第三話「就職」
亮太が案内されたのは巨大な和風の屋敷であった。
何年前からあるのか知らないが、とにかく「すごい」の一言に尽きる。
恐らくこの屋敷がこの身体の―――月乃とかいう少女の家なのだろう。
先程の着物の女性に案内されるまま、奥へと連れ込まれる。
人とすれ違う度に「お帰りなさいませ月乃様」と頭を下げられ、少々面食らった。
「こちらへ……」
女性に促され、戸を開けると一人の老婆が座布団の上に正座していた。
亮太が中に入ったのを確認すると、女性は戸を閉め、立ち去った。
「月乃、ここへ座りなさい」
「あ、はい……」
とりあえず返事をし、亮太は老婆の正面に敷かれた座布団の上に正座する。
亮太自身は正座は苦手なのだが、何故かすんなりと正座することが出来た。この身体が正座に慣れているからだろうか……。
「―――――!」
不意に、老婆の目つきが鋭くなる。
「月乃ではないな……?」
「―――ッ」
見抜かれた。今の一瞬で。亮太はその事実に戦慄を覚えた。
この老婆、一体何者なのだろう。
「早々に出て行け。強制的に成仏させられたくなかったらの」
ギロリと。老婆が亮太を睨む。
「いや、出たいのは山々なんですけどね……」
亮太はポリポリと頭をかく。
「ふむ……。どうやら強制的に成仏させる必要があるようじゃな……」
老婆がどこからか数珠を取り出した時だった。
『ちょ、ちょっと待ったぁっ!!』
亮太の頭の中に少女―――月乃の声が響く。と同時に亮太は月乃の身体を指一本動かせなくなった。彼女の意識が目覚めたらしい。
「ふぅ……」
と、月乃は安堵の溜息を吐いた。
やっと意識を取り戻し、自分の身体の主導権を戻すことが出来た。
「月乃……。何があった?」
目の前の老婆――――月乃の祖母、城谷稜子に問われ、月乃は出来る限り詳細にこれまでの経緯を話した。
稜子はしばらく頷きながら聞き、聞き終わると眉間にしわを寄せた。
「月乃……お前また霊を見て気を失ったのか……?それも一日に二度も」
「は、恥ずかしながら……」
と、月乃がはにかみながら答えると稜子は溜息を吐いた。
最近はマシになったかと思えばまた気絶……。どうにも月乃には霊に対する耐性が低いらしい。
「……それはさておき、お前に憑いたあの少年の霊は何者じゃ?」
稜子は視線を、月乃の横でふわふわと浮いている少年の霊―――亮太の方へ移す。
「何者って言われてもなぁ……」
亮太は空中で浮いたまま胡坐をかき、困ったような表情を浮かべる。
とりあえず、これまでの経緯を亮太視点で稜子に説明してみる。
「お前……亮太と言ったか?」
稜子の問いに亮太はコクリと頷く。
「死因もわからぬまま霊化し、動物霊の集合体に襲われ、不意の事故で月乃の身体に憑き、それで霊を見て気絶した月乃の代わりに月乃の身体で戦ったのじゃな?」
「ま、そんなとこ」
「アンタ……私の身体で勝手に……っ!」
ギロリと月乃が亮太を睨む。
「仕方ないだろ?それに、俺が憑いてなかったらお前死んでたぜ?」
確かにそうだ。あのまま気絶して放置されていれば、確実に興奮した白猿に殺されていただろう。
「まあ良い。亮太のことは適当に解決しなさい」
「て、適当にって……」
「それより、本題に入るぞ」
そう。月乃がココに呼ばれたのは白猿の話をするためでも、亮太の話をするためでもないのだ。
稜子から直接言わなければならない程の、重要な用件があるのだ。
「月乃、明日より本格的に霊滅師として働きなさい」
稜子の言葉を聞いた途端、月乃の顔が真っ青になる。
「……ハァ!?」
「なあ、霊滅師ってなんだよ?」
「アンタは黙ってて」
隣で問うてくる亮太を月乃は黙らせる。
「ちょっとお婆ちゃん! 私まだ高校生だよ!?」
「高校へ通いながらでも可能じゃ。仕事は基本夜じゃしな。それに、高校生の霊滅師など腐るほどいるぞ。小学生にもいるくらいじゃしな」
「いや、でも……私まだ修行中だし……」
「うむ。お前にはどうやら修行するより実戦に慣れた方が良いみたいじゃし……。丁度良いじゃろう?」
何が丁度良いものか。と、月乃は心の内で悪態を吐く。
動物霊ごときで気絶する自分に霊滅師の仕事など出来るものか。
「既に協会に名前を登録してしまったしな」
「な、なんで勝手に……」
月乃はガックリと肩を落とした。
「良かったの。就職先も決まったし」
「私の就職先なんてこの家に生まれた時点でそこだけじゃない……」
俯いたまま月乃は答える。
「決まり……じゃな」
本当に強引に、不条理に、月乃の就職が決定した。
霊滅師――――
天国のお母さん、私、在学中に変な職に就職しちゃいました。
月乃は心の内で嘆いた。