第四十五話「武者」
そこには、祠だった物があった。
木で出来た小さな祠が設置されていたハズの場所には、幾つかの木片が転がっており、周辺には祠に貼ってあったであろう札が、破れた状態で落ちていた。が、注目すべきはこの祠の残骸ではないだろう。
「…………ッ!」
祠の残骸の目の前、赤い鎧を身に纏った武者が、こちらを凝視していた。否、兜で顔が隠れているため、本当にこちらを凝視しているかどうかはわからない。
月乃も亮太も、ただその武者に絶句するしかなかった。戦う前からわかる圧倒的な実力差……。武者の発する威圧感。二人を圧倒するには十分過ぎる要因であった。
金城も、何も言わずに黙って武者を見ている。
「コイツは……ちょっと厳しいかも知れないな……。どうする? やめとくか?」
金城が問うと、月乃も亮太も揃って首を横に振った。
「滅茶苦茶怖いけど……。ココまで来て逃げる訳にはいかないわ……!」
ガクガクと足を震わせながらも、月乃は言った。
「気絶……しないんだな」
「え……?」
亮太の思いがけない言葉に、一瞬月乃は呆けた顔になる。
「いや、気絶しないんだな……って。前のお前なら、絶対に気絶してた」
亮太が少し顔を綻ばせた。
「私だって成長しない訳じゃないから……。ここまで霊に耐性が付いたのは亮太……アンタのおかげよ」
月乃はそう言って微笑んだ。
「お前達も俺も、封印する技術なんてない……。滅するしかないぞ」
「ああ。それに、俺は最初っから封印する気なんてねえよ」
そう言って亮太はニヤリと笑った。
「月乃、憑依するぞ。準備は出来てるか?」
月乃はコクリと頷き、白い布から刀を取り出し、鞘から抜いた。月乃は鞘を適当な場所に置き、「行くわよ亮太」と呟く。
「おうッ!」
そっと。亮太は己の身体を月乃の身体と重ね合わせた。首に纏わりつく長い髪の感触、両手で握っている刀の感覚、様々な月乃の感覚が、亮太にも伝わる。そして視界は同一のものとなり、亮太は完全に月乃に憑依した。
「俺は手を出さない……。気をつけろよ! 二人共!」
金城の言葉に、亮太はコクリと頷き、徐々に武者の方へ歩み寄る。
『近くで見ると余計怖いわね……』
「今更ビビってられるかよ……!」
武者の立っている場所から数歩前まで亮太が近寄った時だった。
「我ガ主ノ領域……何人タリトモ侵サセハセンッッ!!」
不意に響く、低く重い声。正しく、目の前にいる武者の声であった。
『来るわよっ! 亮太!』
月乃が叫ぶとほぼ同時に、素早く刀を抜いた武者が、亮太に斬りかかる。
縦に振られた素早く、鋭い刃を何とか避けると、亮太は刀を構えた。
「は、速ぇ……」
呟いている内にも、武者は素早く亮太との距離を詰め、横に斬り込んで来た。
亮太はなんとか刀で受けるが、武者の方が力が強いため、衝撃がビリビリと亮太に伝わる。両手で受けてこれだ。片手で受けようものなら刀ごと吹っ飛ばされかねない。
グッと。押して来る武者の力を、亮太は押し返すことが出来ない。腕力に差があり過ぎる。
武者の刀から自分の刀を一旦離し、武者と距離を取るために後退する。
『な、なんて腕力なの……!?』
「流石はAAランク……ってとこか」
ボソリと呟き、刀を構え直す。
「我ガ主ニハ指一本触レサセンッッ!」
武者の声が、森中に響いた。
先程から感じる霊の気配……。武者の物だけではない。武者と同等以上の力を持つ霊が周囲にいる。それも自分の周りにだ。
「新手か……」
金城はそう呟くと、月乃達が武者と戦っている場所から離れるため、駆け出した。
月乃達から数メートル程離れた位置で、金城はピタリと止まった。
「さっきから俺の傍にいるんだろ……。姿を現したらどうだ」
「別に姿を消してなんかいないさ。お前さんが気付いていないだけ……。俺はずっとお前さんの上にいるよ」
不意に聞こえる男の声。金城はすぐさま上を見上げた。
「そこか……」
金城の傍に立っている大木の枝、その上に小柄な男が座っていた。
「やあやあ金城君。君のこともヘッドから聞いてるよ」
男はニヤリと笑う。
「ヘッド……。二人が言っていた黒鵜の手先か……ッ!!」
「手先っつーより……友達? みたいな」
クスクスと男は笑い、枝から金城の目の前へ飛び下りて来た。
「俺は足。ま、生前のことは聞かないでくれよ。俺も詳しく知らねーし」
生前のことを詳しく知らない? どういうことだ……? 自我を保っている悪霊が生前のことを覚えていないハズがない。生前の記憶を、未練を持っていないのなら、悪霊化以前にそもそも霊化する理由がないハズだ。
「人工霊……か」
月乃達の報告で聞いた言葉を口にする。
「そそ。俺は黒鵜によって呼び出された魂が黒鵜の手で霊化した存在って訳だ。他にも何人かいるぜ? そいつらの中にゃ俺と違って生前のことも覚えてる奴がいるが……」
ま、関係ないだろ。と、フットは笑った。
「目的は……黒沢亮太か?」
「ご名答だ。あのガキ、ヘッドの忠告無視して現世に留まりやがって」
「何故だ? 何故執拗にアイツを狙う? 目的は一体何なんだ!?」
語気を荒げて問う金城を、フットはせせら笑った。
「教えねーよ。ホントは直にあのガキを狙う予定だったが……取り込み中みたいだし、先にお前さんと遊ぶのも悪くない」
「ああ、アイツらは取り込み中だ。邪魔される訳にはいかない」
そう言って、金城は身構えた。
「お前の相手は俺だッ! フットッッ!!」