第五十六話「仇敵」
「こ、これ以上は……っ!」
前を見ても右を見ても左を見ても後ろを見ても悪霊、悪霊、悪霊。そんな状況が続いていれば、誰だって精神的に疲労はする。その上その大量の悪霊達と戦い続けているのだ。肉体的な疲労も半端なものではない。
風間は、肩で息をしながら銃のマガジンを取りかえる。これで最後だ。もう弾はない。
「こんっのぉぉぉっ!!」
叫び、悪霊共の頭部に弾丸をぶち込む。一体、また一体と倒れていくが、数が減る気配はない。
悪霊が、風間目掛けて跳びかかって来た。
風間は身を屈めてそれを避け、跳んでいる悪霊の頭部に弾丸をぶち込む。呻き声と共に悪霊は空中で消えた。
すかさず風間は背後から駆けて来る悪霊の頭部にも弾丸をぶち込み、その間に風間のすぐ傍まで来ている悪霊を蹴り飛ばし、倒れたその悪霊の腹部を踏みつけ、頭部に弾丸をぶち込んだ。
「まだまだぁっ!!」
眼前まで迫って来た悪霊の頭部に銃を向け、弾丸を放とうとした時だった。
「な――――っ!?」
カチッ! と音がするだけで、トリガーを引いても弾丸は放たれなかった。
――――弾切れだ。
「嘘でしょっ!」
何度もトリガーを引くが、鳴り響くのは銃声ではなく、空しい金属音だった。
「オオオォォッ!」
悪霊が風間の頭部に触れようとした――――その時だった。
パァン! と。銃声が鳴り響き、目の前の悪霊が倒れた。無論、風間の銃ではない。
慌てて振り返ると、そこには黒い車と、数人の男が立っていた。
恐らく、協会からの増援だ。
「風間さん……ですね? 城谷様からの報告で協会から参りました」
「え、ええ……。ありがとう」
「礼には及びません。それより、これを……」
風間が礼を言うと、男はマガジンを数個取り出し、風間に手渡した。
「これでしばらくは大丈夫でしょう」
そう言うと男は、銃を構えた。それに続いて、他の男達も銃を構える。
「よし……やるわよっ!」
風間の掛け声と共に、銃声が鳴り響いた。
無数に生い茂る木……とは言っても、薙刀村の森程ではない。
日奈子にあの場を任せ、廃工場に向かっている亮太達は、人食い屋敷付近の森の中にいた。この森の奥に、黒鵜がいるという廃工場がある。
「この辺は、悪霊少ないな……」
亮太の言葉に、月乃はコクリと頷いた。
「黒鵜が近くにいる……証拠かもね」
隣で金城も「そうだな」と頷いた。
「本当に黒鵜がいるなら、恐らくお前らの言ってた人工霊とやらも出て来るだろう……。気を抜くなよ」
金城の言葉に、月乃と亮太はコクリと頷く。
人工霊……。ヘッドと名乗ったあの少年。数日前の月乃達では、まともに触れることすら出来なかった相手だ。いくら武者との戦いで力を付けているとは言え、今から戦って勝てる可能性は高くない。それに、金城の話では人工霊はヘッドの他にもいるらしく、金城はその内の一人と、月乃達が武者と戦っている間に戦ったらしい。
それからしばらく無言で歩き続けた。
廃工場は以外に遠く、焦る三人の気持ちを逸らせた。
「――――ッ!?」
不意に、金城の顔付きが変わる。
「金城さん! 近くに……!」
「ああ、わかってる!」
月乃にもわかる。付近に、強力な悪霊がいる。亮太も気付いたらしく、辺りをキョロキョロと見回している。
「よぉ」
「――――ッ!」
不意に背後から聞こえる声。金城は素早く振り返り、後退する。
「そんなに驚かなくても良いだろ? 俺らの仲じゃねえか……」
大柄な、映画で見たフランケンシュタインの怪物みたいな男だった。筋骨隆々とした肉体に、大きな縦長の頭。流石にネジは付いていないが。
しかしこのフランケン男。先程金城に「俺らの仲」と言った。生前、金城の知り合いだったのだろうか……。だとすれば、このフランケン男が人工霊である可能性は低い。
「俺らの仲……だと?」
眉間にしわを寄せ、尋常ではない表情で金城がフランケン男を睨みつけている。
「おぉ。そうだ。久しぶりだなぁ」
ニタニタと笑うフランケン男を、金城はギリギリと歯ぎしりをしながら睨みつけている。
「お前ら、先に行け」
「え?」
不思議そうな顔をする月乃達に、金城は「早く行けッ!」と怒鳴りつける。
「わ、わかった! 行くぞ、月乃!」
「あ、うん!」
亮太に連れられ、月乃は走って廃工場へと向かった。
「おいおい。あの少年、俺の獲物なんだぜぇ? 逃がしてんじゃねえよ」
「黙れ殺人鬼……! 何人殺せば気が済むんだッ!?」
目の前のフランケン男に対する憎悪、嫌悪感。それと同時に、ようやく出会えたという高揚感もあった。
「まあいい。お前に会えたのは幸運だ。あの時は……」
そう言ってニタリと笑い、後ろに隠し持っていたであろう全長一メートル程の斧を取り出した。
「殺し損ねたからなぁ」
腸が煮えくりかえる程の思いであった。金城は拳をギュッと握りしめ、フランケン男を睨みつける。
「捜したぞ……ッ!! 古川……ッッ!」
「その名前はやめろ。今の俺は、黒鵜に雇われた首だ」
吐き捨てるように言い、「ま、ネックってのは黒鵜が名付けたんだがな」と付け足した。
「それより、俺もお前に会いたかったぜぇ。公洋お兄ちゃん」
ネックと名乗ったフランケン男がニタリと笑い、どこからか取り出した小振りなメロンくらいの大きさの物を、金城の足元に投げ捨てた。
「これ……は…………ッッ!」
足元の、投げ捨てられたソレを見つめ、金城はわなわなと肩を震わせる。
足元にあるのは、恐怖で可愛らしい顔を歪めた、金城と同じ赤い髪をした――――少女の頭部であった。首元には血がこびり付き、赤い髪にも所々色素の違う赤――――血がこびり付いていた。
「舞…………ッ」
足元の少女の頭部を見つめる金城の目の前で、ネックはニタニタと笑っている。
「貴様ァァァァァァッッ!!!!」
金城の叫びが、森の中で木霊した。