第三十四話「修行」
一応朝食はとらせてもらえたが、日奈子はすぐに特訓を始めると言い出し、月乃と亮太は庭まで連れ出された。
「もう、食後なんだからもう少し休ませてよ!」
「ダメよ。私の人格が表に出ている間しか出来ない特訓があるんだから」
日奈子はそう言うと手をパンパンと叩いた。
「楓、来なさい」
スタンバイしていたのだろうか……。楓は素早く表れると、日奈子の隣に立った。
「良い? 月乃、貴女に足りないのは自力で戦う力……。亮太君に頼り過ぎてるわ」
「う、うん……」
図星である。霊が怖いという理由で今まで戦闘を全て亮太に任せてしまっていた。いい加減自分一人でも戦えるようにならなければならいことは自分でも薄々わかっていたことだ。
「それと、亮太君。貴方の場合は月乃の身体に頼り過ぎよ。いつも生身の身体で戦える訳じゃないわ」
日奈子の言葉に、亮太はコクリと頷いた。
「月乃、貴女はこれから私と亮太君の修行が終わるまで楓と組み手をしなさい」
「え……? お母さんじゃなくて?」
月乃が問うと、日奈子は首を振った。
「楓は亮太君を見ることが出来ないでしょう。それだと亮太君の修行が出来ないわ」
「あ、そっか……」
日奈子は月乃が納得したのを確認すると、地面にせっせと大きな正方形を描いた。
「亮太君、この正方形の中に入ってくれる?」
「あ、ああ」
亮太は若干戸惑いながら頷くと、日奈子と共に正方形の中へ入った。
日奈子は亮太が正方形の中に入ったのを確認すると、ポケットから何かが描かれたお札を四枚取り出し、正方形の四つの角にそれぞれ一枚ずつ置いた。
「これからココに結界を張るわ。私と亮太君はその中で修行するから、私達が出てくるまでの間、月乃と楓は組み手をしなさい」
日奈子はそう言った後、「楓」と静かに呼んだ。
「何でしょう?」
「遠慮はいらないわ。みっちり鍛えてあげて」
日奈子の言葉に、楓は「わかりました」と頷いた。
「行くわよ。亮太君」
亮太がコクリと頷くと、日奈子は手を静かに横に振った。
「ッ!?」
ボォッと正方形の角が青白く光ったかと思うと、そのまま正方形を描いている線全てが光り始める。光は上の方に伸びていき、やがて亮太達を青白い光で出来た箱で覆った。
「では、始めましょう」
月乃が亮太達を覆っている結界を眺めていると、いつの間にやら楓は月乃の前に立ち、身構えていた。
「え、ああ。うん……。お手柔らかにお願いしますね?」
月乃が軽く頭を下げると、楓は首を横に振った。
「申し訳ございません。日奈子様にみっちり鍛えるように言われております故、お手柔らかには出来ません」
「そういえば……そう言ってたわね……」
仕方なく、月乃は構えた。
これまで戦闘経験がゼロに等しい自分で、まともに戦うことが出来るのだろうか……。そんな不安を感じたが、戦わざるを得ない。それにこれは修行だ。少しくらいは手加減してくれるに違いない。
「では、行きます」
ザッと土を蹴る音がして、楓がこちらへ駆けて来た。
「え、ちょっと! 早……っ!」
月乃が言い終わらない内に楓は目の前まで距離を詰めてきた。
そして次の瞬間には月乃の腹部に楓の拳が食い込んでいた。
「うっ……!」
あまりの痛みに、月乃はその場に膝をつき、腹部を押さえた。
「油断しないで下さい。私は本気です」
「結界……ねえ」
地面以外は青白い光で覆われている。そんな空間を亮太は見回した。
「ええ。簡単なものだから結界を張っていることはバレバレだけど、外からこちらの姿は見えないし、声も聞こえないわ」
「なるほどね……」
亮太はそう呟くと、視線を日奈子へ向けた。
「で、何でそこまで隔離される必要があるんだ?」
「私がこれから貴方にする話、月乃には聞いていてほしくないの」
日奈子が亮太にしなければならない、月乃には聞いてほしくない話……。思い当たる節がない訳でもない。
「そうだな。俺も聞いてほしくない」
「自覚があるのね……」
「あんだけ苦痛が伴えば自覚するのは簡単だ」
亮太はそう言うと、自分の右腕を見た。毎晩変化するこの右腕……。恐らく日奈子がこれから自分にしようとしている話はこのことについてだろう。
「わかっているみたいだから、単刀直入に言うわね」
「ああ」
「今の貴方は、悪霊化しつつある」
やはり、そうか。毎晩己を襲う変化と苦痛……。これはやはり悪霊化によるものだったのだ。
わかってはいたが、人に言われるとキツい。
「霊魂は現世に長く留まりすぎると必ず悪霊化する。その霊魂の精神力が弱ければ弱い程悪霊化するのが早いわ……。平均的には一週間くらいで悪霊化するから、それを考えれば貴方の精神力は大したものだわ」
悪霊化……。今までに亮太は何度も悪霊化した霊魂を見て来た。どれもが負の感情に囚われ、理性を失い、姿を醜く変質させていた。
ある者は確かな意思を持ち殺戮を繰り返し、ある者は目的のために他人の魂を集め、ある者は悪霊化する自分を恐れて「斬って」と懇願していた。
自分もそうなるのか?
醜く変質し、理性を失い、この手で殺戮を繰り返すのだろうか……。
「俺が……悪霊に…………」
「貴方を止める方法は…………言わなくてもわかるわね?」
スッと。日奈子が身構えた。