第三十八話「指輪」
滅するしか――――ない。
既に亮太は完全に自我を失っている。自我を失い、悪霊化した霊魂を救う術は――――滅することだけ。滅することだけが亮太を救う唯一の術なのだ。
再び溢れて来た涙を、月乃は必死で拭った。前がぼやけて見えない。亮太の姿を、ハッキリと見ることが出来ない。
「アァァァァァァッ!!」
亮太は雄叫びを上げ、右腕の刃を突き出して月乃の元まで突進して来た。
「月乃っ!」
日奈子の声が響き、咄嗟に転がって突進を避ける。
「亮太ぁっ!!」
溢れる涙をもう一度袖で拭い、月乃は刀で斬りかかった。が、刀が亮太に届くよりも先にドン! と鈍い音がして月乃の身体に激痛が走った。
「ッ!?」
亮太の右腕が横に振られ、月乃の左半身に直撃したのだ。
そのまま吹っ飛び、池の中へと落下する。
「グォォォォォッ!!」
亮太は池まで近づくと、中にいる月乃の頭を左手でガッシリと掴み、そのまま持ち上げた。
「亮……太……」
そして、亮太は月乃の顔面に右腕の刃を突き付ける。
「ォォ……オオォォッ!」
刃が、眼前にある。恐らく自分はこれからこの刃で頭を貫かれ、死ぬのだろう。月乃はそう感じた。
自分も、霊化するのだろうか。霊化などしたくはなかったが、まだ死ぬには現世に未練が残り過ぎている。まだ――――死にたくない。しかし確実に、次の瞬間自分は死ぬだろう。
そこまで考えて、月乃は意を決したかのように目を閉じた。
「やめなさいっ!!」
日奈子の声が聞こえる。恐らく亮太に言っているのだろう。無駄だ。聞く耳を持つハズがない。
「アァァァァァアアァァッ!!」
それにしても、いつになったら自分の頭は貫かれるのだろう。本当ならもうとっくに死んでいてもおかしくない頃だ。
恐る恐る、月乃は閉じていた目を空けた。
「月…………ノォォォォォォッ!!」
「亮太……?」
自我を失ったハズの亮太の左目からは、一筋の涙がこぼれていた。
月乃に刃を向けている右腕は動きを止め、プルプルと震えている。
「悪霊化した霊が……殺すのを躊躇っておる……!?」
稜子が驚愕の声を上げた。
「ツ……き……乃…………ォォォォ!!」
「私が……まだわかるの?」
震える声で問う。
「月乃っ!! 今の内に逃げなさい!」
日奈子の声にハッとなり、月乃は両足で亮太の胴を蹴り、その反動で緩みかけている左手から逃れ、そのまま再度池へと落下する。
「アァ……オオオァァァァッッッ!!」
亮太は左手で頭を抱え、まるで苦しむかのように唸り声を上げた。まだ、完全に自我が崩壊していないのかも知れない。
「まだ……救えるの……?」
池から顔を出し、月乃が呟いた時だった。
ヒュン! と。風を切る音がして、一枚の札が飛来し、亮太の背中に貼り付いた。
バチバチバチッ! と電流の流れるような音がして、亮太が「オオオオオッ!」と雄叫びを上げた。
「これは……っ!?」
月乃が札の飛んで来た方向を見ると、そこに立っていたのは巫女服の女だった。
「随分遅かったじゃない……。危うく手遅れになるところだったわ」
「ええ。ごめんなさい。でもギリギリで、セーフよね?」
月乃は彼女を知っているハズだ。
「まさか……」
彼女はこちらへ近づく。そのおかげで暗くてよく見えなかった顔が見えるようになる。
「詩祢さんっ!」
「やっほーつっきー。詩祢さんが助けに来たわよ」
空気を読めていないのかおどけた様子で詩祢が笑った。
「日奈子、感謝しなさいよね。馬鹿みたいに高かったんだから」
そう言って詩祢が取り出したのは指輪だった。銀のリングに、小さな白い玉が付いている。宝石か何かだろうか。
「抑止の指輪。あらゆる状態の悪化を抑止する高級アイテムよ」
「あらゆる状態って……もしかして」
「ええ、悪霊化もよ」
詩祢は二コリと笑うと、そっと指輪を月乃に手渡した。
「これをりょー君の右手の指に」
「え……? でも亮太の右腕は……」
見ると、亮太の右腕は元の状態に戻っている。札の効力だろうか。
「さ、行きなさい。札の効果が切れる前に」
「は、はい」
月乃は指輪をしっかりと握りしめ、池から出ると亮太の元へ駆け寄った。
「ォォ……ッ!」
札の効力で動きを止められている亮太は苦しそうに呻いている。
「お願い……っ!」
藁にもすがらような思いで、月乃は指輪を亮太の右手の中指にそっとはめた。
「オァァァァァァッッ!!!」
はめた途端に亮太は雄叫びを上げた。
そして徐々に、身体の変化が戻っていくではないか。変質していた肌は元に戻り、白黒の反転していた右目も元に戻っていく。
「亮……太……」
気が付けば、目の前にいたのはいつもの亮太。黒沢亮太であった。
「俺……は……」
まだ状況を把握出来ていないらしく、亮太はキョロキョロと辺りを見回している。
「亮太……」
またしても目から大量の涙が溢れる。だがこれは先程の……悲しみの涙などではない。
「亮太……っ!」
「月乃……?」
喜びの――――涙だ。
「亮太ぁっ!」
嬉しくて嬉しくて。月乃は亮太に抱きついた。
「お、おい月乃……?」
「心配したんだから…………馬鹿」
ボロボロと涙を流しながら、月乃は亮太の身体に顔をうずめた。
九月中はライトノベルの新人賞への応募作品に力を入れるため、更新頻度が極端に落ちます。