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霊滅師  作者: シクル
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第四十九話「胸」

「不穏ね……。どこかで誰かが死んでいそうだわ」

 ボソリと。空に立ち籠める暗雲を見上げながら、詩祢は呟いた。

 屋敷の中からでもハッキリと感じ取ることの出来た霊の気配。庭に出れば更に強烈に感じ取ることが出来る。一体や二体のような生易しい数ではない。数十、数百、数千以上もの数の霊が木霊町に発生している。それも一ヶ所ではなく、至る所に。

 恐らくこの状況を把握出来ているのは、自分くらいのものだろう。

 出雲家の霊滅師は他の霊滅師よりも霊の感知力に優れており、集中すれば周囲の霊の位置を的確に知ることが出来る。稜子や、風間がこの状況を把握することが出来なかったのはそのためだ。低レベルな霊ばかりなので、詩祢でもなければ気付きにくい。

 それにしてもこの状況、どう打開したものだろう……。風間は準備中(寝ていた所を今城谷家の使用人に起こしに行ってもらっている)、月乃と亮太、金城はAAランクの霊の討伐中。稜子に頼んで協会に支援を要請しているが、明らかに人数が足りない。

 ギュッと。右手に持った白い布に包まれた大鎌の柄を握り締める。

「詩祢」

 不意に後ろから声をかけられる。

「あら、日奈子」

 後ろにいたのは妃奈々……否、日奈子であった。

「状況、かなりまずいわね」

「ええ……。霊は恐らく、全員悪霊。ここまで大量発生するなんて異常だわ……。日奈子、貴女ならこの状況、どう見る?」

「黒鵜関係……ってところかしら」

 日奈子の言葉に、詩祢はコクリと頷く。

「でも引っかかるのよ……。これだけの量の悪霊を町に放って、それが黒鵜の何になるのかしら…………」

「わからないわ。元々目的すら謎なのよ黒鵜は」

 不可解だ。別にこの町の人間を殺したところで何のメリットがあるというのか……。黒鵜の目的は依然としてわからない。

「とにかく、こうしている時間はないわ。とりあえず私は増援が来るまでの間に、一体でも多くの霊を滅して来るわ」

 そう言うと、詩祢は大鎌を覆っていた白い布を取り払い、門の外へと走り去って行った。



「……何なのよこんな時間に……」

 詩祢が飛び出してから数秒後、眠そうな顔で風間が庭に現れた。

「何体いるかは知らないけど……早いとこ片づけて来るわ……」

 風間は門の前まで歩いた所で、ピタリと止まって日奈子の方を振り返る。

「アンタは行かなくて良いの……?」

 風間の問いに、日奈子は首を横に振る。

「そう……。だったら早いとこ行かないと……。人数不足してるみたいだし……」

 風間は眠そうな顔でそう言い残し、門の外へと出て行った。

 風間の背中を眺めつつ、日奈子は軽く溜息を吐く。

「そろそろ、私も行こうかしら」



 多い。多過ぎる。

 一体、また一体と大鎌で切り裂きながら、詩祢は舌打ちをした。倒しても倒しても現れる。とりあえず心配になって神社の石段前まで来てみたが、父は無事なようだ。この位置からでも、霊と戦う父の声が聞こえる。

「どれだけいるのよ……っ!」

 大鎌の攻撃範囲は広い。故に一振りで雑魚は一掃出来るのだが、こう数が多いと切りがない。

 大鎌を振り続け、そろそろ滅した数が五十くらいにはなったかと感じたその時だった。

「――――ッ!?」

 突如感じる異様な気配。先程まで相手にしてきた雑魚とは桁違いの圧迫感。今この近くに、強力な霊がいる証拠だった。

 その霊の出現に呼応するかのように、詩祢の周囲を取り囲んでいた雑魚は徐々に姿を消して行く。

「ッ!?」

 不意に。詩祢の首筋に何か冷たい物が触れた。

「初めまして。貴女……この町の巫女さんかしら?」

 耳元で囁く、妖艶な女の声。そして感じる強烈な圧迫感……。

 間違いない。今自分の背後に、強力な悪霊がいる。

「そうよ。それがどうかしたかしら……?」

「強がらなくて良いのよ? わかってるわ。貴女、私のことが怖いでしょう?」

 まるで全てを見透かしたような口振りだった。

「誰がっ!」

 ブンッ! と風を切る音と共に、詩祢は大鎌を背後に向けて振った。が、何か切った感触はない。避けられたのだろう。

 振り返ると、大鎌の射程外へと移動した霊の姿があった。

「危ないわね。当たるところだったじゃないの」

 口元を片手で押さえ、女はクスクスと笑った。

 胸元を大きく開いた黒いイブニングドレスに身を包んだ長いストレートの黒髪の女であった。年齢は二十代後半といったところだろうか。

「貴女……何者?」

 ピタリと。詩祢と女の目が合う。

「何者……ねえ。チェスト、とでも名乗っておきましょうか」

「チェスト……?」

 妙な名前だ。が、そんなことを一々気にしている場合ではない。

 詩祢は大鎌を構え直し、チェストを睨みつけた。

「そんな怖ぁい顔しないで詩祢ちゃん」

 クスクスと笑うチェストからは余裕が感じられる。

 恐らく、否、確実に、詩祢はなめられている。その事実に詩祢は歯噛みし、一層強くチェストを睨みつけた。

「とりあえず……これ以上黒鵜の邪魔をすると、痛い目に会うわよ?」

 チェストの言葉で確信する。やはりこの件、黒鵜絡みだ。無論この女、チェストも。

「黒鵜の目的は……何? 何故こんなことをするの?」

「私が、答えると思う?」

 詩祢は首を振ると、一歩踏み出してチェストを大鎌の射程内に入れると、大鎌を大きく振った。横に振られた大鎌がチェストの腹部を切り裂いた。

「な――――ッ!?」

 切り裂いた……ハズだった。が、切った感触はない。当のチェストも余裕の笑みを浮かべたままだ。しかしそれでもチェストの上半身と下半身は分断されている。

「貴女の相手は、私じゃないわ」

 クスリと笑いながらそう言うと、チェストの姿は一瞬にして消えた。

「消え……た……?」

 辺りをキョロキョロと見回すが、チェストの姿は見当たらない。逃げられたのだろうか。

 不審に思っていたその時、背後から足音が聞こえる。

「誰っ!?」

 素早く振り向き、そして

「――――――――っ!」

 絶句した。

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