良い……だと……ッ!?」
人の家族を殺し、村を壊滅させておいてどうでも良い。その言葉に、金城は激しい怒りを感じた。否、怒りなどあの日からずっと感じ続けている。一層、増しただけの話だ。
「ああどうでも良いねッ! 過去に殺した人間なんざダンゴムシの足の数よりどうでも良いッ!」
ネックは持っている斧で、ズシンと足元の地面を叩いた。土が飛び散り、その部分に窪みが出来る。
「俺が殺すのはな、お前らが食事をするのと変わんねえんだッ! お前らが腹減ったら飯食うのと同じで、俺は殺したくなったから殺したッ! それ以上でも、それ以下でもねえッ! お前が魚を食ったからって魚が復讐しに来るか? 来ねえだろ? 俺にとっちゃ他人はお前らで言う『魚』なんだよッ! お前らが魚食うのを当然だと思うように、俺がお前らを殺すのは当然なんだよッッ!!」
暴論だ。自己中心的とか、そういう次元ではない。この男、根本からおかしい。狂っている。
「いけしゃあしゃあとよくもまあそんなことが言えるな屑野郎……ッッ! テメエを消すのに何の遠慮もいらねえことを再確認出来たぜッッ!」
金城は構え直し、「ギアを、最大まで上げる」と呟いた。