第五話「再憑依」
目の前に広がる光景に、月乃は絶句した。
知識としては知っていたが、まさかこれほどまでに禍々しいとは思わなかった。
―――霊魂の悪霊化。
自我が崩壊し、幽霊の姿を保てなくなった霊魂があやふやな形のまま数日経過するとこうなる。こうなってしまっては話し合いなど出来ない。強制成仏させるしかこの霊魂を救う方法はないのだ。
不意にドサリと。目の前の不良達が倒れる。
悪霊の瘴気に当てられたのだろうか……。
『ア……ァ……』
人。全体的には人と変わらぬ姿であった。が、明らかに人とは違う部分がある。
彼(見たところ男性のようなので便宜上彼と呼ぶ)の死因は焼死だったのだろうか……。体中が焼け爛れており、服はあちこち破れている。服かどうかすら怪しい。
そして、腕だ。両腕が巨大な斧のようになっている。恐らく、生前の彼にとって強い力のイメージは「斧」だったのだろう。悪霊化すると、生前の恐怖や、力へのイメージが姿に顕著に現れるのだ。
「…………」
月乃は恐怖で何も言えずに一歩退いた。確実に殺される。
それ以前に、襲いかかられでもしたら気絶してしまう。
「おいおい……!」
月乃の目の前で霊魂が完全に悪霊化した。
亮太は少し離れた所からそれを見ていたため、悪霊には存在を気付かれていない。が、問題はそんなことではない。
このまま放っておけば確実に月乃は気絶し、あの悪霊の餌食となるだろう。
無論、不良達もだ。
流石にそれはまずい。
あの悪霊を止めなければならない。
前回の白猿同様、月乃に憑依して戦おうかとも考えたが、それはまずい。余計に怒られる。
このまま戦っても良いのだが、正直月乃を守りながら戦うのは相当厳しい。
やはり、憑依が一番だ。
「あ〜! 糞ッ!」
亮太は悪態を吐きながらも月乃の方へと飛ぶのだった。
怖い。純粋にそう感じた。
『ァ…………ァア……』
まだ悪霊は行動していない。腕を振り上げたりもしていない。が、怖い。
姿そのものが怖い。
月乃は、額に嫌な汗が流れるのを感じた。
ダメだ。また気絶する。意識を保てる自信がない。
また、また私は―――――
そこまで考えた時だった。
「おーい!!」
不意に、亮太の声が聞こえる。ハッと我に返り、振り向く。
「あ、アンタ……」
「おい、俺と代われ」
「……ハァ!?」
「俺と代われって言ってんだ! このままじゃお前死ぬぞ!!」
亮太の剣幕に押されながらも、月乃は反論する。
「アンタに好き勝手身体使われるくらいなら死ぬわよ!!」
ただの強がりだ。自分でもわかっている。それでも、何故か亮太に身体を使わせることをちっぽけな自尊心が許さない。
「お前が意識さえ失わなきゃ俺に好き勝手はさせられねえだろ!? 俺と代われ!」
「何でそんなにこだわるのよ! 私は助けてくれなんて言ってない!」
「うるせえ! 目の前で死にそうな奴見つけて、放っとくなんて出来るかよ!」
真摯な眼差しで、亮太は叫んだ。
「死んだら……。生きてる内に出来てたこと、もう出来なくなるんだぞ」
死んでいるからこそ、亮太だからこそ言える言葉。故に、真剣に受け取れた。
「もう一度頼む。俺と代わってくれ」
『アァ……アァ』
そんな会話をしている間に、悪霊はこちらに少しずつ近寄って来る。重そうな両腕をずりずりと引きずりながら……。
「わかった……わよ。戦う時だけだからねっ!!」
「ありがとう」
亮太は礼を言うと、すぐに月乃の中へと入っていった。
あの時と同じ感覚。一つになる感覚。何故か非常に心地良かった。
『アァーーッ!!』
遂に悪霊が雄たけびを上げ、右腕を振り上げ、月乃に向かって振り下ろした。
間一髪月乃の身体の亮太(以下亮太)はそれを横っ跳びに避ける。
斧のような右腕が、地面を破壊した。
「さぁて……。俺と遊ぼうか、この斧野郎ッ!」
キッと。亮太は目の前の悪霊を睨みつけた。
『気をつけて! そいつとろいけど、威力が半端じゃないわ!』
不意に、月乃の声が聞こえて、亮太は目を丸くした。
「お前、気絶してないのか?」
『何かよくわかんないけど、アンタが主導権握ってる時は大丈夫みたい』
「ホントによくわかんないな……」
亮太はそう呟き、再度振り下ろされた悪霊の腕をひらりと避けた。
すかさず悪霊は空いている左手を亮太目がけて横に振る。
亮太は身をかがめてそれを避けると、悪霊の懐へ潜り込んだ。
「遅ッせえんだよ!!」
悪霊の腹部に右足で思い切り蹴りを入れると、ズシンと音を立てて悪霊はその場に倒れた。
『倒した……の?』
「まだだ。消えてない」
のそのそと。悪霊は身体を起こす。
亮太はすかさず身構えた……その瞬間だった。
ヒュン!と空を切る音がして、亮太の後方から矢が飛び、目の前の悪霊の頭部に突き刺さる。
『え……?』
慌てて亮太が振り返ると、そこには弓を構えた稜子が立っていた。稜子の後ろには黒い車が止まっている。
「婆さん……?」
呟く亮太の背後で、悪霊の身体が徐々に消えていく。
「月乃の通学路で霊の目撃情報があったから来てみたが……。どうやら、そのコンビでうまくやっていけそうじゃな」
そう言って稜子はニッと笑った。
「ああ、そうみたいだな」
『ちょ、勝手なこと言わないでよ!』
「月乃、お前が霊に完全に慣れるまで、亮太に戦ってもらうのはどうじゃ?」
どうやら稜子には月乃の声が聞こえるらしい。
『……悪く……ないかも』
考えて見ればそうだ。別に亮太は月乃の身体を使って好き放題しようと言う訳ではない。ただ、救ってくれただけなのだ。
それも二度も。
『アンタの記憶が戻って、私が霊に慣れるまで……憑いてて良いわよ』
その言葉を聞いて、亮太は屈託なく笑った。
「それじゃ、これからよろしくな月乃」
『勝手に呼び捨てにしないでよねっ!!』
こうして、ココに霊滅師と霊という奇妙なコンビが出来たのであった。