第四十四話「過去」
危険度……。協会が霊滅師に任務を提供する際、任務の難易度に合わせて危険度を六段階で評価する。
霊滅師達にも彼らが今までこなしてきた任務から考え、個人個人に六段階でランクが付けられる。協会はそのランクに合わせた危険度の任務を彼らに紹介するのだ。
Cランク、新米向けの危険度の低い任務。大抵は悪霊化前の浮遊霊、自縛霊の除霊。
Bランク、戦闘を行える霊滅師向けの危険度の低い任務。大抵は既に悪霊化した低級霊の除霊。
Aランク、戦闘慣れした霊滅師向けの危険度の高い任務。ある程度自我を持ったまま悪霊化した上級霊の除霊、または大量の悪霊の除霊。
AAランク、上級霊滅師向けの危険度の極めて高い任務。凶悪な悪霊、または過去に封印されていた悪霊の再封印、もしくは除霊。
AAAランク、AAランク以上の強さを持つ霊の除霊。このランクになると受けることの出来る霊滅師はかなり少なくなる。
Sランク、未だにこのランクが付けられた任務はない。現段階ではAAAランクが最大である。
月乃達が受けたことのある任務はせいぜいCランクとBランク程度の物で、Aランクである吉柳との戦いも詩祢がいてこその勝利である。
幾らか修行をしたとは言え、AAランクの任務を達成するのは厳しい。が、時は一刻を争う。黒鵜討伐任務に参加するには、AAランク以上の任務を達成出来ることを示し、稜子と、他の霊滅師達に実力を示すしかないのだ。
「俺はAAAランクっつったんだけどな……」
AAランクの任務の目的地に向かうバスの途中、金城と共に座席に座る月乃の目の前でふわふわと浮きながら、亮太が呟く。
「AAAランクだと俺でも厳しいからな。AAランクにしとけ。城谷さんはそれで良いって言ってんだしよ」
「そうよ亮太。それに、無理してAAAランクなんか受けて失敗すれば、黒鵜討伐どころの話じゃないのよ」
諭すように、月乃が言う。
「まあ……な」
「それにアンタは出来るだけ戦わない方が良いのよ。もう二度と、悪霊化なんてしてほしくないし、アンタもしたくないでしょ?」
月乃の問いに、「ああ」と答えた後、亮太は自分の指にはめられた指輪を見る。
銀のリングに、小さな白い玉。金城との戦闘で出来た玉の傷が、悪化している。恐らくヘッドとの戦闘の際だろう。月乃に憑依して戦ったとは言え、悪霊化を促進させたのは確かだからだ。
「そういえば、俺は何も聞いてないんだが、今回受けたAAランクの任務ってどんな任務なんだ? 金城名儀で受けたんだろ?」
亮太の問いに、金城はコクリと頷く。
「ああ。お前達はBランクだからな。とてもじゃないがAAランクの任務なんて受けさせてもらえねえ。だから俺が俺名義で受け、それをお前らが解決する」
金城は腕を組み、説明を続けた。
「今回の任務は封印系だな。滅しちまっても問題ないが……」
「……どんな悪霊なの?」
少し怖じ気づいた様子で、月乃が問う。
「薙刀村っつー妙な村付近の森の奥深くに昔悪霊が封印された祠があってな。どうも村の子供が面白半分で近づいて壊しちまったらしいんだ。その祠に封印されてた悪霊の再封印、もしくは除霊ってのが今回の任務だ」
「なるほどな……。そいつは今も森の中にいるのか?」
金城はコクリと頷く。
「そいつは過去に戦死した武将の霊でな。どうもその森があった場所、昔はその武将の仕えていた主の城があったらしい。戦で焼かれて、焼け野原になった後もその武将は霊としてその場所に残り、近づく相手を誰かれ構わず斬りまくってんだ……。そいつとしてはまだずっと城を守ってるつもりなんだろうな……。で、何百年も前に当時の霊滅師が何とか封印したんだが……」
「その封印が解けたって訳ね」
「ああ……」
金城が答えると同時に、バス停の前でバスが停止する。どうやら目的地に着いたらしい。
「着いたぞ」
金城を先頭に、三人はバスから降りた。三人が降りたのを運転手が確認すると、すぐにバスはその場を去って行った。
三人が降りた場所にはバス停以外には特に何もない。正に田舎といった様子の風景であった。
「このバス停にはもう夜までバスは来ないぞ」
「……何でこんな真昼間なんだ? 悪霊の相手なら普通夜だろ?」
「いや、報告によると今回の任務の霊は昼夜問わず一日中同じ場所に居続けるらしいからな」
「同じ場所に居続ける……? だったら近づかなきゃ良いじゃねえか。何でわざわざ……」
「誤って子供が入り込んだりしたら危険だろう。それに、霊のことを知らない人間が森の中に入ってもまずい。そういったことも考えて、協会に連絡したんだろうな」
金城は説明し終えると、「行くぞ」と歩き始めた。
二十分程黙ったまま歩き続けていると、いつの間にやら森の入口まで来ていた。三人は無言のまま森の中に入り、霊のいる場所を目指した。
森の中に入ってから数分、不意に月乃が沈黙を破る。
「あの……」
「何だ?」
「金城さんは、どうして霊滅師に……?」
唐突な質問に、金城は一瞬呆けたような顔になる。
「……聞きたいか?」
「あ、はい。聞きたいです」
月乃がコクリと頷く。
「俺のいた村が……。丸ごとやられたんだ」
「え……?」
「まだ小さい時だ。俺の目の前で、両親の首が吹っ飛んだ」
金城は拳をギュッと握りしめ、話を続けた。
「首のない両親が倒れたその後ろには……血の付いた斧を持った悪霊が立っていやがった。俺は何とかその場から逃げて、少ない小遣いでバスに乗って隣町の警察署まで行った……。
警察が調査した時には既に村の住人は全員そいつに首を狩られて死んでいた」
ゴッ! と、金城は近場にあった大木を殴り付けた。
「俺が逃げる時だ……ッ! 妹は……舞は俺を無理矢理逃がしたんだ……! お兄ちゃんは早く逃げてってな……。その直後だ。舞の首が吹っ飛んだのは……ッ!!」
「金城さん……」
「俺は逃げ切った後も呪ったよ……! 両親も、妹も守れない俺自身の弱さを……ッ! 村のみんなを殺したアイツを……ッ!!」
その時のことを思い出したのか、金城の目には涙が滲んでいた。
「アイツを滅する。そのためだけに俺は霊滅師になったんだ……」
そう言って、金城は月乃と亮太に背を向けた。
「……悪い。熱くなり過ぎた」
そう呟き、そのまま森の奥へと進んで行った。
そんな金城の背中に、声をかけることなど出来ず、二人はただ金城の後ろを歩いて行った。