第四十二話「偵察」
月乃が自室から刀を持ち出し、亮太と共に庭に着いた時には、既に少年は庭に辿り着き、目の前にいる悪霊を凝視していた。
浮浪者のような姿をした明らかに低俗そうな悪霊である。感じる威圧感も大きいものとは言えない。この程度の悪霊が、何故結界の張られた城谷家に侵入出来たのだろうか。
亮太が自由に出入り出来るのは、稜子によって結界に特殊な細工が施されたためであり、亮太以外の霊は基本的に城谷家には侵入不可能なハズなのだ。
「結界が……破られたっていうの……!?」
が、目の前にいる悪霊が結界を破れるとは思えない。
では、誰が?
結界によって霊が一切入れないということは、霊以外ならばどんな人間でも入ることだけは可能だということだ。
一応門番は数人いるため、不審人物は当然入れないが……。
ならば霊以外の何者かが侵入し、何らかの方法でこの悪霊を結界の中に入れた……という考え方も出来る。
「いえ、結界は破られていませんよ」
少年が静かに呟き、悪霊の元へ歩み寄る。
月乃は一瞬、「危険よ!」と彼を止めようなどと考えたが、彼も一応霊滅師だ。何か彼なりの考えがあるのだろう。
「少し私が細工しただけですから」
「細工……?」
少年の言葉に、月乃と亮太は耳を疑った。まるで少年が細工をして悪霊を入れたかのような口振りだ。
「貴女方城谷家は随分と結界に自信をお持ちのようですので少しからかってみただけです。この程度の結界、簡単に抜けられます」
クスリと。少年は怪しげに笑った。
「お前は一体……?」
亮太が問うと、少年は再度クスリと笑った。
「私ですか? そうですね……。本名も本来の姿も忘れてしまいましたし、黒鵜にもらった名前でも名乗るとしましょう」
黒鵜という名前を聞き、二人の顔付きが変わった。口振りからしてこの少年、黒鵜と関係があるようだ。
「私は頭。呼び寄せられた天才科学者の霊魂を元に創造された、人造霊です」
「人造霊……!?」
ヘッドと名乗った少年は、その場でフワリと浮いて見せた。
「黒沢亮太。貴方の存在は黒鵜にとって非常に邪魔だ。忠告してあげましょう。大人しく成仏するべきだと」
亮太の存在が、黒鵜にとって……邪魔?
どういう意味だろう。月乃はチラリと亮太を見る。が、亮太自身にもあまり意味がわからないらしく、訝しげな目でヘッドを見つめていた。
「どういうことだ?」
亮太が問うと、ヘッドは肩を竦めた。
「答える義理も義務も私にはありません」
「上等だ……。力づくででも吐かせてやる……ッ!」
亮太はギュッと拳を握りしめる。
「待って亮太! 霊体のまま戦えば、アンタの悪霊化は促進するのよ!?」
「お前の身体で戦えば、霊体のまま戦うよりはマシだ」
確かに詩祢はそうも言っていた。が、だからと言って安易に戦わせて良いという訳ではない。
「頼む」
真摯な眼差しで頼み込む亮太の熱意に押され、月乃は溜息を吐いた。
「……しょうがないわね」
亮太は「ありがとう」と呟くと、素早く月乃の身体に憑依した。
数ヵ月ぶりの憑依。身体の自由が利かなくなり、全主導権を亮太に握られる。だが不思議と、妙な高揚感があった。
『お願いだから無茶はしないでね』
「ああ」
心配そうな月乃の声に答えると、亮太は刀を鞘から抜き、鞘を適当に投げ捨ててヘッドに向かって駆け出した。
「やれやれ。私は戦いに来たのではなく、貴女方が黒鵜を討伐する動きを見せているということでしたので、少し偵察に来ただけなんですが……」
亮太はヘッドの目の前まで来ると、刀を思い切り横に振った。
ヘッドは跳躍して刀を避けると亮太の背後へ立った。
「ッ!?」
「どうしてもというのならそこにいる悪霊とでも戦って下さい」
ヘッドが言い終わるか言い終わらない内に、先程まで何もせずに浮いていた悪霊は右から亮太に殴りかかる。
「チッ!」
反応が遅れてしまったが、間一髪で亮太は悪霊の拳を避け、悪霊の顔面に右拳で裏拳を喰らわせた。
「ァゥアァッ!!」
鼻骨が折れ、鼻から血を流しながら奇声と共に悪霊がその場に倒れる。
亮太はすかさず倒れた悪霊の胸部に刀を思い切り突き立てた。
「アァァァッ!!」
胸部から血を噴き出し、苦しそうな呻き声と共に悪霊はその場から消滅していく。
悪霊が消滅し切ったのを確認すると、亮太はすぐにヘッドの方を見た。
「では、私はこれで……」
「な……ッ! 逃げる気か!?」
亮太の言葉に答えようとする素振りも見せないまま、ヘッドの身体は徐々に透けていく。
「貴方が成仏しないと言うのなら。またいずれ会うことになるかも知れませんね」
ヘッドは不敵に笑うと、完全にその場から姿を消した。